13 謁見
「うわぁ、やっぱり凄いね」
大勢の人々で賑わう王都スピネルの街並みを馬車の窓から眺めながら、レアは言った。
石畳で敷き詰められた地面に、石造りやレンガ造りの建物。街のあちこちに見られるマナ灯。専用の線路上を行き来する、マナの力を利用して動く"車"。
過去に数回、サロモンやチャドに連れて来てもらった事があるので初めての光景と言う訳ではないのだが、閑静な田舎暮らしをする少女にとって、殷賑たる都会の活気は自然と気分を高揚させるものであった。
「一応言うが、今回は遊びに来た訳じゃねえぞ」
身を乗り出す勢いで窓の外を覗き込むレアに、エリクが言った。
「ふっ、甘いわねエリク。私は完全に遊び気分で来てるのよ」
「……まあ、お前はそうだろうな。お前は……」
何故か髪をかき上げる動作までしてみせるイルマに、エリクは溜め息を吐く。遺跡と〈オリオン〉の報告を行わなければならないのは、レアとエリク、それに村長代理としてやって来たチャドだけだ。付いて来ただけのイルマが他人事オーラを発しているのも決して間違った行動ではないだろう。到底、正解とも思えないが。
「まあでも、少しくらいなら遊ぶ時間もあると思うから。今から楽しみだなぁ」
レアが言った。
「取り敢えずは城への報告を済まそうぜ。面倒な事はさっさと終わらせるのが良いだろ」
「そうだね。……サディアスさんによると、王様の前で話をしなきゃいけないんだよね。緊張するなぁ……」
レアの呟きを乗せた馬車はそのまま大通りを抜けて行く。やがて、王都の中心地にそびえ立つ建築物の姿が、目の前と言って良い程に近付いて来る。
透き通るような白亜の外壁。吸い込まれるような深い青色の屋根。天に向かって鋭く伸びる尖塔――
「綺麗……」
スピネル城。王都の物理的な中心地にして行政的な中心地を前に、レアの口から感嘆の声がこぼれ落ちた。
「着いたよ。お疲れ様」
扉を開けて言う御者に、レア達はそれぞれ礼を述べてから馬車を降りた。
「着いた着いた。お城なんて初めてだよ……」
レアは軽く伸びをしながら、改めて城を見上げる。
まさか自分が城の敷地内に足を踏み入れる事になるなんて。
何とも言えない感慨が胸の中に湧き上がり、レア思わずぶるりと身を震わせた。
「荷物は用意した部屋に運ばせる。お前ら、まずは研究所の所長へ挨拶に行くぞ」
先に降りていたサディアスが、レア達へ声を掛ける。その後ろでは、チャドが自分の荷物を使用人に預ける姿が見えた。
「所長……ですか?」
「ああ。"スピネル旧文明研究所"。名前通り、旧文明の遺跡やら技術やらを研究してる連中だよ。そこの所長をやってるのが、ノエル・フェレット女史だ」
サディアスが言った。
「王様より先に所長に会うのか?」
「陛下は身軽な立場ではないからな。まずは到着の連絡をしなければならない。その間に所長への挨拶を済ませた方が良いだろう」
「お預かり致します」と頭を下げる使用人へと荷物を渡しながら尋ねるエリクに、サディアスは答える。
「〈オリオン〉、あたしから離れないように気を付けてね」
『了解。私がマスターの位置に合わせて城の周囲を移動するので、マスターは私の位置を気にしなくて大丈夫です』
念のための確認に、〈オリオン〉はそう答える。
「付いて来い、こっちだ」
手で促しながら歩き始めるサディアスの後を、レア達はめいめいに足音を響かせて追って行った。
「サディアスさん、ノエルさんって一体どんな方なんですか?」
絨毯の敷かれた廊下を歩きながら、レアは尋ねた。純粋に知りたいから、と言うのもあるが、何より無言で慣れない場所を歩くのも気が張ってしまうから、軽い気持ちで聞いただけの事だ。そこまで真剣な回答を期待した訳ではない。
「…………まあ、何だ。予め言っておくが、優秀な人物である事は間違いないん
だ。天才と言って差し支えないくらいに頭が良いし、実際に研究でも数多くの成果を挙げている。この国にとって、得難い才能である事は間違いない。ああ、俺の言ってる事は間違いなく事実なんだよ……」
だと言うのに、サディアスの言葉は妙に必死、かつえらく歯切れの悪い代物であった。
疑問を感じつつも掘り下げる気にもなれず、レアはそれ以上尋ねる事をしなかった。
「ここだ、着いたぞ」
やがて一行は、『旧文明研究所』と言うプレートを掲げた扉の前にやって来た。
サディアスがノックをするが、返事はない。不在を疑ったらしく、軽くドアノブに手を掛ける。扉は静かな音を立てて簡単に開いた。隙間から、声が漏れ出して来る。どうやら話に夢中になっているらしく、ノックの音に気が付いていない様子であった。
「まあ、鍵が掛かってないなら入っても問題ないんだろう。ほら、入れ」
「それじゃあ。……お邪魔します」
挨拶をしてレアは扉を潜り、研究所内へと足を踏み入れる。
レアの目に、一人の女性の姿が映った。
白衣の上を流れるような黒髪が、艶を受けて輝く。シンプルな形状の眼鏡が、整った横顔に知的な印象を付加する。
才色兼備。ただ黙ってその場に佇んでいるだけで、見る者に一つの共通した言葉を想起させるような――そのような女性であった。
「……つまり!! ネコにデレ期は存在するのよ!!」
生憎、全く黙ってなどいなかったが。
様々な意味で全く予想外の言葉に呆然とするレアを尻目に、その女性は大袈裟な手振りを交えて熱弁を振るい続ける。
「『イヌは飼い主が呼べばやって来るけど、ネコは呼んでもやって来ない』って事実を元に『ネコは飼い主に対して無関心』って意見があるわ。けど、イヌは群れを作って生活する生き物なのに対して、ネコは単独行動をする生き物なの! そもそもの前提が違うから、比べる意味がないのよ!!
