魔女が魔女である所以
「はあ……」
俺はキノコを採取しながら、深いため息をついた。結局、あの後アイツは何事もなかったかのようにいつも通り俺へと接してきた。だから俺もあの事は忘れて深入りしないでおこうと思ったのだが……
「なんか釈然としないっつうか……だあ! 俺はうだうだ考えるのが嫌いなんだよ!」
思わず大きな声で叫ぶと、近くの木に止まっていた小鳥達が数羽飛び立っていった。
(何してんだ俺は……)
意味の分からない苛立ち――最近はそれに加え、胸の奥までズキズキと痛む。俺が再び深いため息をついた時、森の奥で叫び声が上がった。
(男の声?)
立ち上がり、声のした方向に感覚を研ぎ澄ます。
(ああ、これは……)
「クロノ」
名前を呼ばれ振り返ると、いつの間にかエルノアが後ろに立っていた。
「なんだ?」
(さっきまではいなかったはず……って事は、上級魔法の類――転移魔法か)
「状況は分かってるんでしょ? 行くよ」
「は? 行くって、さっきの悲鳴を上げた奴のところにか?」
「それ以外に何があるわけ?」
目をキラキラと輝かせているエルノアを見て、俺はげんなりとする。
「ああ、はいはい了解しました」
こういう目をしている時のエルノアは、絶対に止められない。経験上それを知った俺は、早々に諦める事にしたのだった。
* * *
「ほら、着いたぜ。お姫様」
俺は抱えていたエルノアを芝生の上へと下ろす。
「うむ、苦しゅうない」
「……なあ、一つ良いか? 何様だよお前は」
「先にふざけたのはそっちでしょ。私はエルノア様よ」
「はあ、ない胸張るな――」
「何か言った」
エルノアからの鋭い視線を受け、俺は口を紡ぐ。
どうやら禁句だったらしい。
(人間の女って言うのは、たとえガキでもそういうところ気にするんだな)
『ギギャーギギッギ』
俺がしみじみと考えていると、近くで気味の悪い大きな鳴き声が上がった。
「お? どうやらお待ちかねのようだな」
俺は目の前に群生している巨大な食虫植物達の方にちらりと目を向けた。エルノアは、キョロキョロと辺りを見渡した後、不機嫌そうにこちらを見た。
「ねぇ、さっき悲鳴を上げた男は?」
「ああ、多分食われたんだろ。奴らに」
「はあ? もう? まだ二、三分しか経ってないのに?」
「いや、俺に言われてもなあ」
「はあ……つまんない」
「いや、面白がるんじゃねーよ」
「だって、恐怖に歪んだ顔を目いっぱい見た後、泣いて私に助けを乞う奴をギリギリで助けるのが面白いんじゃんか」
「……お前、歪んでんなあ」
「あら、見ず知らずの人をわざわざ助けてあげるんだから、それぐらい良いでしょ? 世の中には散々笑った挙句、助けてくれない人だっているんだから。そう……人なんてみーんな、自分ばかりが可愛いのよ」
エルノアが見せた嘲りを含んだ笑みに、俺は言葉を失った。
(コイツは……今までどんな環境で――)
「それにしても……どいつに飲まれたのかしら?」
「は?」
「はあ……さっき悲鳴を上げた男の事よ。クロノ、男がどの食虫植物に飲まれたか分かる?」
「いや、さっぱり」
「じゃあ、片っ端から切っていくしかないようね」
「おい、お前助けるつもりなのか? 見ず知らずの奴を……」
「助ける? 馬鹿ねぇ、私がそんなことするわけないでしょ。せっかく見物しに来たのに手ぶらで帰るなんてつまんないでしょ? 八つ当たりと材料集め、そのついでに無様にも食虫植物に飲まれた男を拝めるなら、少しは私の気も晴れるってものよ」
「プッ」
「何よ」
「いやぁ、まったく……」
(素直じゃねぇ)
なんだかんだと理由を付けつつ、目の前の少女は見ず知らずの男を助けようとしているのだ。俺は、口をへの字に結んでいるエルノアの頭にポンッと手を置いた。
「仕方ねぇから、俺が全部やってやんよ!」
「当たり前よ。クロノは私の使い魔でしょ」
エルノアの言葉に苦笑しつつも、俺は大きな食虫植物へと立ち向かっていったのだった……
* * *
「ふう、片付いたな」
俺は魔剣に付着した緑色の液体を振り払い、鞘へと納める。
(アイツ作の魔剣、やっぱすげぇ……)
