14 格納庫にて
「き、緊張したぁぁ〜〜……」
「大げさな奴だな……。分かるけどよ」
城内の廊下を歩きながら深々と溜め息を吐くレアに、軽い溜め息でエリクは答えた。
「お疲れのとこ悪いけど、もうちょっと付き合って貰うわよ」
先頭を歩くノエルが、首だけを振り返らせて言った。
「次は"第二格納庫"……でしたっけ?」
「そうよ。〈オリオン〉君を色々調べさせて貰うの」
レアの言葉にノエルが頷く。
「調べるって、分解とかです? 〈オリオン〉を一糸纏わぬ姿にして、その秘められた箇所に舐めるような視線を這わせる系の」
「イルマ、無駄にやらしい表現取らないで……」
「つーか〈オリオン〉は糸で出来たもんは着てねえだろ」
イルマの言葉にレアは軽く頬を染め、エリクは細かい部分に突っ込みを入れる。
「分解はまあ私としては今すぐにでも実行に移したいしぶっちゃけ頑張って自制心を働かせている最中だしその自制心もかなり危うい状況だし良いやもう実行に移」
「いざと言う時は力ずくでもあんたを止めてくれと、俺は予め研究所員から頼まれているからな?」
あっさりと自壊した自制心に代わり、有無を言わさぬサディアスの言葉がノエルを食い留める。
「ぐぬ……。ま、まあ、時間も掛かるし構造もロクに把握してないしで迂闊にバラす事も出来ないから、今回は泣く泣くパスする事になってるわ……」
しょぼんと肩を落とし、ノエルは言った。
「今回は主に情報収集。〈オリオン〉君の外観構造の観察、それと聴取ね。聞ける事は聞かせて貰うわ」
「らしいよ。頼める〈オリオン〉?」
『了解です』
レアの首元と同時に、廊下の窓のすぐ向こう側から〈オリオン〉の声が聞こえて来た。
「そう言う訳で、格納庫よ。そこまで時間は掛けないから」
ノエルが言った。
"格納庫"と呼ばれてこそいるが、スピネル城で使用されるゴレムの整備、保管に使用される第一格納庫に対し、第二格納庫は主に研究開発や実験のために使われる場所である。「後になって作られた場所だから、研究所からちょっと離れてるのが難なのよねー」とはノエルの弁である。
実用一辺倒。それがレアの見た格納庫の第一印象であった。
広大な内部には、優美な装飾も、趣向を凝らした彫刻もない。あるのは何の用途なのか判然としない工具類、機械類の数々と、きつい油の臭い、それらに囲まれるゴレム"モドキ"であった。
ゴレムモドキ――現在のエトランジェの一般的な"ゴレム"であるそれらは、全高は〈オリオン〉の半分程度。その形状を乱暴に例えれば"手足の生えたバケツ"と言ったところか。頭部に当たる部分がなく、胴体内部に人が乗る座席が据え付けられている。座席後部に備えている幌を出せば雨を凌ぐ事も出来るが、搭乗者は基本剥き出しの状態となる。当然、自律機動など不可能である。
「はーい、〈オリオン〉君そのままバック。……はい、ストップ」
ノエルの指示によって〈オリオン〉は格納庫の一角、白線で区切られた場所へと誘導させられる。
ふと、レアは〈オリオン〉から見て左隣の区画へと目を遣る。全身ぼろぼろのゴレムがあった。両手両足は取り外したのか脱落したのか、存在していない。頭部の存在と雰囲気を見るに、〈オリオン〉とは別の旧文明時代のゴレムなのだろう。何となく哀愁を感じたレアは、軽く瞑目しておいた。
「じゃあ、早速始めましょうか」
「始めるって、何をすれば良いんですか?」
レアが尋ねる。
「取り敢えず今日は〈オリオン〉君について色々と話してもらうわ。基本性能とか機能とか、細かい事でも良いから」
「って言われましても。何を話せば良いのやら……」
「私が質問するから、それに答えてくれれば良いわ。じゃあ早速……」
そう言って手帳を開き、ペンを右手に持ち、ノエルが質問を始めた。
〈オリオン〉への質問の内容は、多岐に及んだ。
