17 その日の午後1
「よお、お前ら。何の用だ?」
執務室へとやって来たレア達に、サディアスは机上の書類から顔を上げて言っ
た。
「あ、サディアスさん。外出許可を貰いに来ました」
「外出?」
「はい、街へ遊びに。こちらの騎士さんが、外出するには許可がいるって聞きましたから」
レアの隣で一礼する騎士を見て、サディアスは「ああ」と頷く。
「なるほど、そう言う事か」
「面倒くせえなぁ。外出すんのに許可がいるなんて」
「お前らの……と言うよりレアの事情が特別なんだよ。一応監視がいるだろ」
「まあ、確かにそうなんだけどよ。昨日聞いたし」
「言っとくが、相当に緩い監視だぞ。本人の素行に問題がなくて、こっちにも従順だから、比較的自由な立場でいられる訳だ。そこんところわきまえとけ」
「わーったよ」
サディアスに対するエリクの悪態に、レアは若干の違和感を覚えた。上手くは言えないのだが、昨日に比べて角が取れているように見える。
「それで、サディアスさん。外出許可出るの?」
「ああ、出すよ」
急かすように言うイルマへ、サディアスが言った。
「あんま遅くなるんじゃねえぞ。それとだな……」
「はい?」
「言うまでもないとは思うが、くれぐれも〈オリオン〉の姿を街で見せるんじゃねえぞ。余計な機能も使うな。〈オリオン〉にも言っとけ」
「分かりました。〈オリオン〉も良い?」
『了解しました』
レアが尋ねると、チョーカーから〈オリオン〉の声が返って来た。
「街ー! 街だー! やっぱ若人には街だー!」
「はしゃぐなよ、みっともない……」
小躍りするイルマの姿に、エリクは言った。
「何よー、エリクだって嬉しいくせに」
「そう言う問題じゃねえだろ」
そうは言っても、エリクも嬉しそうである。
何しろミメット村には、売店も飲食店も、両手で数えられる程しかない。例えばレアの読む本は、エリクの実家の『ランブロウ商店』で購入している。書籍専門店と言う訳ではないので、品揃えもほどほど程度。そもそも入荷自体、定期的に訪れる行商人頼みである。他の商品との兼ね合いもあるので、欲しいものが確実に入荷されるとも限らない。
村は基本、娯楽が限られている環境であり、若者達は娯楽に飢えている。あらゆる娯楽、嗜好に満ちる王都スピネルは、彼らにとって天国にも等しい場所なのだ。
「まあまあ二人共。それより、早速行こうよ」
「そーね。ちょうど"バス"が来る時刻みたいだし」
手元の時刻表と城で借りた時計とを交互に眺めながら、イルマは言った。
バスとは、マナを動力に動く乗り物の一種である。予め決められた運行予定に従って、道路上に引かれたレールの上を走行する。本来は運賃を支払う必要があるのだが、今回レア達はフリーパスを与えられており、無料で利用する事が出来る。
「発着所は……あそこだな。レア、一応〈オリオン〉に知らせとけ」
「そうだね。〈オリオン〉、聞こえてたと思うけど、これから乗り物に乗るから
ね」
首のコントラクト・チョーカーに向かって、レアは言った。もっとも〈オリオ
ン〉からの返事はない。事前に『余程の事がない限り、〈オリオン〉の方から話し掛けない』と取り決めておいたためである。
「……お、来た来た」
やがて、バスがレール上をゆるゆると走って来た。
発着場に止まる。乗っていた係員が側面の扉を開く。乗客の降車を待ってから、三人はバスへと乗り込んだ。
レア達は、都会を満喫した。
服飾店では、イルマが思う存分試着を楽しんだ。一緒になって楽しむレアに対
し、エリクはただただ退屈な時間を過ごした。何を見るともなく店内をぶらつき回り、時々二人に呼び出されては感想を求められる。
「良いんじゃねえか?」「似合うんじゃねえか?」の一本調子な返答を繰り返した結果、イルマから「あっからさまに適当に答えてるわねー、こいつ。うん、こりゃモテないわ」とのお言葉を頂いた。「そんな褒め言葉がポンポン思い付く訳ねえだろ」とエリクは思ったが、言わないでおいた。