先程まで負のオーラを発し、猛威をふるっていた魔剣から目を離し、俺は魔剣の製作者であるエルノアへと視線を向ける。当の本人は、食虫植物を風魔法で軽く払い、中身を確認している。俺は人間の剣技なるものは一度もやった事はないが、魔剣が勝手に俺を導き、切り抜けてくれた。
(まあ、俺の精神力と身体能力があったからこそだとは思うがな)
多分、普通の人間が持てば、魔に染まり、身体もすぐに限界がきて壊れてしまうだろう。
(そんなモノをアイツが……)
「クロノ、いたわ」
俺が思考をめぐらしているうちに、エルノアはお目当てのモノを見つけたらしい。
「へぇ、コイツか?」
「ええ、まだ息があるようだけど、面倒な事に気を失っているわね」
エルノアの横にしゃがみ込み、俺は男の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、家に連れて行くのか?」
「いえ……起きてもらうわ」
「?」
「ハッ!!」
「って、力技かよ!!」
俺がツッコミを入れたのと、エルノアに腹を殴られた男が咳込んだのは、ほぼ同時だった……。
* * *
「いやあ、助けていただき、本当にありがとうございます」
意識を取り戻した男は、お腹をさすりながら俺達に対し深々と頭を下げた。
「まあ、当然よね」
ふんぞり返るエルノアは、まんざらでもなさそうに頬を緩めている。
(まあ、魔物倒したの俺なんだけどな)
「ここら辺は危険だと知っていたのですが、子供の為にどうしても特別な薬草が欲しくて……」
「ああ、もしかしてここら辺にしか群生しないあの――」
エルノアがそう言いかけた時、突然、地面が盛り上がる。
「ッ!?」
(さっきの奴らの生き残り!? 間に合わない!!)
俺は咄嗟にエルノアの方へと手を伸ばしたが、エルノアは既に戦闘態勢へと入っていた。
「邪魔よ、知能も持たない下等生物」
エルノアの言葉に呼応し、風が食虫植物を切り刻んだ。
「おい、大丈夫か」
俺がエルノアの傍へと走り寄ると、彼女は不機嫌そうに答えた。
「服が汚れた」
お前のせいだと言わんばかりに俺をギロリと睨んだエルノアに思わず苦笑する。
「ああ、はいはい、悪かったよ、出遅れて。……てか、そもそも俺の力が全部あればこんな――」
「あ、ああ……ま、魔女……お前、魔女なのか」
俺の言葉を遮り、男が怯えた声を上げる。
(??? なんだ?)
「い、いいい、命だけは!! 助けて下さいっっっ!!!」
「あ、おい!」
男は俺が呼び止めたにも関わらず、せっかく採取した薬草をその場に置いたまま走り去ってしまったのだった……。
「は? いったいなんだったんだ――」
男の態度の変化に納得できず、エルノアに話しかけようとした俺は、言葉に詰まった。
(何て顔してんだよ……)
エルノアは、ジッと自分の両掌を見つめ、泣きそうな笑いそうな、複雑な表情をしていた。
「お、おい」
(なんて声をかけたら良いんだ? そもそも、なんであの男は魔女をあんなにも恐れて――)
「ええ、まったく失礼ね……そうねぇ、癪だから魔女らしくこの薬草届けてやりましょう」
「は? って、お前、その石どうするんだよ」
エルノアは先程の表情とは打って変わって、悪戯を企む子供のような楽しげな顔をしていた。
「カラスに変えるのよ。フフ、あの男、この薬草籠が届いた時、どんな顔をするかしら。カラスが石に戻った時、どんな反応をするのかしらねぇ」
「……それでも、お前は薬草を届けてやるんだな」
「??? 何か言った?」
「いや、何でもねぇよ」
(やり方は少し歪んでるが、あんな表情するくらい傷ついてもなお――お前は他人を気遣うんだな……)
俺がそんなふうに少女の後姿を見ていると、エルノアが不気味に笑い始めた。
「あの男、どうしてやろうかしら……もっと、もっとあの男が驚き、恐怖するような魔法を――」
「……」
(いや、うん……他人を気遣ってるのか? これ?)
エルノアがニタニタと笑い、追加魔法を加えるのを阻止した俺は、なんとなく分かった気がした。
魔女が恐れられている理由――それは、間違いなくコイツの性格のせいでもある!!