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ドラゴンの厄日


「たく、なーにが龍族は強い力を持つゆえ、勝手は許されない……だ! じじぃめ! そんな事言って、ただここを動くのが面倒なだけだろう!」


 俺はじじぃに説教をされたばかりでかなり気が立っていた。気を紛らわせるため、鋼鉄よりも強靭に出来ている自身の巨大な黒い翼を必要以上に大きくはためかせながら、住処である竜谷を縦横無尽に飛び回る。


「ふん! いくらここが広いからって、うん百年もいれば全部見つくしちまってるっつーの!」


 俺は灰色の断崖絶壁の間を全速力で縫うように飛び回る。そのあまりの速度に風が強靭な刃となり崖の側面を削り取っていくが、俺は気にもとめない。灰色の粉塵とその中に少しだけ含まれた透明な魔石の類が舞い上がりキラキラと輝いている様は少しだけ綺麗だとは思うが、さすがに何百年も見ていれば感動も薄くなっている。


「だいた――いッ!?」


 狭い谷の間を大きく斜めになって曲がった先に突然魔力の塊が現れ、俺は鋭く頑丈な牙を食いしばりながら急ブレーキをかけた――が、それで最大まで上げたスピードを殺せるはずもなく、俺は愚痴を言い終わらないうちにその中に飛び込んでしまったのだった……。






 * * *






「いっつー! なんなんだよ! なんでこんなもんがここ……に――てか、ここどこだよ」


 四方を黒い壁に囲まれた薄暗い小さな部屋の真ん中に俺はいた。壁に掛けられたインディアン風の大きな仮面が鋭い眼光でこちらを見下ろし、その傍に置かれた水晶玉の中では紫色のもやがうごめき、時折クスクスとした笑い声を発している。他にも怪しげな魔道具らしきモノ達が黒い壁や床に乱雑に置かれていて、正直気味が悪くてしょうがない。


「どこって――お前の主である私の召喚部屋に決まってるでしょ」


 暗がりの中から可愛らしい声が聞こえ、黒いローブを纏った人間が近づいてきた。フードを目深にかぶったそいつが俺を見下ろしている様を見て、余計にイライラが募る。


「おい、たかだか人間風情が、高位なる龍族の俺の主になる――だって? ハッ! 笑わせてくれるね!」


 俺は鋭い眼光を人間へと向けた。だいたいはこうして少し殺気を込めて睨みをきかせるだけでどんなに屈強な男でも逃げていく。


「随分イキの良いドラゴンがトラップに引っ掛かったようね……でも、そんな姿で言われてもねぇ」


「は?」


 それなのに、俺の睨みはそいつにまったく通用せず、そいつはニタニタ笑いながらおもむろに手鏡を取り出して俺に向けてくる始末。


「……おい、何だよこれ」


 鏡の中で黒くて大きなトカゲのような奴がこちらに睨みをきかせていた。暗いこの部屋の中でその赤い瞳だけがギラギラと輝いている。


「何って、あなたよ」


「俺はこんなちんちくりんな手鏡に収まるような器じゃねーんだよ!」


「あら、そうね。ごめんなさい」


「おう、そうだ……て! 何おもむろにもっと小せぇ手鏡出してんだよ!」


「え? だって、あなた……竜としての器が小さそうなんだもん」


「小ばかにしたような笑い方すんじゃねーよ! つーか、俺の器はもっとでけーんだよ!」


「まあ、そんなの私にはどうでも良いや。それよりも……ほら、現実を受け入れたら?」


 ぐいっと俺の方へと新たに出された縦に長い楕円形の小さな手鏡が近づけられる。鏡の縁にはまんべんなく可愛らしい桃色の花があしらわれており、その中にはやはり黒いトカゲのような奴――いや、これはトカゲとは違う。太い二本足で立ち、小さな手には鋭い爪、口の端から見える長く鋭い牙……うん、これはチビドラゴンという奴だろう。そいつの瞳の色は、先程の赤から金に変わっていた。興奮すると瞳の色が赤く染まるのは、どこのドラゴンも変わらないようだ。


「これは何の変哲もない普通の鏡。ここの中に映ってるのは、間違いなくあなたよ」


「……」


 俺は右手を上げてみた。鏡の中の真っ黒なボディのチビドラゴンは、小さな左手を上げた。次に、くるりと一回転し、羽を動かしてみる。鏡の中の大きな金色の瞳のチビは、短い脚でくるりと回り、小さな翼をパタパタと動かしていた。最後に、右頬に右手を当て、ウインクと投げキッスをしてみると、鏡のチビも左頬に左手を当て、壊滅的なウインクと破壊的な投げキッスを返してくれた。


