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パーゼルにて

 イスパイア帝国軍将兵のトリスタン・ダ・クーニャ島からパーゼルのカラーチへの移動は二月中旬まで順次行われた。移動に従事した船舶はローレシアで運用されずに係留されたままの五〇〇〇トン型輸送船五隻と護衛の駆逐艦六隻であった。なぜローレシア船籍の船舶と海軍艦艇かといえば、先に述べたように、トリスタン・ダ・クーニャ島は将来的にローレシアに売却(実際には譲渡)されることが決定しており、ローレシアからトリスタン・ダ・クーニャ島への島内開発のための物資輸送が行われていた。そして、ローレシア側が復路の空荷輸送になる輸送船の積極的利用で移動を申し出てきたことにあった。


 瑠都瑠伊側にとっても、将兵移動のための船舶を用意するよりも費用が安くなることでメリットがあった。その両者の利害が一致したことで、瑠都瑠伊側もローレシアに依頼することとなったようだ。もっとも、ローレシアにしてみれば、新たに建国されたパーゼルの視察と情報収集という側面もあったと思われた。元はといえば、イスパイア帝国軍将兵によって興った国であるからだろう。その情報を得ることに利はあっても害はないと判断されたようであった。同じことは原住民兵士のマダガスカル島への移送にもいえた。


 この移送は当初の予定とは逆にマダガスカル島への移送が優先された。その理由は、正規軍兵士と原住民兵との問題発生にあったといえるだろう。瑠都瑠伊側の予想以上に関係が悪かったのである。降伏によって両者の立場が一変したことも理由であったかもしれない。瑠都瑠伊やローレシアの将兵は同じ国の兵士として対応していたため、これまで正規兵の虐待に耐えていた原住民兵の怒りが表面に出てきたためだと判断された。瑠都瑠伊側としては彼らを今後も兵士として扱うつもりはなく、一種の労働力と考えていたこともあり、その扱いがイスパイア帝国とはまったく異なっていた。


 労働力とはいえ、いわゆる強制労働ではなく、瑠都瑠伊での一般労働者と同じく、それぞれの労働に対して報酬、賃金が支払われ、それによって生活が成り立つことを教えることにあった。つまり、この時点で、南米大陸東北部(先に述べたようにベネズエラにあたる地域)に進出した際の労働力として考えていたようである。つまるところ、南米に橋頭堡を築いたとしても、日本人の移民は行われる予定はなく、そのために彼らを利用する予定であったようだ。彼らとしても、場所は違えど、陸続きの大陸へ戻ることを拒むはずがないと考えられていたのだろう。


 そういうことで、彼らに対する瑠都瑠伊方面軍将兵の扱いは丁重なものであり、マダガスカル島でも同様であった。半年以内にそれなりの労働力として、また、大陸に移動させた後も日本の確保した地域から離散を防ぐためもあって、どちらかといえば、各種専門学校生徒に近い待遇であったとされる。特に工場ではそれが強かったようである。


 対して、イスパイア帝国正規兵ついてはその先において日本や瑠都瑠伊が関与する予定はなかったため、その扱いはいわゆる一般の捕虜と同じ扱いであったとされる。彼らの将来はパーゼルのドレーズ首相が決めることであって日本や瑠都瑠伊ではなかったからである。とはいうものの、それなりの要望をドレーズには伝えていたといわれる。そうして、彼らのカラーチ入り後は同地に駐留する監視軍が一個旅団規模まで増員されることが決定していた。いうまでもなく、その理由は一万五〇〇〇人にもおよぶ正規兵の暴動に対する備えということになるだろう。


 他方、受け入れる側のパーゼルにおいては、それなりの体制作りが急がれたとされる。憲法を作成し、議会を開いているが、ほとんどが瑠都瑠伊によるものであったようだ。ただし、司法においては現状で監視軍が存在するため、先送りされている。とはいうものの、内政に日本および瑠都瑠伊が関与することはないとされていた。


 現在、いくつかの施設、公共施設が建設されているが、移送されてくるであろう正規軍将兵たちの居住地は完成しておらず、当面はテントによるものとされていた。そもそも、昨年の宣戦布告時には体制すら整っていなかったため、この短期間では不可能であっただろう。つまるところ、日本本国にとってはあくまでも、現状監視であって、開発支援ではないのである。施設の建設はあくまでも瑠都瑠伊州による支援であったのだ。ちなみに、監視軍の居住施設は仮設とはいえ、それなりのものが建設されている。少なくとも二個連隊規模までは受け入れ可能であったとされる。


