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秘密会談

 派遣部隊への訓示を終えた今村は迎えの車、最近日本から輸入された大型車のクラウン、に乗り、会談場所、目立たないようにとの配慮でホテルが用意されていた、へと向かうこととなった。そこには前回の会談で顔なじみとなったシラーク・ドロワ海軍大将、アンフェス・オンシノ空軍大将、アラン・マトーラ陸軍大将、そして、首相補佐官であるピエール・ドレーフがすでに入っていた。今回は秘密会談ということで、各一人ずつの副官を同席させるだけであった。今村も副官のヨーコ・ジャクソン・棟方少佐を連れているだけであった。


 名前からもわかるように、棟方少佐は英国人の父と日本人の母との間にできたハーフで日本国籍を選択、日本陸軍に入隊していた。さらに、瑠都瑠伊方面軍に志願し、その事務処理能力の高さから、一昨年から今村の副官として勤務していたのである。夫の棟方幸一少佐は技術士官として瑠都瑠伊方面軍司令部の電子処理部門に勤務している。


 ともあれ、こうして会議は始まった。この会議の主目的は双方による戦略の策定にあったといえるだろう。つまり、どの時点で終戦とするか、という目標とそこにいたるまでの双方による分担の詳細を詰めることにあった。先に述べたように日本としては南米の征服などとは考えておらず、インド洋と南大西洋の安全が確保されればいいのである。対して、ローレシア側がどう考えているか、明確な答えを得ることに重点が置かれることとなった。


「ご無沙汰いたしております。今回の件については貴国に混乱を与えることになったと深くお詫び申し上げます。今日の私の言葉はわが国の最高指揮官である内閣総理大臣の言葉でもあることをお約束いたします」今村は会議の冒頭で謝罪する。

「いや、軍部、特に陸軍からは将軍のお考えを聞いておりましたので、それほど混乱はしていなかったといえるでしょう」ピエール・ドレーフ補佐官がそれに答える。

「ありがとうございます」

「では改めてお聞きしますが、日本の最終的なお考えはどこにあるのでしょう?わが宰相も気にかけております」

「以前からお話ししておりますように、わが国の目標はトリスタン・ダ・クーニャ諸島の確保にあります。特にトリスタン・ダ・クーニャ島を押さえることにより、インド洋の安全が確保されること、貴国の安全が確保されるからであります。そして、可能であれば、南米大陸北端の一部を確保することにあります」

「では、アセンション島とセントヘレナ島といいましたか、そちらは放棄したままで置くと?」ドレーフ補佐官が不満そうな表情をみせる。

「これら二島は貴国から離れておりますし、放置しても特に問題はないと判断しています。むろん、可能であれば占領することも考えていますが、後の維持の困難さを考えれば、放置するほうがよいと考えています」

「ではわれわれが確保することに特に異議は申し立てない、と理解してよろしいのですね?」

「ええ。ですが、補佐官閣下、もうひとつの国が異議を申し立てる可能性が高いのです」

「ロンデリア王国ですか?」

「ええ」

「参りましたな。あの国はどうも我らを蔑視する傾向にあるようだ。今は特に問題は発生していないが、今後については発生する可能性もあるというのがわが国の見解です」

「トリスタン・ダ・クーニャ諸島の占領維持にも何かと異議を申し立てる可能性が高いと考えております。しかし、わが国はトリスタン・ダ・クーニャ島の確保と維持は譲るつもりはありません。それにわが国としては、トリスタン・ダ・クーニャ諸島の支配権はわが国ではなくても、貴国であれば、特に問題はないと考えます」この今村の言葉にざわめきが起こる。

「それはつまり、わが国が領有しても日本は特に異議は申し立てないということですか?」マトーラ陸軍大将が割り込む形で声を上げる。

「ええ、その通りです。ただし、条件が付きますが」

「どのような条件ですかな?」ドレーフ補佐官がちらり、とマトーラに目をやってから続ける。

「わが国の軍や船舶への補給です」

「無償でということですか?」

「いいえ、補給品に関しては有償で」

「その他に何か目的があるのではないですか?われわれが占領するよりも貴国が占領するほうが、ロンデリアも異議を申し立てないでしょう」今度はドロワ海軍大将が割りい込む形で声を上げる。

「その可能性はあります。しかし、トリスタン・ダ・クーニャ島は別としてゴフ島に関して領有を放棄すればある程度は収まるのではないか、そう考えています」

「その理由は?」

「ロンデリアとしては移転する前に領有していたからこそ、そう思うのでしょう。しかし、彼らにとってはもっと南、南米大陸の至近にあるフォークランド諸島の方が重要なはずです。わが国としてはインド洋と南大西洋、そして、貴国の安全が確保されれば、それでいいのです。そうすれば戦費もかからず、経済にそれほど負担をかけることはないでしょう」

「つまり、トリスタン・ダ・クーニャ島以外は関与しないほうがいいということですか?」

「ええ、わが国は島国ですから、離島の維持の困難さはよくわかっています。貴国も一刻も早い国内再建が必要ではありませんか?」

「ふむ、おっしゃるとおりですね。今後の課題とするべきでしょう」


 結局、日本としては、南大西洋の安全確保はローレシアに丸投げすることとなる。そして、対イスパイア帝国戦の先鋒はロンデリアに任せるつもりなのである。というのも、ロンデリアは移転前には多くの領土を持つ一大海洋国家であり、移転後もその国家体質は変わらず、多くの領土を得ようとしていた。ということであれば、自国の影響力のない地域については日本はとやかく言う必要を認めていなかったのである。ただし、既に自国の影響下にある地域への進出はそれを拒否することとなる。特に、シナーイ大陸北部、太平洋の移民国家群に関与されることはあってはならないと考えていたようである。


