怒り
憎い。
腹の内側を蠢く黒い塊は臓器を埋めつくし、脳を支配する。
指令を送れない脳は困惑し、指導権を闇雲に譲る。
失われた指導権は二度と返ってこない。
黒い塊は体全体を埋めつくし、私は体の所有権を放棄した。
黒い塊は渦を巻き、一寸の光りも残さない。
それを私は憎悪だと知る。
黒い塊は体に収まることをしらず、排出される。
それは穢れとなる。
周りの人にも移りこむ。黒い芽が別の人の腹の内側に芽生える。
本人が気づかぬ内に。
憎しみは蔓延する病原体だ。
私はその病原体の根元なのだろう。
私の憎しみはやがて赤みを帯びた赤黒い色に変化する。
それは怒りなのだろうか。
いや、これは殺意なのだ。
憎悪は熟成して、殺意へと変化した。
殺意は伝染しない。殺意は個体のみだ。自ら進化をとげる。
赤黒い塊は常に体のなかを循環する。
止まらない時間のように駆け巡る。
段々強くなる思いに体が反応する。
アドレナリンは放出し目は血走る。
「殺してやる」
まるで私の体が自身の体ではないように錯覚する。
赤黒い色は鬼を思わせる。
そう。私は鬼だ。
鬼は真っ赤な腕を伸ばし、先端の尖った長方形を手に取る。
鋭利な刃物は殺意の象徴のようだ。
私は憎き獲物を捕らえた。
「逃がさない」
獲物を掴んだその手は強く、表皮を割き、肉が剥き出し、赤い液体をながしだす。
獲物を逃がさないよう卓上に乗せる。
そして、手に持った刃物を構える。
「サヨウナラ」
刃物は獲物の肉体をいとも簡単に切り裂く。
弾ける肉片、赤い渋きがあがり鬼の顔には歪んだ笑みが浮かんだ。
獲物の内側が露になる。
その時私のなかに詰まっていた殺意は溶けて消えていった。
残ったのは悔恨。
服を見ると赤く汚れていた。
「由美ちゃんご飯できた?」
「今トマト切ったところだよ。」
「え!まだトマト切ってたの?」
「だってこの子コロコロ逃げるんだもん」