旅人と謎の青年(2)
何やら騒がしいと思ったら、通りのど真ん中で喧嘩が起っていた。結構な人数の野次馬が取り囲んでおり中の様子は見えないが、その近くに立っていたマントのフードを目深にかぶった人物が騒ぎに巻き込まれたところはばっちりと目撃した。
しばらくすると、被害を受けた人物はくるりと踵を返して騒ぎの中心へ歩いていく。彼からは怒りのオーラがほとばしっているように思えた。妙に被害者が気になった金髪の青年は、野次馬を掻き分け、先頭に出る。
前に出た瞬間、周りから悲鳴が上がった。
「おい、あんたっ!!何してんだっ…危ないから下がんなっ」
野次馬の一人がそう叫んだが、マントの人物は歩をゆるめない。逆上した召喚獣たちが邪魔な存在を消しに襲いかかる。
誰もが目をつむり悲惨な光景を思い浮かべた。僕も目をつむったが、想像していた音が…肉が引き千切られる音が聞こえてこなかったため、恐る恐る瞼を開けた。
「……ウソだろ?」
――僕は驚いた。いや、僕だけじゃない。この場にいた者全員が目玉を落としそうなほど見開いて唖然としていた。
彼らの視線が集中する先には、今まさに食い殺されそうだったマントの人物が召喚獣の頭をわしわしと撫で回している姿があった。
先程のあれはどう見ても食い殺そうとしていた。こんな一瞬で召喚獣の殺気を消し、さらに手なずけるなど不可能に近い。
…一体あいつは何者なんだ?
「お前らも可哀想にな。あんな馬鹿野郎達が主人とは…」
マントの人物は召喚獣達の頭から手を離し、立ち上がった。二体の獣達は名残惜しそうにクゥーンと泣きながらマントの人物を見上げる。
「おい、お前らどっちでもいいが金出せ」
「―は?」
「何なんだこいつ…」
唐突な要求に、喧嘩をしていた二人は疑問符を浮かべる。
「馬鹿か。弁償に決まってんだろ。お前らの所為で貴重な食料がおじゃんになったんだよ」
「そんなん知るかよ。勝手に巻き添え食ったのはてめぇだろ」
「あっそ。ならこっちも勝手にするわ」
そう言って、マントの人物はスタスタと彼らの方へ近づき、片方の男の目の前に止まった。そして、素早い動きで男の首を片手で締め上げる。
「うぐっ……」
「死にたくなかったらさっさと金出せ」
ギリギリと首を握り潰さん限りの力で締め上げられ、男は涙目になりながらコクコクと頷き、上着のポケットからお金が入った袋を取り出す。マントの人物はそれを受け取り、パッと男の首から手を離した。
男は地面に四つん這いになり咳き込む。そんな彼を無視し、マントの人物は踵を返して去っていった。
マントの人物がどうしても気になった僕は、後を追った。
◇◇ ◇◇
路地へ入って行ったオズワルドはパサリとフードを脱ぎ、小さく息を吐く。そんな彼の肩に、ずしりと重みが加わった。アレックスが戻って来たのだ。
≪よっ!いや~得したな。一時はどうなるかと思ったけど、結果オーライだっ≫
何もしてない癖に、あたかも自分も参戦していたかのような口ぶり。苛っとしたオズワルドはアレックスの長い胴を鷲掴み、後ろに投げ捨てた。アレックスは空中に綺麗な弧を描き、無造作に置かれた木箱へ盛大に突っ込んだ。
≪どわっ!?何すんだよいきなり!!≫
「うっせー」
それだけ言うと、必死に木箱から抜け出そうとしているアレックスを置いてさっさと歩いて行った。しかし、オズワルドは急に動きを止めた。
「おい、さっさと出てこい」
唐突にそう発したオズワルドに、アレックスが怒り出した。
≪何をっ!ぶん投げたのはオズだろっ!さっさと俺様をここから助けろっ!!≫
≪阿呆。お前じゃない≫
≪へ?≫
突然、脳への直接会話に切り替えたオズワルドに、きょとんとした表情を返すアレックスのさらに後ろからガタンっと物音が聞こえた。
「あらら、バレてたのか」
全く緊張感の感じられない、オチャラけた声音で物陰から現れたのは、金髪碧眼の青年だった。着ている服や、社交用に作られたであろう柔和な表情は、彼の育ちの良さを感じさせる。
「何の用だ」
警戒心を剥き出しにするオズワルドに、青年は怯むことなく微笑んで答えた。
「いやね、先程の騒ぎを僕も見てたんだけど、君のことが気になったからついて来たんだ」
意味の分からないことを返す青年に、オズワルドは漆黒の瞳で睨んだ。
「迷惑だ。消えろ」
「ひっどいな~。僕はこんなにも君のことが気になっているのに…」
シュンっと両眉を下げて言う彼に、オズワルドは吐き気を感じた。
「キモい」
「ぐっさーッ!!!僕の硝子のハートが今まさに砕け散ったよっ」
「勝手に散ってろ」
「君、名前は?」
唐突に尋ねる青年に、オズワルドは眉をひそめた。
「何故教える必要がある」
「僕が知りたいから」
「俺は教えたくない」
そっぽを向くオズワルドを他所に、青年は勝手に話を続ける。
「僕はセドリックと言うんだ。さっきも言ったように、僕は君のことが気に入った。だから是非君を招待したいところがあるんだけど…」
強引に話を進めるセドリックにオズワルドはこれ以上関わりたくないと思い、彼に背を向けた。
「断る。じゃあな」
「まあまあ待ちなよ」
逃がさないよ。とでも言う笑顔でセドリックはオズワルドの肩を掴んだ。オズワルドは肩ごしにセドリックを睨みつける。
「何の誘いだろうと俺は断る」
「へえ、本当に断ってもいいのかな?」
何やら含みのある言い方をしたセドリックは、オズワルドの耳元に唇を近づけて囁く。
「・・・君、不思議な特技持ってるよね。それって、どんな動物とでも話せちゃったりするの?召喚獣も?」
オズワルドは目を見開いて、セドリックを見る。彼は、反応を面白がるようにただ微笑むだけだった。
「……お前…」
「言いふらされたくなかったら、僕の招待受けてよ」
ニッコリと笑うセドリックにオズワルドはニヤリと口角をあげる。
「お前、性格最悪だな」
「そうかい?」
「だが、残念だな。俺はこの街の住民じゃない。直ぐ出て行くから、いくら噂が立とうと関係ない。言いたきゃいえばいい」
そう言って、オズワルドは振り向くことなく路地裏へと姿を消した。
オズワルドに見事フラれたセドリックは、先程のように彼を止めたりはせず、くつくつと笑っていた。
「ふふ、君は僕の友好関係の広さを分かっていないね」
セドリックは彼の消えた暗闇を見つめた。