「今村将軍、わが国としては瑠都瑠伊方面軍との共同作戦には異議を唱えるつもりはないし、いや、願ってもないことです。しかし、日本軍との共同作戦となると一部において懸念を表すものがいるのです」ドレーフ補佐官がずばりという。

「瑠都瑠伊方面軍と日本本国軍との間に危機感の相違が存在するのは事実です。それはわれわれ瑠都瑠伊方面軍司令部でも話題になります。しかし、今次作戦において主導権を握っているのはわれわれであって日本本国軍ではありません」

「それを聞いて安心しました。ここではっきり言わせてもらえば、わが国は日本を信用できないとする意見が多いのです。軍人であれ、官僚であれ、です。だからこそ、今この会議が開かれています」

「お間違えのないようにお願いしたいのですが、瑠都瑠伊といっても日本の領土の一部に過ぎません。独立しているわけではないのです。最終的には本国の指示に従うことになります。しかし、本国からは遠く離れているため、ある程度の自由があるに過ぎません」


 ちなみに、このころの瑠都瑠伊の人口は一五〇〇万人、うち、日本からの移民は一〇〇〇万人、さらに、日本国籍を有するもの四○○万人、人口増加率は年率で二桁であった。残る一〇〇万人は周辺国家、多くはナトルとトルトイ、ローレシア、キリール、ウゼル、プロリアの留学生、さらに、ナトル、トルトイ、ローレシア、ロンデリアの官僚や商社などの民間人であった。つまり、人口規模からいえば、日本本国の東京都なみの地域であったといえるだろう。もっとも、予算規模は東京都におよばないが、東京都とはことなり、自給自足が可能であったといえる。ロンデリアやローレシアとの貿易の中継地として現在も発展を続けているといえた。


「理解しております。トリスタン・ダ・クーニャ島は日本軍が占領し、日本の領土として宣言するが、実効的にはわが国が管理すると考えてよろしいのですね?」

「その通りです。そして、一定期間の後、貴国に売却するとすれば問題の発生はかなり抑えられるでしょう。譲渡ではロンデリアが必ず介入してくるでしょうから」

「対ロンデリア戦の発生についてはいかがお考えですか?」

「ロンデリアとて、セーザンやセラージの原油が必要です。不満は持つものの表立って行動を起こすことはないはずです」

「つまり、ロンデリアが独自に原油の入手先を発見しない限りは発生しないということですか?」

「そうです」


 それを表しているのが北アフリカの一部、移転前でいえばリビアにあたる地域にはどういうわけか、ロンデリアの人間が入っており、資源調査を続けている。これは明らかにこれら地域に資源、特に石油資源が存在していることを知っているような行動であった。とはいえ、移転前に油田があったとされる地域では油田は発見されていないようであった。瑠都瑠伊からも彼らより大森林地帯に近い地域の資源調査に入っているが、未だ発見されていない。


「瑠都瑠伊方面軍としては、トリスタン・ダ・クーニャ島は日本が、周辺の小島をローレシア軍が押さえているという状況が望ましいのです。そうすれば、先に述べた売却という手段が取りやすくなります」

「それはかまいませんが、ゴフ島はどうされます?」マトーラが聞いてくる。

「できれば、押さえたいが、ロンデリアのこともあるので、当面は放置した状態が好ましいと考えます」

「トリスタン・ダ・クーニャ島の軍備を整えておけば、そうたやすくロンデリアが攻めてこないと判断されているようですね?」

「彼らの本国から遠く離れています。対して、こちらは至近に貴国が存在する。誰が考えてもわかることです。良識ある人間ならまず行動はおこさないはずです」

「わかりました。われわれに望むものはありますか?」

「航空機はともかくとしてわれわれには戦艦がありません。対地砲撃の可能性が起こった場合、支援をいただきたいです」

「お安い御用です。一個戦隊、二隻だけですが、そちらに派遣いたしましょう。他の艦隊は周辺の小島の攻略に充てます」ドロワ海軍大将が答える。

「ありがとうございます」

「島の整備に必要な物資の用意もできますし、人的支援も可能です」

「ありがとうございます。そのときはよろしくお願いします」


 ちなみに、この世界のトリスタン・ダ・クーニャ島は火山島ではなく、近隣のイナクセシブル島が火山島であった。トリスタン・ダ・クーニャ島の面積は九八平方kmと移転前と同じであった。そのため、軍用設備の整備はかなりの規模でなされている可能性があった。さらに、ゴフ島は南南西に三五〇km離れており、こちらの面積は六五平方kmであり、軍用施設を整備するには十分なはずであった。


 その後は終戦の時期と戦後についての意見が交換されることとなった。今回はあくまでも意見交換であって、正式には双方の参謀たちによる会談を設けることで一致、時期の決定は今村に一任されることとなった。ここでいう終戦時期とはローレシアにとってのものであり、日本にとってのものではなかった。日本の場合は南米大陸北端に橋頭堡を築くまでは終わらないとされていたからである。


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