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カラーチにおいて

 新世紀一八年一二月一日、日本政府はイスパイア帝国に最後通牒を突きつけることとなった。むろん、文書を手渡すべき外交官がいないため、電波によるものであった。ただし、例外として、カラーチのイスパイア帝国軍には文書が手渡されている。少なくとも、ここでは平和的に接触できたということであった。


「ほぼ一〇ヶ月ぶりですな、向島中佐。今回はいかようでここ来られたのかな?」ドレーズが尋ねる。

「大佐殿、ああ、昇進されたのですか?将軍」出迎えたドレーズと握手を交わしながら階級章に気づいた向島中佐がいう。

「兵たちがセラー半島上陸作戦で戦死した上官の荷物を検めていたときに出てきたとかで、これをつけるべきだ、といわれたのでつけているだけなんだ。私としてはもうどうでもいいことだったんだがね」

「この辺りもずいぶん変わりましたね。港を中心に街ができている。それにあの女性たちは?」

「北や東北から流れてきた住民たちだ。多くがアゼルやトゼルからだ。中にはわれわれがセラン神聖帝国から強制移住させたものもいるが、数はそう多くはない」

「なぜそのようなことを?わが日本軍では禁じられている行為ですぞ」

「兵たちの多くは若い。そして軍とは女性がいないものだからね。それに祖国から見放されている現状ではどうしようもないことだ。しかし、はっきりといっておくが、アゼルやトゼルからの移住は強制しているわけではないぞ」

「つまり、アゼルやトゼルからの住民たちは自らの意思でここに流れてきたと?」

「その通りだ。それに、八月には強制移住は禁止している。最近のセランからの移住者は自身の意思でここに来ていると思われるんだ」


 向島の見たところ、多くの住民がこの地を脱出できる状況でありながら、ここに留まっているようであった。少なくともその表情は明るくみえた。ちなみに、向島が今いるのはカラーチの港から内陸に一○○○mほど離れた街の中心部と思われる市場の近くであった。また、アゼルとはカラーチの東北にある地域のことらしく、トゼルとはカラーチのすぐ北、セラン神聖帝国との中間に存在する地域であるらしかった。瑠都瑠伊ではこれら地域の情報はセラク共和国から断片的に入るだけであり、その実情を把握していなかった。


「それで、今日はどのような用なのかな?」

「将軍、知っているかどうか判りませんが、南大西洋、アフリカ大陸の西で日本の貨物船がイスパイア帝国軍機によって攻撃を受け、船が沈没、死傷者も出ています。この事態に対して、日本政府はイスパイア帝国に向けて最後通牒の放送を行いました。期限は一二月八日です。それまでに返答がなければ、日本は宣戦布告することになるでしょう」

「それで、ここも攻撃対象になると?」ドレーズは驚きの表情を浮かべながらも、向島に問うた。

「ええ。避けられないでしょう」

「何か避ける方法はないものかな?向島中佐。なにかわれわれが侵攻しないという不可侵条約文書ではどうだろう?」

「おそらく無理でしょう。もっと確実な約束でなければ、瑠都瑠伊方面軍はともかくとして日本政府は納得しない。さらにいえば、セラク共和国も納得しないでしょう」

「たとえば?」

「カラーチに終戦まで武装解除とか監視要員と監視軍を受け入れるとかですね」

「そうか、武装解除は難しい。アゼル軍やトゼル軍、セラン神聖帝国軍の侵攻が起きているから、街の防衛のためには武装は必要だ。それに、われわれがイスパイア帝国から切り離されているとしても攻撃を受けるのだろうか?」

「それを証明するものが必要です」

「軍備など各種情報提供をしても難しいだろうか?」

「それでも難しいと思います。確実なのは武装解除かと思われますが」


 もちろん、カラーチの上陸部隊が本国と連絡が途絶えていることは瑠都瑠伊でも確認していた。週一回必ず電子戦機が付近を飛行しているし、セラー半島の通信施設では二四時間体制で電波傍受をしているからである。しかし、それだけでは切り離されていることの証明にはならない。確実に切り離されている、そういう証拠が必要であった。さらにいえば、瑠都瑠伊方面軍司令部では、先の捕虜送還時に無用な接触はしていないため、情報が得られていないといえた。いずれ再戦する可能性が高いため、深入りを避けたのかもしれなかった。