ネコは普段奔放に振る舞っているけれど、たまにすり寄って来るわ。あれはネコにとっての愛情表現に当たるの。
……つまり!! ネコはツンデレな生き物なのよ!!
ネコの擦り寄りをマーキング行動と捉える意見もあるし、確かにその一面もあるわ。しかし尻尾……あら、お客さんかしら? いらっしゃい」
「いやもうここまで来たら気にせず話を続けて下さい!? 逆に気になりますの
で!」
ようやく女性が客人の存在に気が付き、妙な演説を中断する。本人はごく涼しげな様子であったが、レアにとっては結局『尻尾』がどうしたのか、一種の生殺し状態を味わう羽目になった。
「……ノエル所長。この娘が例の遺跡発見者の一人だ」
努めて平静を装うサディアスの言葉に、女性――研究所所長であるノエルは「ああ」と頷いた。
「あなたがレア・ノーランドさんね。初めまして、ノエル・フェレットよ」
「初めまして、レアです。こっちは同じく発見者のエリク、それと村長代理のチャドさんに、付き添いのイルマです」
レアの紹介に、三人はそれぞれ「どうも初めまして」「初めまして、よろしくお願いします」「どうもー」と挨拶をする。
「どうも初めまして。……で、ゴレムは?」
ノエルは言った。
「はい。今は外にいます。流石にあの体でお城の中には入りませんので……」
「そう。じゃあ、城の壁ブチ破りましょうか」
「いきなり何言い始めてるんですか!?」
「だって、折角旧文明時代の完全なゴレムがいるのに、壁のせいで研究所に入れないなんて、あんまりじゃないの! だったら、壁を取り壊すしか!」
「あなたが外に出るって発想はないんですか!?」
「……あっ」
「ものすっごく『その手があったか』って顔してるよこの人!? ええと〈オリオン〉、挨拶よろしく!」
コントラクトチョーカーに向かって、レアは言った。すぐに〈オリオン〉からの声がレアの首元から聞こえて来る。
『初めまして。私はMG―PMAS―03〈オリオン〉です』
「ふぁっへい!」
「今どんな感情を表したんですか!?」
「ああ、ごめんね。つい興奮しちゃって。初めまして、ゴレム君。……ほほう、一応話では聞いていたけど、この首の輪っかで通信が出来るって寸法ね」
レアの首元をまじまじと見つめながら、ノエルは言った。
「確か離れ過ぎたり、無理に取り外したりすると、爆発しちゃうんだったわね。
……レアちゃんだっけ?」
「はい」
「研究のために、ちょっとばかり一生をここで過ごす気ない?」
「サラッとちょっとばかりじゃ済まない要求が!?」
「大丈夫よ、私が責任を持ってその輪っかとゴレムの研究を進めるから。それに
私、第二の人生を研究所の備品として生きて行くのも悪くないって思うのよ」
「うん、この人相当に変な人だ!? それ以外にも言うべき事はたくさんあるけ
ど、真っ先に言わずにはいられなかった!!」
レアの叫びが室内に響く。
「……あー、所長殿。初対面のガキにあんまり飛ばさないで頂きたいんだが」
見かねたサディアスが横から口を挟む。
「何よサディアス君、そんな私を非常識な人間みたいに。失礼しちゃうわね」
「出会って数分もないガキ共の、この信じられない言葉を聞いたような表情を見てなおも言えるのか?」
言葉以上に雄弁に「…………え?」と言いたげな表情を浮かべるレアとエリクを指し、サディアスは言った。ちなみにチャドは強いて平静を保ちつつも視線を逸らし、イルマは愉快そうに笑っていた。
そこに、一人の兵士がやって来た。
「騎士団長、国王陛下の謁見の準備が整いました。中庭までどうぞ」
「ああ、分かった。すぐ行く」
サディアスは言った。
「そう言う訳だ、ノエル所長。それにレアとエリクとチャドさんも」
「中庭、ですか?」
「ああ。陛下も直接〈オリオン〉を見ておきたいそうだ」
