第六話
それからの母は、どんどん身体が弱っていって、ベッドで寝ている時間が多くなった。
とうとう家事もマトモにできなくなり、私が母の代りに家事をしながら、母を介護する事になった。
そんな生活が続いていたある日、また白衣を着た数人の男たちが、私たちの所にやって来た。
それを見た母は、何かを覚悟した様にじっと私を見て、ベッドの脇にある机を指差して言った。
「ねぇ、ルーシー…今まで世話を掛けたわね。もし私が帰って来なかったら、机の引き出しにある手紙を見て頂戴ね」
母は、私にそう言い残すと車椅子に乗せられて、白衣の男たちと一緒に部屋を出て行った。
私が母を見たのはそれが最期だった。それっきり、母は帰っては来なかった。
私は母に言われた通り、机の引き出しを開けて、中に置かれていた母の手紙を読んだ。
その手紙にはこう書かれてあった。
「愛しいルーシー…私はもうあなたを抱きしめてあげる事ができません。独りぼっちになってしまったあなたは、もう用済みとなって、飼い主に棄てられた犬や猫のように殺処分される運命にあります。あなたの尻尾の模様は、人間が植え付けた廃棄処分の印なのです。だからすぐに施設から逃げて!」
そう言えば、母の尻尾はカラフルなまだら模様なのに、なぜか?私のは黒と白のシンプルな縞模様だった。
何で母から生まれたのに、尻尾の模様が違うんだろう?といつも不思議に思っていたが、やっとその意味が飲み込めた。
それは、ナチスの強制収容所で殺処分されたユダヤ人たちが着ていた囚人服の模様と同じ意味が込められていたのだった。
「あなたがこの手紙を読む時、私はあなたのお父さんと同じように、身体から心臓を抜き取られて、もうこの世にはいないでしょう。でも、あなたはどんな事があっても生きていて欲しい…あなたがそこから逃げられるように、部屋の隅にトンネルを掘って、カーペットで隠しておきました。この手紙を読んだらすぐに逃げなさい!そして、どんなに苦しくても辛くても、一生懸命生き抜いて… ~私の愛しいルーシーへ : 母より~」
私は部屋の隅まで行って、カーペットをめくり上げた。そこには小さなトンネルが掘ってあった。
母は、私を逃がすために、あんなに弱り切った身体に鞭打って、少しづつトンネルを掘ってくれていたのだ。
私が寝ている間に、私の知らない間に掘ったのだろう…どんなに苦しかった事か、どんなに辛かった事だろうか。
私は涙があふれ出てきて止まらなくなった。でも、いつまでも悲しんでぐずぐずしてはいられなかった。
私はすぐに母が掘ってくれたトンネルを通って、矯正施設の外に逃げ出した。
懸命に町の中を駆け抜けて、グロウ湖に跳び込み、ひたすら泳いで向こう岸までたどり着いた。
すぐに、私が町から逃げた事に気付いたらしく、パトカーがあっちこっち走り回って私を探していた。
パトカーに見つからないように、夜は茂みの中でコヨーテに怯えながら眠った。
生きるために、飢えを凌ぐために、食べられる物なら、木の根でも虫でも何でも食べた。
寒かった…ひもじかった…苦しかった…辛かった。
~続く~