旅人と謎の青年(1)
ヴィザイア帝国首都ファステルの城下街は、今日も活気に溢れていた。商店街では商人の騒がしい声が飛び交っている。
「おっ、そこの兄ちゃん!見かけない顔だな。遠くから来たのかい?」
果物屋の商人は焦げ茶色のマントを身に纏い、フードを目深に被った青年とおぼしき男に話しかける。青年は気だるげに商人へ視線を向けた。
「そうだけど…」
「そうかい。なら旅のお供に一つどうだい?」
そう言って、商人は赤々と熟した林檎を青年の目の前につき出す。彼は断るのも面倒なのか、すぐに買うことを決めた。
「…一つ貰う」
「まいどっ!」
商人の馬鹿でかい声に、青年はたぶん顔をしかめた。商人から林檎を受け取ると、青年は銅貨を2枚渡して店を去る。
シャクリと林檎をかじりながら歩く青年のフードの中から、一匹のフェレットが顔を覗かせた。
≪あっ!オズだけずるいぞ!俺様にも食わせろっ!!≫
耳元で大声を出され、オズと呼ばれた青年、オズワルドは眉間にしわを寄せる。彼はギャアギャアとうるさいフェレットに食べかけの林檎を差し出した。
「後全部食べれば…」
≪おっ!お前太っ腹だなっ!!遠慮無く頂くぜっ≫
言葉通り、フェレットことアレックスは林檎を受け取り、豪快にかぶりついた。その様子を横目に見たオズワルドは小さくため息を吐く。
この騒がしいアレックスとは、旅の途中で出会っていつの間にか一緒に行動するようになった。たまたま弱った所を発見してしまったのが運の尽き。助けてもらったことの恩返しだと言い張って何処までも付いてくるから、諦めて一緒に旅をしているが恩返しする気が本当にあるのか疑うほど態度がでかい。
≪―で?これからどうするんだ?≫
既に平らげてしまった林檎の芯をポイっと放り投げてアレックスが訊ねる。
「とりあえず、今日の宿を確保してその後に食料の買い出しに行く」
オズワルドの返答に、アレックスはつぶらな瞳をきらきら輝かせた。
≪本当かっ!?くぅぅぅ~っ何日ぶりだよっ!やっと野宿から解放されるっ≫
オズワルドの肩の上でフェレットが仁王立ちでガッツポーズする様は、一般人から見れば異様としか思えないだろう。
「言っとくが、明日にはこの街を出るからな」
オズワルドの言葉にアレックスは目をギョッとさせた。
≪何っ!?じゃあ、今日泊まったらまた野宿生活なのかっ!!≫
「そうなるな」
オズワルドの素っ気ない返事にアレックスはがくりと長い首を垂れる。
しかし、彼はへこむだけで特に文句を言ったりはしない。それは、俺が特定の場所に留まらない理由を理解しているからだ。この動物と会話できる能力を知られたくないが為に、俺はこうして旅をしている。
うるさいただの馬鹿と思いきや、意外なところで気を使うこいつとは何やかんやと上手くやっている…はずだ。
◇◇ ◇◇
とりあえず今夜の宿を確保した一人と一匹は物資の調達に再び街へとやって来た。
≪おいオズ。あれなんてどうだ?なあ、オズ!なあってっ!!≫
目につくもの全て(主に食べ物)を買わせようとするアレックスに、オズワルドは小さく溜息をこぼす。
―こいつと買い物するほど疲れることはねぇな…。
オズワルドは耳元でびーびーうるさいアレックスを完全無視し、必要最低限の物だけ買った。
≪ん?何だありゃ?≫
アレックスは首を伸ばして目の前の人だかりを凝視する。何かの野次馬をチラリと見たオズワルドは、かかわると面倒だと思い気にせず宿へ歩を進める。しかし、踵を返した彼らは何故か突然爆風に巻き込まれてしまった。
≪うおおおおおっ!??≫
アレックスは激しい風圧に宙を舞った。オズワルドは何とか踏ん張っていたが、飛んできた石の破片が手に当たった。
「あっ…」
衝撃で手から離れた荷物が爆風に乗って吹っ飛んでいく。それは地面に落下し、ぐしゃっと嫌な音をたてた。
「おいっ!みんな離れろっ喧嘩だ!召喚獣を使ってるぞっ」
野次馬の一人がそう叫ぶ。見ると、二人の男が互いに召喚獣を戦わせていた。
「………」
オズワルドは帰宅に向いていた足を方向転換させる。地面に転がっていたアレックスはむくりと起き上がり、オズワルドを見上げた。
≪あちゃー…≫
そう発したアレックスは、ゆっくりとオズから離れる。
オズワルドは無表情で喧嘩の真っ只中へ行ってしまった。