名前から始まり、全長や重量、動力など。更には旧文明時代の技術水準や風俗文化に関する事まで。
戦闘モードの事も話題に上った。
レアの指示で開放された〈オリオン〉の胴体内部にノエルは半身を突っ込み、
「……なるほど。レアちゃんがここの椅子に座れば、あなたは全力を出せるのね」
『正確には、マスタールーム内部にコントラクト・チョーカーの装着者が存在する事ですね』
その回答に「ほほう」と頷き、手にした手帳にペン先を走らせた。
そうして、どれくらいの時間が経っただろうか。
「じゃあ、最後に質問させて。……〈オリオン〉君、あなたは何故この時代まで生き残れたの?」
ノエルは言った。
『先程お話しした通りです。私には自己修復機能が存在します。経年劣化にも対処が可能です』
「……旧文明を滅ぼした"崩壊戦争"が終わって何百年かしらね。人類は壊れた文明を再生させると同時に、あなた達の時代の遺物を発掘、研究を続けて来た」
天井を仰ぎ見るように首を上げ、唐突にノエルは語り始める。
「ルビーノだけじゃない。それこそ世界中あらゆる場所で、あらゆる人物が。結
果、世界中でたくさんの遺跡――あなた達の時代の施設を発見した。ゴレムも沢山発見出来たわ」
誇るでもなく、喜ぶでもない。ただ淡々と事実だけを語る響きが、格納庫の一角の空気を揺らす。
「それら成果を解析して、不完全とは言え再現出来た技術もある。例えば"電話"とかね。それを使って他国との情報交換を行う事も出来る」
そこまで言って、ノエルは〈オリオン〉へと目を向け、
「それで今現在分かっている事。……私の知る限り、発見された中で〈オリオン〉君、あなたのように機能を含めて完全な状態を保ったゴレム|は、一機たりとも存在していないわ」
静かに、はっきりと、断言した。
「辛うじて五体を保ったものが発見された事はあるけど、それだけ。装甲はサビだらけで内部はガタガタ、本来の機能なんて断片的な記録の彼方よ。自己修復機能だって機械は機械、それそのものが壊れちゃどうにもならない。施設用の大規模なものならまだしも、一機のゴレムに搭載されたもので今の今まで生き残れたなんて。とんでもない性能の自己修復機能だわ」
言いながらノエルは隣の区画――〈オリオン〉とは別のゴレムへと視線を向け
る。片や時を超えてなお健在たる姿を見せ、片や数百年の歳月に蚕食された末路を晒す。あまりに対照的な光景が、ノエルの言葉を無言の内に支持していた。
「もう一つ。レアちゃんのコントラクト・チョーカーよ。それ、何のためのものだっけ?」
「ええと……秘密を守るためとか、マスターになった人が逃げ出さないためとか、だったはずです」
水を向けられたレアが、コントラクト・チョーカーを指で撫でながら答える。
「確かに、記録上にも似たような装置は確認出来るわ。ただし、範囲外に出た時点でゴレムが休眠状態に入るとか、電気ショックでお仕置きするとか。しかも、自分の意志で取り外し可能よ。『自分で取り外せない上、逃げたら首が爆発』する装
置? 対策として明らかに過剰だわ」
「……つまり、どう言う事なんですか……?」
「あくまでも私の仮設、と言うか勘なんだけど――」
レアの問いに、ノエルは〈オリオン〉の双眸を見据え、
「――〈オリオン〉君。あなた、よっぽど特別な理由で造られた存在って事よ。トンデモ技術が使用され、機密保持のためにトンデモ対策が施される。ただの戦闘用ゴレムなんかじゃあり得ないわ」
そう結論付けた。
「〈オリオン〉君、教えて。あなたが知っている事を。あなたは一体、|何のために造られたの?」
〈オリオン〉は答えなかった。代わりに『キュイイイィ……』と、詳細不明の音を出していた。ノエルも答えを催促しない。ただ、黙って待っていた。
『――不明です』
