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4 コントラクト・チョーカー

 マスター。つまりはこのゴレム――確か〈オリオン〉と言ったか――の主人と言う事だ。そんな大層な肩書きで自分が呼ばれている事に、レアは戸惑いを見せる。


「……マスター、だってさ。どうしよ?」

「俺に聞かれてもな。お前が動かしたんだろ」


 レアの問いに、まだ痛む脇腹をさすりながらエリクは答えた。


「まあ、そうなんかけどさ。ええと……」

『マスター。あなたの所属と姓名、階級をお答え下さい』


 どうしたものか、とレアが首を捻っているところに、〈オリオン〉の方から話を振って来た。ますますの混乱を感じつつも、話の方向性が示された点はありがた

い。


「ええと、あたしはミメット村のレア・ノーランドよ。階級、って言って良いのかどうか分からないけど、村長さんの家にお世話になってる、普通の住民よ」


 少し悩んだ結果、素直に思い付いたままに答える事にした。


『データ照合……完了。該当データ、存在しません。推論、及び質問。あなたは民間人なのですか?』

「う、うん、そうだけど」

『司令部は何故、あなたのような民間人を当機のマスターに選んだのですか?』

「し、しれーぶ……」


 何と言うのか、話が合っているようで、根本的に前提がズレているような気がする。レアは助けを求めるように、エリクの方を見た。


 彼はしばし考える素振りを見せて、


「……なあ。こいつは要するに旧文明の生き残りなんだろ? で、目覚めたのが今さっきって事は、こいつは自分が造られた時の世界がもう滅んでるって事を知らねえんじゃないか?」

『どう言う事でしょうか?』


 エリクの推測に、〈オリオン〉が食い付いて来た。「ああ」と合点がいったレアは、彼の代わりにゴレムの問いに答えた。


「落ち着いて聞いて欲しいんだけどね? あなたが造られた時代って言うのは、今からもう数百年も昔の時代なのよ。その時の世界はもう戦争で滅んじゃってて、今は昔とは違う世界になっちゃってるの」

『……少々、お待ち下さい』


 そう言って〈オリオン〉は沈黙した。何やら得体の知れない『ピピッ』やら『キュイィィ……』やらの音を発しているため全く静かと言う訳ではないが、人語と言うものに限定すれば、沈黙したと言って良いだろう。


『完了。他の基地とのオンライン接続が不可能な点、周辺の劣化の状態等から判断するに、あなた方の言葉が事実であると結論付けます』

「うん。……その、上手く言えないんだけど、元気出してね」


 現状の把握を済ませたらしい〈オリオン〉を気遣って、レアは励ましの言葉を口にする。


 自分の生まれた世界が既に滅んでおり、今の世界は自分の知らない世界になっている。〈オリオン〉にとっては、相当に辛い事実であろう。思わず『元気出せ』などと言ってしまったが、これも軽率な言葉だったかも知れない。


『何故、励ましの言葉を?』

 もっとも、肝心の〈オリオン〉は意味が分からない、と言った風であったが。


「いや、その、落ち込んでるんじゃないかなー、って……」

『その心配は不要です。当機に感情はありません』


「感情がないってのは、どう言う事なんだ?」

『言葉通りです。私には、人間が持っている感情は存在していません』


「つまりは、嬉しいとか悲しいとか、何があっても全然感じないって事なの?」

『その通りです』


 確かに、淡々と一定の調子で語る〈オリオン〉からは感情の揺らぎなど欠片も感じさせない。感情がないと言うのは本当なのだろう。


 しかし、人間を模した姿で、人間の言葉を語る。そんな存在に感情がないと言うのは、レア達にとっては中々に想像し辛いものであった。


『とは言え、人間の感情自体は理解出来ます。お気遣いありがとうございました』

「あー、うん。どういたしまして」


 丁寧な謝辞を返す〈オリオン〉。人間味があるのかないのか良く分からないと、レアは内心で苦笑した。


「だったら、あたし達からも言っといた方が良いよね。あたし達は、あなたが生まれた時代の事を詳しく知らないのよ。例えばゴレムは分かるけど、ゴレムをどうやって造れば良いのかとか、分からないの」