書店では、レアが目を輝かせていた。現在読んでいる小説の続刊が、既に二冊も出ている事に驚き、すぐに購入した。エリクとイルマは交渉を行い、それぞれに別の漫画を数冊ずつ購入した。互いに貸し合う事により節約を図る、生活の知恵であった。
装飾品店にも寄った。高価な品だけでなく、比較的安価な品も取り扱っている店で、ミメットの民芸品も置かれていた。「これ、あたし達が作った奴だ」と、レアは商品を手に取って喜んでいた。
屋台で売られていたクレープを、三人で購入した。食べている最中、エリクの頬にクリームが付いているのに気が付いたレアは、「ほらエリク、慌て過ぎだよ」と言って彼の頬を指で拭い、そのまま舐め取ってしまった。
レアにしてみれば特段の意図などない、ごく自然な行為だった。だから、何故か顔を真っ赤にして目を逸らすエリクと、「天然怖いわー。恐ろしいわー」と呟くイルマの様子に、疑問顔を浮かべるばかりであった。
広場で路上演奏も行われていた。二人組の男達の片方が弦楽器をかき鳴らし、もう片方が見事な歌声を響かせる。一人の旅人が東を目指して、果てしない荒野を渡
る……と言った内容の歌詞だった。
演奏終了後、二十人前後の観客と共に拍手を送った。歌い手が裏返した帽子を突き出し、おひねりを催促して来たので、レアは一〇〇ルース硬貨を二枚、中に投げ入れた。イルマは「ふっ、私はイケメンには甘いわよ」と謎の決め顔をしてから、合計六〇〇ルースを投げ入れた。「ブレねえな、お前……」とエリクはある意味感心していた。
そんなこんなで時は過ぎ――
「さーて、次はどこ行くんだ?」
エリクが言った。
「そろそろ、帰りのバスの時刻を気にした方が良いかもね。イルマ、今何時?」
レアが尋ねたが、イルマは答えなかった。大通りを挟んで斜向いの建物を、じっと眺めていた。
「どしたの、イルマ?」
「……ねえ、二人共。あれ見てよ」
言われた通り、レアとエリクは視線を向ける。
イルマが指さした方向には、人だかりが出来ていた。頭上の看板を見るに、そこは銀行であるらしい。
「何あれ? 何の騒ぎ?」
「うーん……特売品に群がってるって感じじゃなさそう……」
「そもそも銀行で何の特売が行われるんだよ……」
「一〇〇〇ルース紙幣がお値打ち価格九〇〇ルースで販売中! ……とか?」
「経済舐めてんだろ。……って言うか、あれゴレムだろ。何かヤバい雰囲気じゃねえか」
エリクが言った。
遠目には、ゴレムが腕を振り上げ、搭乗者が何やら叫んでいるように見える。野次馬らしき人々から悲鳴が上がり、道を開ける。開いた箇所から、ゴレムがガシャガシャと派手な足音を立てながら走り出した。
「――って、こっち来てるわよ!? 何なのよアレ!?」
「多分、強盗辺りだろ!」
エリクが叫んだ。
「ねえエリク、あれ〈オリオン〉なら止められるんじゃない!?」
「いや、余計な事はしない方が良い! それより避けた方が――」
そう言う間にも、ゴレムは迫る。二人組の男が、無理矢理乗り込んでいるのが見えた。
「そうっすアニキ! こうすりゃ……!」
「ひゃあああっ!?」
「ナイスだ!」
「レア!?」
通り際、ゴレムの両腕がレアの身体を掴んで持ち上げた。そのまま、ゴレムは走り去って行く。
「何何何何っ!? 何なのよおおぉぉぉぉっ!?」
レアの悲鳴が遠ざかって行く。
「え、エリク!? レアが……っ!」
「畜生! あいつら、レアを人質にするつもりだ!」
時は少し遡る――
「ほ、本当にやるんっすか、アニキ?」
「おうよサブ。オレは本気だ」
ゴレムを操縦するサブと呼ばれた小柄な男に、縁の部分へ強引に座る、アニキと呼ばれた長身の男が答えた。サングラスで隠された両者の目線は、銀行の玄関へと注がれている。
「だいたいだな、サブ。このゴレムかっぱらってる時点でもう手遅れだろ」
「……まあ、セキュリティゆるゆるな元・職場の工事会社の敷地に忍び込んで、鍵掛けっぱなしだったこいつをパクった訳っすけど」