サディアスは言った。
「……それで、そっちのイルマとか言うのはどうする? 付いて来るのか?」
「そーですね。レアとエリクの晴れ姿、見て行きたいです」
「……晴れ姿?」
イルマの言葉に、レアとエリクは首を傾げた。
中庭には、噴水の水音が響いていた。多数の兵士が集まる中でも、それ以外の音はほとんど聞こえては来なかった。
兵士達に見守られる中、レアとエリクは一人の男の前に跪き、言葉を待つ。床石の砂が服に付く事など、気にする事すらなかった。
「そなた達が、旧文明遺跡、及びゴレムを発見した者達か」
年の頃は五十過ぎ、褐色の髪と豊かな顎髭を生やした男――ルビーノ国王プトレリウス・テンパートンが口を開く。
「は、はい。王様……じゃない、こ、国王陛下様におかれましてはご機嫌麗しゅうてございますです」
「子供が気張らずとも良い」
かなりの無理があるレアの取り繕いに、プトレリウスは微笑とも苦笑ともつかない笑みを浮かべた。
「あ、ありがとうございます。初めまして陛下、レア・ノーランドと言います」
「エリク・ランブロウです」
二人は言った。
「うむ。そしてそこのゴレムが例の……」
『お初にお目に掛かります。私は元ディアマンテ所属の戦闘用ゴレムMG―PMAS―03〈オリオン〉です』
レアの背後に立つ〈オリオン〉が言った。
プトレリウスはしばし巨人の目を見つめ、
「……話には聞いていたが、本当に意志を持っているとはな。眼前にあってなおも信じられん。驚くべき技術だな」
『恐縮です。補足させて頂きますと、あくまで人の意志を模して造られているだけで、私には個人的な意志は存在していません』
「ふむ、そうなのか。……レアにエリク」
「はい」
「はい」
プトレリウスの言葉に、二人は声を揃える。
「この発見により、旧文明の解析も大きくはかどる事であろう。大儀であった」
プトレリウスからの賞嘆の言葉に、
「あ……ありがとうございます!」
レアは声を弾ませて喜び、
「こ、光栄です」
エリクは事前に心で準備しておいた単語を、緊張気味に口にした。
「で、でも、〈オリオン〉を勝手に動かしてしまいました。申し訳ありませんでした」
レアが言った。
「それも聞いておる。魔獣に襲われた結果であろう? 仕方ない事だ」
プトレリウスが言った。
「それに余が責めずとも、大方サディアス辺りにうるさく言われたのではない
か?」
そう言ってプトレリウスは、茶化すような目線をサディアスの方へちらりと向ける。たちまち渋い顔になったサディアスが、一言一句に注視するような目線をレアに送って来た。
「子供相手にきつく言い過ぎて、心に傷でも負わせていなければ良いが。もしそうであるなら、余に言え。代わりに叱ってやろう」
「そそ、そんな。陛下、あたしは全然気にしていませんので……」
「つまり、うるさく言われたのだな」
そう言ってプトレリウスは笑う。周囲から失笑が漏れる中、サディアスからますます渋い目を向けられ、レアは顔を背けて縮こまった。
「あやつは余が相手でも容赦せん奴でな。あまり気にし過ぎない事だ。まあ、威を傘に着て理不尽な事を言う奴でもない。要らぬ誤解はせんでやってくれ」
「わ、分かりました」
和らいだ空気は保ちつつも、家来の名誉を損なわぬよう気を遣うプトレリウス言葉に、レアは慌てて頷く。
「細かい話は、後ほど研究所員達に任せる。褒美も十分用意しよう。……レアにエリク」
そう言ってプトレリウスは、二人の元へと歩み寄り、身を屈める
「良くやってくれた。面倒を掛けるが、引き続き協力を頼むぞ」
「「は……はい!」」
プトレリウスからぽんと肩に手を置かれ、レアとエリクから笑顔がこぼれた。
繕ったところのない、年相応のはにかんだような笑顔であった。