 パーゼルでのイスパイア帝国軍将兵の扱いはどうであったかといえば、捕虜であり、囚人であったかもしれない。ただし、政府に忠誠を誓えば、一般民としての生活が可能であったという。とはいうものの、最高指揮官であるドメッティ中将以下司令部要員のほとんどが瑠都瑠伊へ連行されている現在、彼らの指揮は各連隊長である大佐クラスが指揮を執っていた。四個歩兵連帯のうち、一個連隊を除く指揮官は現状認識能力があり、部隊をそれなりに纏めていたが、残る一人は認識能力がなく、問題の発生源ともいえた。


 そのため、監視軍指揮官である吉村隼人陸軍少将は彼を含む数名を隔離せざるを得なかったようである。少なくとも、ここに移送された将兵は基本的に南米大陸に帰還することはないはずで、この地で生涯を終えるものと通達されていたのである。ために、ドレーズ首相は兵役につける人数を自らの率いた軍勢を含めて一個旅団八〇〇〇人としていたため、新たに編入される軍人は三〇〇〇人程度であるとしていた。それ以外の多くの将兵は兵役以外の職を得て生活しなければならないといえた。


 そうした中、もっとも職を得やすいのが土木建設関係のものといえた。一般兵は兵士になるまでは他の職業についている場合が多く、兵士としてではなくとも生活が可能なものが多いといえたが、士官ともなれば、その多くは家柄や幼年学校出身というのもあって兵役以外での生活は不可能だといえた。むろん、中には幼年学校を経ない士官もいたが、数は少ないといえた。つまり、その多くは兵役以外で生活することが不可能であったといえた。そして、そういった士官の多くが無能といわれるものが多かったといわれる。


 当初、ドレーズを含めた政府首脳部と吉田少将を含めた監視軍上層部はそういった面に関与することを考えてはいなかったが、無能な士官を要することで、近隣諸国との戦争になってしまう可能性を指摘され、関与せざるを得なかったといえる。結局、現状では全員が各種労働に付くこととされ、ある程度の期間を置いてから再度検討することとされた。結局、これらの問題が解決するのは八月以降になる。つまり、最高指揮官であるドメッティ中将が瑠都瑠伊から移送されてきてから、ということになるのである。少なくとも、ドメッティ中将は無能ではなかった、そういうことになる。


 将兵の中には、瑠都瑠伊方面軍に対して敵視し、反抗的な態度を見せるものもいたという。その中には暴動を起こすものもいたといわれる。その多くが中尉や少尉といった若い将校であったが、彼らの無計画ぶりに制圧した監視軍将兵もあきれるほどであったという。酷いものであれば、クーデターで政権を取ろうとしたものもいたのである。ただし、規模的には中隊や大隊といったもので、武器すらまともに持たないうえに無計画であったことから、すぐに鎮圧されることとなった。


 政府首脳部としては、首謀者である尉官を罰せざるをえなく、一〇名ほどを公開処刑とする事態も発生した。驚いたことに、その中にはドレーズというよりも、その前任者の部下で、カラーチで生活していた元将校も含まれていたという。そうして、監視軍司令官名で、今後もこのような状態が続くようであれば、日本軍としてはこの地域を占領下において、資源の供給停止や内政にも関与せざるを得ないだろう、という強い宣言により、それ以後はそういった暴動は発生せず、内面的にはともかくとして、表面的には落ち着くこととなった。元からの住民や移送されてきた将兵としても、ようやく現状を理解しえたといえるだろう。


 資源供給がストップし、日本軍の占領下に置かれれば、現在のような生活すらままならないことをドレーズがラジオで宣言したからである。ちなみに、ここパーゼルでは小規模な重油を用いた火力発電施設が数箇所に設置され、港湾を中心とした地域では電気が使用され、制限はあったもののラジオ放送が行われていたのである。さらに、複合機能つきラジオが瑠都瑠伊から輸入され、それなりに広まっていた。資源がすべて停止すれば、発電所が停止し、電気すら利用できない状況になる可能性があった。元々建設されていた石炭使用の発電所だけでは到底賄えるものではなかったからである。


 それだけではなく、食料も一部香辛料などは瑠都瑠伊からの輸入によってしか入手できなかった。そういったこともあって、表向きは沈静化していたといえるだろう。今後においては、ドレーズをはじめとした政府首脳部の手腕が問われることになる。そして、瑠都瑠伊としても関与の度合いを減らし、彼ら自身の手で解決してもらわなければならないのである。この時点で瑠都瑠伊以外の地域では、未だイスパイア帝国軍の一部とする見方が多かったからであった。


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