『つまり、ロストテクノロジーと化したと言う事ですか?』

「ろすと……? ごめん、意味が分からない」

『失われた技術となってしまった、と言う意味です。……なるほど。状況は理解しました』


 微動だにせず、〈オリオン〉は納得する。ここまで一切目線を逸らされずにいる事に何となく居心地の悪さを感じたレアは、「うん。まあとにかく」と言いながらくるりと背を向けた。


「あたし達は一旦、村に帰った方が良いと思うんだよね。流石にちょっと遅くなってるし、エリクもお医者さんに診てもらった方が良いし。あなたはどうするの?」

『私のマスターはレア、あなたです。あなたの指示に従います』

「そう。じゃあ、あたし達の村に来る? この遺跡の事をみんなへ説明する必要があるし、あなたが居てくれた方が話が早いし」

「いや、待てよレア」


 二人(?)の会話にエリクは口を挟む。


「こいつはこの遺跡のゴレムだろ? 後で調査隊を呼ぶのに、俺達が勝手に外へ連れ出して良いのか? 最悪盗掘扱いされるかも知れないだろ?」

「うーん……。まあ、あの状況じゃ仕方なかったって、説明すれば分かって貰えるんじゃないかな? 危うく死んじゃうところだった訳だし」


 レアの言葉に、エリクは「すまん、助かった……」と頭を下げる。元はと言え

ば、自分を助けるための行動だったのだと思い出したのだった。


「それともう一つ。そもそもこいつ、どうやって外へ出せば良いんだ? この大きさじゃ、あの階段は登れないだろ?」

「あー……」


 実にシンプルな疑問に、レアは一気に困り顔になる。〈オリオン〉の巨体では、登るどころか出入り口を通過する事も出来ないだろう。


 頭を抱えるレアに、


『問題ありません。ゴレム用のエレベーターがあります』

 遺跡の一画、何やら黄色と黒のストライプ柄で区切られた場所を指差しながら、〈オリオン〉は言った。


「えれ……? 何それ?」

『昇降のためのものです。こちらへどうぞ』


 そう言って〈オリオン〉はゆっくりとその一歩を踏み出す。その巨体から予想していた事ではあるが、やはりその歩幅は広い。本人はただ歩いているだけなのだろうが、それでも結構な速度だ。途中で魔獣に投げ付けた籠と山菜を回収しながら、レア達は早歩きで追いすがった。


『着きました。そちらにある、赤い突起を押し込んで下さい』

「スイッチの事ね、それは分かるわ。ええと、これね」


 案内された場所に辿り着き、〈オリオン〉から指示が出される。言われた通りにレアがスイッチを押した。


 突然、辺りに『ビーーーーーーッ』とけたたましい音が鳴り響く。一体何が、と思う間もなく床がガクンと揺れ、徐々に持ち上がっていった。


「わわわっ! 床が浮いてるの!?」

『危険ですので、線の内側におがり下さい』

「おいっ、上見てみろ、レア!」


 天井を見上げるエリクに促され、レアが首を動かす。


「て、天井が割れてる!?」

 手で触れている訳でもないにも関わらず、ピッタリと閉じていたはずの天井が重々しい音と共に左右に分かれて行くと言う光景に、思わず驚愕の叫びを上げる。そう言えば、入り口もスイッチ一つで勝手に開いていた。旧文明の建物は、こう言う機能が当たり前なのだろうか。


 驚くレア達をよそに、床は上昇を続ける。一つ目の天井があった地点を通過し、二つ目、三つ目の天井が次々と開いて行き、――四つ目の天井が開くと共に、その隙間から太陽の光が差し込んで来た。