やがて〈オリオン〉が言葉を発する。
『私は戦闘用に造られました。私の中にあるデータからは、それ以上の情報を知る事は出来ません』
「……つまり、あなた自身にも知らされていないって事ね。まあ単に私の考え過ぎって可能性もあるだろうけど」
『そうですね。ただ――』
「ただ、何?」
『私の中のデータに、詳細不明のプログラムが存在しています。私自身、何のためのものか理解していません』
〈オリオン〉が言った。
「ええと、つまり〈オリオン〉。その、ぷろ……何とか言うのと、ノエルさんの言ってた話とは、関係あるって事なの?」
レアが尋ねる。
『何とも言えません。ただノエル女史の質問に答えるため、些細な情報でも提供した方が良いと判断しました。そのプログラムの名前は――』
〈オリオン〉が言った。
『――"アルテミス"です』
〈オリオン〉への聞き込みが済んだ後、レア達はスピネル城内の客室へと案内された。
使用人から「ご不便な点がございましたら、何なりとお申し付け下さい」と言われた上で通されたのだが、レアの目にはその部屋の一体どこに『ご不便な点』を見いだせば良いのか、皆目検討も付かなかった。
広い室内に敷かれたじゅうたんは手触りふかふかで、見栄えも鮮やか。ベッドの寝心地も抜群で、あらゆる調度品に豪華な装飾が施されている。飲み物は"冷蔵庫"なる機械に入っている分だけ取り出し放題、飲み放題で、その上火を使わずに部屋を暖めたり、逆に冷やす事の出来る"冷暖房"なる機械まである。
相部屋となったレアとイルマが、しばらくの間あちこちを触りながらはしゃぎ回ったのも道理、必然の事柄であった。
時間が経ち、使用人に案内され、夕食が用意された部屋へと向かった。
ここはどこの別天地なのかと思う程の、豪勢な食事が並べられていた。
丸焼きにされた鳥肉や芳醇なバターの香りのする白身魚、こんがり狐色に焼き上げられたパンや美しく盛り付けられたサラダ。ほかほかと湯気の立ち昇るテーブルの上は、一目見ただけで腹の虫が合唱を始めるような光景が広がっていた。
レア達の四人だけ、身内のみの席と言う事もあり、テーブルマナーもそこそこに胃の赴くまま、舌の赴くままに料理を口に運ぶ。気の利いた感想を考えるのももどかしい程、味に夢中になった。
そうして食事の時間も終わり、部屋へと戻り――
「いやー、食べた食べたー」
ベッドの上に大の字で寝転び、満足気にイルマは言った。
「もう一生分の贅沢をしちゃった気分だよ……」
隣のベッドに腰掛けながら、レアは言った。
「まあこれも、レア達が遺跡と〈オリオン〉を発見したおかげだよ。サンキュー、我が友。出来れば報奨金で一生私を養ってー」
「最後のはノーサンキューよ。そもそもどれくらい貰えるかも分かんないし、エリクと折半だし」
「じゃあ、レアがエリクと結婚すれば万事解決ね。半分足す半分は全部、この完璧な計算!」
「机上の空論って言葉知ってるイルマ? あと、勝手にエリクを巻き込んじゃ可哀想だよ」
「ありゃ、私の計算の一体どこに見落としがあったんだろ。……結婚と言う単語を出してこの反応の薄さよ。エリク、あんたを心底可哀想に思うわ……」
最後にぼそりと呟いたイルマを、レアは『?』を頭上に乗せながら眺める。
「……まあ良いや。そもそも、全額をあたし達で分ける訳じゃないから」
「そうなの?」
「うん。半分くらいは村に寄付するつもり。エリクもそれで良いって」
レアは言った。
「それはそうと、お風呂どうする? イルマ先入る?」
レア達に用意された部屋には、ご丁寧にも浴室まで完備してある。
「ふっふっふ。ここには大浴場があるらしいじゃない。せっかくだから、そこ行きましょう」
「大浴場かぁ……。良いね、行こうか」
そう言ってレアは、カバンの中の着替えを取り出し始めた。