「…………」


「現実って、時に残酷よね」


「おい、何しみじみ言ってやがる! てめー、さっきトラップがどうのって言ってたよな! てめーがやったんだろ!」


 俺の言葉に、相手が口の端をわずかに上げた。


「もちろん」


「元に戻しやがれ!」


 心なしか、この苛立ちを含んだ声すらいつもより少し高い気がする……ドラゴンの威厳あるあの重みのある声はどこに行ったよ……。


「まったく……何言ってんの? あんたは今日から私の使い魔になるんだから」


「は?」


 バッとかぶっていたフードを脱ぎ払い、ウェーブのかかった綺麗な赤髪を持つ少女は言った。


「この、優秀かつ可憐な魔女、エルノア様の使い魔にあんたがなれるの! ふふん、喜びなさい!」


 暗闇の中、少女の濃い翡翠色の瞳が揺れる――






 ああ、確かに俺はあの狭苦しい世界から出たいと願った。そう、俺が願ったのだが……






「こんな展開、誰も望んでねーよ!」


「クロ、片付けくらい静かに出来ないの?」


 俺の目の前でフリルのついた黒いドレスをまとい、優雅に紅茶を飲む少女が、ウェーブのかかった赤い髪をさらりと手で払った。


「はいはい、悪かったですねー。うるさくしてー」


「ふう……何が不満なの? ちゃんと人間に変身できるくらいの魔力はあげたでしょ?」


「何がって……全部だよ! ぜ・ん・ぶ!」


 俺は人間の召使いが着るような執事服なるものの上から着ていた白いエプロンを脱ぎ、床へと叩きつけた。さっきの真っ黒な部屋と違い、木の色をそのまま残している明るい部屋だが、その白いエプロンを叩きつけた瞬間、灰色の埃が舞う。その埃に少女が少し顔をしかめる。


「なんで俺がてめーの家の片付けとやらをしなくちゃいけねーんだよ!」


「だって、クロは私の使い魔でしょ?」


「それだよ! それも気に入らねー! 俺はクロノワール・エリクロゴス・クリムゾニアで、てめーの飼い猫や何かじゃねーんだよ!」


「それじゃあクロノ、次はあそこの棚の上の本を……」


「呼び方の問題じゃねーんだよ!」


 俺は思わず地団駄を踏んでしまう。


「はあ……クロノ、いちいち煩い。そんなんじゃ禿げるよ」


 エルノアは面倒くさそうにそう言い、机の上に置いてあった白い皿から丸いプレーンクッキーを摘み取り、口の中へと放り込む。


「禿げねーよ! そもそも俺はドラゴンだ! 元の姿に戻しやがれ!」


「ドラゴンだからこそ、元の姿なんかに戻られたらダメなんじゃない」


 エルノアが新しい紅茶を白いポットから注ぎ、花柄のティーカップにドバドバと砂糖やらミルクやらを追加する。明るいオレンジ色だった紅茶はそのせいでほとんど白に近い色になっている。


「クロノを本来の姿のまま召喚しちゃったら私の家は壊れちゃうでしょ? そうならない為にもわざわざ魔力を吸う装置を作ったんだからね」


「ああ、はいはい、そうなんですねー……って、作った? お前が?」


「うん、そう、この天才魔女のエルノア様がね!」


「お前……」


 俺の言葉に、少女の濃い翡翠色の瞳が揺れた。


「な、何よ」


「何歳だ?」


「はあ……十五歳。次で十六だけど?」


「ふーん、人間の年齢は分かんねーけど、それでもまだ若い方だよな? 人間はそれぐらいですぐにそういった技術を持ち合わせるものなのか?」


 俺はエルノアの隣にあったもう一つの椅子へと腰掛ける。


「さっきから言ってるでしょ。私は天才なの」


 エルノアはカップの中の液体を風魔法で軽くかき混ぜながら目を細めた。風の魔法は威力の調整が難しく、加減を間違えてカップを粉砕してしまいそうなものなのに、少女はそれを難なくこなしている。


「こんなの出来るのは……私くらいよ」


 見た目は少女にしか見えないのに、どこか達観したような横顔に、何となく苛立ちを覚える。


「ハッ! それぐらい、俺にも出来る」


「それはドラゴンだからでしょ?」


 こちらには目もむけず、液体が回る様を見続けている少女に、何故だか妙にむしゃくしゃする。


「種族差別すんじゃねーよ」


「人間とドラゴンは生まれながらの魔力のスタート地点が違うんだから当たり前でしょ」


「チッ! 貸せ!」


 俺はよく分からない苛立ちを抑えきれず、エルノアからカップを引ったくり、風魔法を生成する。


「ふん、ほらな」


 エルノアと同じように魔法で液体をかき混ぜた俺は、ドヤ顔で奴へとカップを返した。カップの中で完全に混ざりきったそれは、柔らかなオレンジ色になっていた。


「……プッ、何それ! たかがこれくらいのことでドヤ顔って――てか、何張り合ってんの!」


 腹を抱えながら笑うエルノアは、年齢相応の顔で笑っていた。


(なんだ、そんな顔も出来んじゃねーか)


「天才だの、優秀だの? てめーの方こそ、うるせーんだよ!」


 俺の言葉に、目の前の少女はポカンとした顔をしていた。

 謎の苛立ちが消えた俺は席を立ち、高い棚へと向かう。


「おい、棚の上の本ってどれ……」


「クロノ」


「あん? なんだよ」


 エルノアの方を振り返ると、彼女は席を立ち……にんまりと笑っていた。


「ふふ、私が天才で優秀なのは本当の事よ。だってドラゴンが使い魔の魔女なんて、聞いた事ある? それとも、クロノはそんなにレベルの低いドラゴンだったの?」


「……」


「ああ、そうそう、クロノ、そこの棚の上の本だけどね。それ、確かシリーズもので、全部で百十三巻まであるの」


 エルノアはスッと翡翠色の瞳を楽しげに細め、より口角を上げる。


「部屋の中に全巻あるはずだから、揃えておいてね」


 それだけ言うと、エルノアは部屋を出ていった。






「…………なんなんだよー! あ・い・つ・はー!」






 俺の怒声が部屋の中に響き、棚の上にあった分厚い本が頭の上へと落ちてきた。そして、俺は固く心に誓った。






(アイツの契約魔法なんか直ぐに解いて、使い魔なんかやめてやる!)







2016/5/6 加筆修正

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