 一つガタンッと強く揺れ、床は停止する。本当にあの装置で外に出る事が出来たのだ、とレア達が感動と共に周囲を見渡す。


 すぐに気が付いた。ここは先程まで山菜採りを行っていた場所のすぐ近く、地下遺跡の入り口が存在していたあの崖の上だ。同時に、違和感にも気が付く。


「えーと、確かここって、木とか結構生えていたはずだったよね?」

『敵対勢力からのカモフラージュのため、普段は立体ホログラム映像を使用しています。幻の映像でこの場所を隠しているのです』

「ああ、もしかして下の入り口にあった『見えるけど触れない崖』も同じ技術なのか?」

『肯定』

「なるほどー、今まで見つからなかったはずだわー」


 楽しそうにレアはうんうんと頷く。


『それより二人共、あちらに見えるのが、あなた達の村ですね?』

 沈みつつある太陽の方角を指差し、〈オリオン〉は尋ねる。


「うん、そうよ」

『了解です。飛びますので二人共、私の手の上に乗って下さい』

「うん、分かったわ」


 少し身を屈め、両手で足場を作る〈オリオン〉の言葉に頷き、レアはその手の上にひょいっと飛び乗る。


「…………お前、飛べるのか?」

 対するエリクは、半ば呆然としながら尋ねた。


『肯定』

「…………飛べるのか、そうか……」


「ほらほらエリク、早く乗って乗って」

「つーかレア、何当たり前のように飛べるって事実を受け入れているんだよ……」


「だって、飛べるんでしょ? じゃあもうそれで良いじゃない。何しろ、飛べるんだから」

「……お前、もう考えるの止めてるだろ……」


 旧文明から受けた数々の衝撃に感情が一周回って、もはや笑顔しか浮かべられなくなったレアに軽く呆れながら、エリクは〈オリオン〉の手の上に乗る。


『反重力装置起動。しっかりと掴まっていて下さい』

 そう言うと〈オリオン〉は、音もなくふわり、と浮いた。


「鳥みたいに飛ぶわけじゃないのか」と思うエリクと、「ああ、浮いたなあ」と思うレアであった。






「全く……」

 ソファーに並んで座るレアとエリクを前に、その老人――ミメット村長、サロモン・エイベルはため息を付いた。


「心臓が飛び出るかと思ったぞ。あまり老いぼれを脅かさんでくれ」

「うう……。ごめんなさい……」

「まあ、騒ぎになりそうだってのは、事前に予想出来てたでしょうしね……」


 いたずらを咎められた子供のように、うなだれながら謝罪をする二人であった。〈オリオン〉と共に村へと帰還したレア達を待っていたのは、蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。


 どうも二人の帰りが遅い、とサロモン達が心配しているところへ、森の方からいきなり空を飛ぶ人影が現れた。その人影は村の――もっと言えばサロモン宅の上空まで飛んで来て、ゆっくり庭へと着地した。サロモン達が巨大な人影に驚いたかと思えば、その手に乗っているのがレア達であると知って、二度驚いた。


 聞けば、山菜採りの最中に旧文明の遺跡を発見し、その内部で動くゴレムを見つけたのだと言う。にわかには信じがたい事実を、これ以上ない証拠品と共に突き付けられた彼らの動揺たるや、如何ばかりであったか。


 その後、飛ぶ人影を目撃した村人達がサロモン宅へと集まって来た。そこに立っていた〈オリオン〉と名乗るゴレムの姿に、彼らの間で驚嘆と歓声が渦巻いた。


 怒涛の質問攻めを繰り出す村人達をサロモン達が何とか落ち着かせて家に帰し、魔獣に襲われたと言うエリクを念のため医者に見せ――


 ようやく状況が落ち着き、一通りの話を聞き出しせのは、日がすっかり沈みきった頃の事であった。


「責めている訳ではないよ。二人が無事であったのは幸いじゃったからな」

 一つ、紫煙のくゆるパイプに口をつけ、サロモンは言った。


「それにしても――」

 と口にするのは、サロモンの孫娘、イルマ・エイベルである。母親譲りの青い髪と瞳を持つ彼女は、エイベル家に世話になっているレアにとっては家族の一人であり、エリク共々幼馴染みの友人であった。


