危ういバランス
イスパイアが降伏したことで、日本ではなく、瑠都瑠伊がもっとも気にかける必要があったのはパーゼルであった。元はイスパイア帝国の軍人で成り立つ地域であったからである。建国に携わった古くからの軍人よりも最近移住させられた軍人の気持ち次第で同地の安定性が変わることとなるはずであった。しかし、多くの軍人は同地を離れることはなかなかったという。理由はパーゼルでは共和制を敷き、民意(ここでいう民意とはイスパイア人の意見を指す)による国家運営がなされていたからであろうと思われた。
対して、本家本元のイスパイアは帝政ではなくなり、議会による議会民主制へ移るものの、国王が存在するため共和制ほどの自由がないと判断する軍人が多く存在したためであろうと思われた。もっとも、これは後に間違いであり、本当の理由は彼らが帝政時代であっても、軍上層部により、見捨てられた軍人であったことだということが判明する。結果として、イスパイアを祖国と考えるものが少なかったということにあったようである。そういうわけで、彼らの多くは新たな国家であるパーゼル人となることを選択したということになる。
また、イスパイアからパーゼルに移住するものがその後、五年ほど続いたといわれる。その多くは帝政派の軍人や著名人であったとされるが、イスパイアでの企業紛争で敗れたもの、各組織内で出世争いに敗れたものが多かったようである。皮肉なことに、これがパーゼルの発展を促進することとなったといえるだろう。事実、多くの貨物船や客船、貨客船のカラーチへの入港が確認されていた。そして、多くの工業機械が搬入されているのが駐留部隊によって確認され、瑠都瑠伊方面軍司令部に報告されていたのである。
日本政府や瑠都瑠伊ではこれを容認する方向であったが、一部軍人、今村もその一人であった、から、パーゼルで生産された製品、特に、自動小銃やその弾薬など、歩兵用武器弾薬が周辺国家を通じて、セラン神聖帝国やラームルに流れることを懸念する意見が出されていたといわれる。現状ではセラン神聖帝国やラームルの戦力は瑠都瑠伊の恐れる所ではないが、瑠都瑠伊には劣るとはいえ、現在の武器よりも三〇年も進んだものを装備されては厄介だからであった。
とはいうものの、元々が瑠都瑠伊が関与した結果として誕生した国でもあり、いまさら介入することは不可能でもあった。現首相であるドレーズには北進することがないよう、さらに、武器弾薬の流通管理には注意するよう呼びかけることしかできなかった。いずれにしろ、パーゼルの人口はその後、急激に増加することとなったのは事実であった。
他方、ロンデリアでは北米を失い、南米大陸南部に利権を得ることができなかったことから、欧州西部への進出を激化させ、北アフリカへの進出も強めることとなった。欧州西部に進出するということは、先に出現したオーレリア帝国との衝突の可能性が高くなることでもあった。この時点でも、移転前のリビア油田は発見されておらず、ロンデリア政府上層部では一種の焦りが生じていたとされる。何よりも国家の血液といわれる石油が自国領では得ることができなかったからであろうと思われた。特に、日本の場合、中東のほかに、南米ベーネラでも石油の産出が見込まれていたこともそれに拍車をかけたのかもしれない。
ちなみに、移転前のロンデリアは北米中央部、南米南部、中東の一部、西アジアのインド洋沿岸部、東南アジアの一部、オーストラリアなどオセニア圏を植民地としていたとされ、資源の多くはそれら地域から得られていたため、現状を受け入れ難かったのかもしれない。それが、先のフォークランド諸島の占領やイスパイアとの戦争を起こさせた真の原因だったかもしれないといえるだろう。
そういったことがあって、パーゼル北西部地域、この時点ではトゼルとされていた地域への侵攻を考えさせたのかもしれない。実のところ、石油輸出施設の整っているセーザンよりも若干劣るペルシャ湾西岸のセラージに向う船舶が増加していること、ペルシャ湾東部対岸よりを航行するという行動を興させたのかもしれなかった。むろん、これらの行動の変化は瑠都瑠伊でも感知されていたが、その目的まで看破できるものは瑠都瑠伊伊にも日本にもいなかったといえるだろう。
この世界では確固たる世界機関は存在しないため、問題解決を難しいものにしているといえた。国連はあるものの、これは日本からの移民の結果として誕生した国家、日本の影響国、瑞穂国、ローレシア、グルシャ、イスパイアといった国が加盟しているものの、それ以外の国家は加盟していないため、真の意味での国際機関とは言いがたい。ロンデリアやプロリア、オーレリアにも加盟するよういってはいるが、現状では加盟が難しいといえた。
移転前の国際連合は第二次世界大戦という未曾有の出来事の結果として誕生したものであって、善悪はともかくとして、唯一の国際機関としての役目は果たしていたといえる。しかし、この世界ではそのような出来事は起こっておらず、また、米国のように世界の警察官たらんとする国家が存在しない(多くの国は日本にそれを認めていたとされる)ため、現状では有功に世界機関としての機能は果たしえていない。日本も、過去の例を理由として、今以上(現有兵力三六万人で即応予備役兵一〇万人)の軍備増強を考えていないこともあり、現状のままの状態が続くものと思われていた。それでも、今回の米軍の介入もあって若干の変容が起こりつつあったといえた。
その一方で、瑞穂国やローレシアのように自ら進んで国連に加盟する国家も存在したということは国連にとっての救いでもあるといえた。しかも、限りなく日本に近い先進国であり、国力もそれなりにあるため、今後の貴重な戦力となりえる国家でもあったといえるだろう。六に、ローレシアにおいては、現在の日本以上に兵力を有しており、国連軍としての貴重な戦力であったといえた。とはいうものの、両国ともに、国連の意思よりも日本の意思を尊重しているため、国連の決定に従うかどうかというのは微妙なところであったのも事実であった。
そういう意味でいえば、この世界の現状は危うく脆いバランスによって成り立っているといえただろう。そして、このバランスを揺るがそうとしている最大の原因がロンデリアだといえた。このころには、多くの国で、ロンデリアの本質見え始め、話題となっていたのである。移転前のアメリカ以上に覇権国家たらんとし、そして、世界の警察たらんとする国家であるということが定着し始めていたとされる。これにもっとも反発していたのが、米国であり、英連邦国家であったといえる。
オーレリアについては、多くの国家(ここでいう国家とは日本からの移民で興って国家をさす)では、内陸国家であり、周辺に対立する国家がない以上、それほど脅威視する国家はすくなかぅたといえる。仮に、アドリア海なり、ラーシア海に面した地域を征服したとしても、一朝一夕に海軍など整備できようはずもなく、沿岸地域でなければ、それほど心配する必要はない、そう考える国家多いのもまた事実であった。それは過去の例を見ても明らかで、第二次世界遺体戦のころのドイツ第三帝国やソ連を見てもわかることであったからだ。
そして、周辺国が国連に加盟していない(グルシャは除く)ために、国連としても、介入の意思はなかったといえる。もっとも、ロシアは若干異なる考えを持っていたといわれている。これが、仮に、プロリアが国連に加盟していれば、また違った考えを持っていたかもしれない。ここでも、国連の真の存在理由、太平洋およびインド洋の安全確保、という理由が見えてくるのである。