安らかなれ
ウィリアム・グラントのエクソシスト養成学校時代的な超短編です。
『R.I.P.』
それは――死者への/彼への/自分への手向けの言葉 。
すっかり定着してしまった/未だ抜けきらない癖――前方で喋り通す悪魔学講師の話を聞き流している間に、気付けばノートの端に書いていた。
縁起でもない三文字のアルファベットを消しゴムで擦る/カスを払う/新たに板書された講義内容で上書きする。
他の学生=真面目に/勤勉に/静かに/黙々と講義に集中――そのほとんどが自分より二回りも年下。
講師の話を他所にふと思う――彼らは初めから自分の道を歩いてきたのだろうか?
更に思い出す――ひょんなことで墓碑に名を刻まれた兄=『カーシー・グラント――安らかなれ』。
その人生と夢を丸ごと背負わされた自分。
進む道を選ぶ権利を剥奪し/常に「あの子なら」「あの子の方が」と、とうに死んだ人間と今を生きている我が子を比較し/そのくせ自分に兄を重ねて縋ってきた両親。
両親の期待に応えようと、抑圧の末に殺された自分――『R.I.P.』――“忘れん坊のウィリアム・グラント”が、己が死者であることを忘れないよう、自らに打った三文字の楔=兄の全てを背負わされた日から毎日のようにペンでノートに書き記した呪縛=自分が殺した自分の墓碑銘――今もなおこの身に染みつき絡みつく、辺獄からの呼び声=どうしてお前が生きているお前はとっくに死んでいるはずじゃあないか。
どんどん加速し、暗い記憶の底へのめり込んでいく思考――しかし不意にざわめきに包まれる。
はっと気付いて顔を上げる――既に講義は終了しており、先ほどまでしんと静まり返って講義を受けていた学生たちが片付けをしたり席を立ったり友人と喋ったり、各々自由に動き出していた。
打って変わって居心地の良い喧騒――本来なら自分が身を置くはずのなかった環境であり/課せられた道を踏み外した結果であり/初めて自分の意志で進むことを決めた道。
いつの間にか手から落ちていたペンが机上に転がっていた――掴む/そのままじっと拳を見る――唐突に3億光年彼方のどこかかで声が囁く。
握れ。
進むことを諦める薄暗い解放感ではなく――自分を自分でいさせるためのチャンスを/酷い臭いのする劣等感も/いつか屠ってしまった自分を悼む言葉すらも引っくるめて、握り締めろ。
どこからともなく湧いてきた柄にもない感情=壁に真正面から向っていく根性――思わずにやり――嫌いじゃねーよ、そういうの。
握り締めていたペンをペンケースに突っ込み/そのペンケースを鞄に突っ込んで――ウィリアムは、その手に小さな決心を握り締めながら、人も疎らになってきた講義室を後にした。