「まっさか、村の近くにゴレムが眠ってたなんてね。しかも動く奴。ホントにあなた、旧文明時代のゴレムなの?」


 窓の外に見える〈オリオン〉を眺めながら、イルマは問う。当然の事ながら家に入る事が出来ない〈オリオン〉は、取りあえずエイベル家の庭に待機させている。


『肯定』

 イルマへの返答が、レアの首元、コントラクト・チョーカーから聞こえて来る。〈オリオン〉の話によると『通信機能』とやらがあるらしく、離れていてもチョーカーを通じて〈オリオン〉と会話が出来るそうだ。


「ホントなんだー。良いなぁゴレム、カッコ良いなー。私も欲しいなー」

「確かに、一つあると便利かも知れないわねぇ。私も欲しいわぁ」

「いやイルマ、旧文明の遺産をそんな子供の玩具おもちゃみたいに言われても。そしてラダさん、旧文明の遺産をそんな家事のお助けグッズみたいに言われても」


 大発見を前に、実にマイペースな感想を述べるイルマとその母親ラダの姿に、レアは律儀にツッコミを入れるのであった。


「それはともかく――」

 と咳払いと共に言うのは、イルマの父親であり、サロモンの息子であるチャド

だ。


「あらかたの話は聞いたんだ。疲れているだろうし、怖い目にも遭った。エリクも打撲程度とは言え、怪我もしている。今日のところはここまでにしておこう」

「うむ。詳しい話は、明日以降にしようか」


 チャドの言葉に同意するサロモン。ようやく一息付けると、レアは背伸びをす

る。


「やっと終わったー。もうお腹ペコペコだし、ご飯食べたーい。……あー、でも先にお風呂入りたいかな」

 言いながらレアは、コントラクト・チョーカーを取り外そうと首元に手をやる。チョーカーを指で掴み、左右に引っ張る。


「……? あれ? そう言えば、これどうやって外すんだっけ?」

 いくら引っ張っても固く閉じたままのチョーカーに、レアは首をひねる。もっと力が要るのかな、と更に強く引っ張った時――


「うひゃあっ!?」


 突如チョーカーが振動し、同時に『ピピピピピッ!』とけたたましい音が鳴り響いた。レアを始めその場の一同が驚く中、〈オリオン〉の声が聞こえて来た。


『警告。コントラクト・チョーカーを不正な手段で外そうとしないで下さい。コントラクト・チョーカーは、正規の手段以外では外す事が出来ません』

「…………外せない?」


『コントラクト・チョーカーは軍の機密漏洩、マスターの反逆、逃亡等を防止する目的で取り付けられます。正規の手段以外で取り外そうとした場合、及び本機から半径二◯◯メイン以上離れた場合――』


〈オリオン〉は呆然とするレアに、実に淡々と説明を続け、


『――チョーカーに内蔵された起爆装置が作動し、爆発します』


 はっきりと、一つの事実を告げた。


「………………ばくはつ、するの?」

『肯定』


「………………あたし、死んじゃう?」

『肯定。頭部が吹き飛ぶ威力です』


「………………ああ、そうなんだ。〈オリオン〉から離れすぎても駄目なんだ。爆発したら、あたし首チョンパなんだ」


 うんうんと頷きながら〈オリオン〉の説明を脳内で改めて繰り返し、


「ええええええええええええええええええええええええええええっ!?!?!?」


 レアの喉からほとばしった絶叫が、ミメット村の夜闇を切り裂くのであった。


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