「んでもって今現在、このゴレムの力で銀行に押し入って、金を頂戴しようって訳だ」
「おさらいご苦労様っす。……でも、今なら罪は窃盗だけっす。まだ引き返せるっす」
サブは言った。ちなみに、今の彼らは揃ってサングラスに帽子、口元を覆い隠すスカーフと言う出で立ちである。何の目的でうろついているかも分からないゴレムといい、通行人からちらちらと『何だあの怪しい奴ら』と言わんばかりの視線が送られているのだが、当の二人は全く気が付いていなかった。
「馬鹿野郎、んな弱気でどうすんだ。それに、オレ達には完璧な計画がある。絶対に上手く行く」
「確かに……」
顎に手を当て、サブは言った。
銀行に入ったら、アニキがナイフを取り出して『金を出せ』と叫び、職員が持って来た金を頂く。その間、サブがゴレムで入り口を固め、退路の確保&威嚇を行
う。終わったら、どこかに逃げる。
二人で一晩掛けて練り上げた、綿密かつ冷徹非情なる犯行計画の、それが全容であった。
「大丈夫だサブ。オレ達なら出来る。自信を持て」
「そ……そうっすね。アニキと一緒なら、銀行の一つや二つ、朝飯前っす!」
そう言ってサブは、操作桿を握る両手にぐっと力を込める。一切の隙が見えない計画の存在が、彼の心から弱気の虫を追い出した瞬間であった。
そうこうしている内に、銀行前へとたどり着いた。ひらり、とアニキが大地に降り立つ。
「……じゃ、行ってくるぜサブ」
「ご武運を、アニキ」
あからさまに怪しむ周囲の視線など意に返さず、二人は敬礼を交わす。そしてアニキは銀行のドアノブに手を掛け、勢い良く『バンッ!』と開け放ち、
「強盗だ!! 金を出せ!!」
「…………。ちょっと君、話を聞こうか」
扉の前に立つ騎士達へと、叫び声を上げた。
王都スピネルの銀行には、防犯対策のため常時騎士が詰めている。彼ら騎士達
は、窓に見える怪しい二人組の様子を確認するために外へと向かう最中だったのだが、その事実にアニキとサブが思い至る事はなかった。
「逃げるぞサブ!!」
「あっ、おい!?」
驚異的なまでの早さで計画失敗を悟ったアニキは、超人的なまでの反応速度でゴレムへと飛び乗った。
「来んなっす!! 来んなっす!!」
「うわっ!?」
サブがゴレムの両腕をデタラメに振り回し、騎士達を牽制する。
「ナイスだサブ! 今の内に逃げるぞ!」
「合点承知っす!」
言うなり、ゴレムを走らせる。危険を察した野次馬達が、悲鳴を上げながらゴレムから離れて行く。
「良っしゃ! 良いぞサブ!」
「でもアニキ! どこへ逃げれば良いんっすか!?」
「知るか! とにかく走れ、走れ!」
アニキが叫んだ。つまりは事前に逃走経路を設定していない事の現れでもあるのだが、そこを気にする――と言うかむしろ、そこに問題があると気が付く二人ではなかった。
ゴレムの全速力は、人の全速力よりも速いと言えば速い。が、圧倒的に突き放せる程でもない。人が走って追いすがる事は可能だ。現に彼らの後方には、先程の騎士が走って追い掛けて来ている。
「もっと速く走れねえのかサブ! 振り切れねえぞ!」
「これで全力っす!」
「ええい、くそっ!」
アニキの顔に焦燥が浮かぶ。取り敢えず、当面は捕まりはしないだろうが、仲間を呼ばれて先回りされてはいずれ追い詰められてしまうだろう。
「そうっすアニキ! こうすりゃ……」
妙案を思い付いたように、サブは叫ぶ。そして、ゴレムの腕を操作し、
「ひゃああっ!?」
「ナイスだ!」
近くにいた少女を一人、両腕でガッチリと掴み取った。
「レア!?」
側にいた少年が叫ぶのも気にせず、そのままゴレムを走らせる。
「これで人質が出来たっす! こいつを使って脅せば、騎士達も迂闊に手を出せないっす!」
「流石はサブ! オレの自慢の弟分よ!」
「へへっ、照れるっすよアニキ!」
「何何何何!? 何なのよおおおおおおっ!?」
上機嫌で会話を続ける二人をよそに、何ら事情を飲み込めない少女の悲鳴が街中に響くのであった。




