第一話
~これは、私が年老いた祖父から聞いたとても可哀相な少女のお話です~
「この世には、善人なんてただの一人もいやしないよ」
老いた祖父はそう言いながら、私にある話をしてくれた。
祖父がその女の子に会ったのは、ほんのわずかの間だった。
祖母に先立たれた祖父は、ロッキー山脈の麓で小さな牧場を営んでいた。
私の父と母は、独り身の祖父の身を案じて、街に来て暮らすように勧めた。
けれども祖父は、祖母との思い出がある牧場から離れようとはしなかった。
祖父の牧場の辺りには、いつも家畜を狙うコヨーテがうろついている。
その日も祖父は、いつものように銃を持って牧場の周囲を見回っていた。
すると、突然茂みの中で、何かがカサッ!と動く音が聞こえた。
祖父は油断なく銃を構えて、じりじりと茂みに近寄って行った。
そして、茂みの中を覗いた祖父は、驚きの余り腰を抜かしそうになった。
何と!人間の女の子がコヨーテ避けの罠に挟まってしまっていたからだ。
その女の子は泣きもせずに、ただ驚いている祖父をじっ!とにらんでいた。
祖父はあわててしゃがみ込むと、女の子の足を挟んでいた罠を外した。
よく見ると、女の子の足首は完全に折れていた。可哀想によほど激痛が走っただろう。
なのに、その子は泣き叫びもせずに、じ~っと痛みに耐えていたらしかった。
すぐに手当てしなきゃならんと思った祖父は、取るものも取りあえずに女の子を抱え上げた。
その時、祖父は奇妙な事に気が付いた。女の子のお尻から尻尾が生えていたのだ。
でもその時は、祖父にはそれが何なのかを考えている暇などはなかった。
ただ、ひたすら女の子を肩に担いで、一目散に我が家まで走った。
家に着くと、すぐに女の子をソファーに寝かせ、手近な木切れで足首に添え木をしてやった。
女の子は足を触ると、さすがに顔をしかめて痛そうな表情をしたが、それでも泣かなかった。
ともかく、早く医者に連れて行かなきゃ…と思った祖父は、車を取りに行くために外に出ようとした。
ところが、なぜか女の子は、懸命に祖父の腕にしがみ付いて止めようとするのだ。
医者に診せるのが恐いのかな?と思った祖父は、宥めようとして女の子の隣に座った。
「痛かったろう。でもその怪我はお医者さんに診せなきゃ治らないよ」祖父はやさしく女の子に言った。
それでも、女の子は黙ったまま祖父の腕にしっかりとしがみ付いていた。
「ねぇ、お嬢ちゃんは何て言う名前なのかな?」
「ルーシー…」女の子はやっと口を利いたが、声はかすれてしまっていた。
~続く~