「しばらく時間がほしい。部下たちとも相談しなければならない出来事だし、非戦を何とか実現したいのだ」

「かまいませんが、八日の午前○時までです。確実を期するなら、七日の午後六時までが望ましいでしょう」

「わかった。中佐はどうするかね?滞在してもらってもよいし、その場合の身の安全は保障できるが?」

「情報収集という面では滞在するのがいいのでしょう。どの程度まで自由がありますか?」

「制限はないが、トラブルを避けるために一個分隊を警護につけよう」

「わかりました。よろしくお願いします。もし必要であれば、私のできる範囲で説明はいたします」

「そのときはよろしく頼む」


 そうして、向島中佐と次席要員である東野恵一大尉はカラーチに滞在することとなった。彼らを運んできた巡視船は一度セラージに帰港することとなり、その日のうちに港を離れることとなった。つまるところ、向島中佐と東野大尉は身柄を拘束されることをも考えており、それなりの準備をしていたといえる。結局、瑠都瑠伊方面軍司令部では、カラーチのイスパイア帝国軍を誤解していたともいえたのである。


 カラーチはイスパイア帝国軍が上陸するまでは小さな漁村であったといわれる。上陸してから、セラー半島での戦いが終わるまでは、住民を奴隷のように扱っていたとされるが、あの戦闘後、というよりもドレーズが最上位者となってからは、それが変わったのだということがわかってきた。これは市場に店を出していた人々から得た生の情報であった。それまで宿営地建設のために持ち込まれた多くの機材、その中にはブルドーザーやローラーといった建設機械も多くあり、現在はそれを用いて街づくりに利用されているともいわれる。もっとも、燃料が欠乏し始めており、現状では人力によるものも多いという。


 移転前でいえば、パキスタンのカラチが一番近いといえたかもしれない。しかし、大英帝国の植民地などとなっていないたため、発展はしておらず、イスパイア帝国軍が上陸するまでは人口が五〇〇人ほどの小さな集落でしかなかったといわれ、漁業と農業で暮らしを立てていたといわれる。それがいまや、人口が二万人、その半数は上陸したイスパイア帝国軍将兵であり、残りの多くは近隣の住民、アゼルやトゼルから流れてきた住民であるという。そうして、港は拡大され、その近くには近代的な、といっても三階建てや四階建てのビルらしきものが建ち、扇状に集落、多くは木材使用による住居であったようだ、が建ち並んでいた。


 現状における勢力圏は港から北西、つまりは海岸沿いに一〇km、北に同じく一〇km、北東に五km、東に五kmほどであるという。これら地域にはイスパイア帝国軍将兵から五〇〇人ほどが各地の警備に分散配備され、各地域の軍や盗賊の侵攻に備えているとされている。つまり、この勢力圏においては、ドレーズ少将率いる軍によって開発され、安定している地域といえるだろう。形態的にはドレーズ少将による直接王政の国家のような情勢にあったといえた。上陸直後は別として、現状では侵略しているとはいえない状況であった。


 五日後、向島中佐はドレーズ少将と再び会談することとなった。その席でドレーズ少将は日本軍の駐留を受け入れること、現在確保している域内の警備の肩代わりを日本軍が行うなら武装解除に応じること、独立地域パーゼルとしての承認、必要であればイスパイア帝国への宣戦布告を行うことを決定したと告げ、域内開発に日本の支援、特に建設機械の燃料油の供給を要請してきた。二日後に正式に文書として提出することも告げている。これは瑠都瑠伊を含めて日本側の予想外の返答であったといえる。


 これに素早く反応したのは沢木知事であった。前知事の佐藤の引退に伴い、多くの住民が沢木を支持したため、女性初の海外領土知事として就任したのである。その政策は前知事の佐藤の政策の継続であったが、随所に沢木独自の政策を織り込み、住民の支持率は七○パーセントを維持していた。住民だけではなく、地方官僚の支持も集めており、正しく挙州一致体制といえただろう。少なくとも、日本本国政府および官僚に付入る隙は見せていなかったのである。


 沢木は表向きはすべて受け入れることを本国政府に通達し、それに対する対応策をとっていくこととなった。まず派遣軍として、歩兵一個中隊を派遣し、カラーチの中枢のみ、その勢力下に置き、周辺警護はこれまでどおりにドレーズ少将隷下の部隊に任せるため、武装解除は中枢の部隊だけに実施、その武器弾薬をすべて周辺域警護部隊に回していた。新たに駐留軍が派遣されるということで、その生活環境を整えるという理由で、多くの物資、その中には燃料油も当然含まれていた。これらは軍関係においては今村の意見を取り入れていたといえる。今村がいうには、支配域が小さいとはいえ、これらを日本軍で行うにはそれなりの戦力を配備しなければならず、対イスパイア戦争を始めようとしている今は遊兵となることが明白であり、それを避ける必要があるとしたのである。


 駐留軍のための物資とはいえ、その五割以上はドレーズの元に供与され、域内開発に使用されることとなった。その結果、これまで以上に開発が進むこととなった。また、カラーチ側としては、無償での支援は断り、対価として、同地東北部で多量に採れるお茶、多くは移転前でいえばジャスミン茶をセラージを経由して輸出している。ちなみに、移転前のパキスタンとは異なり、平地と二〇〇〇m級山脈がある程度で、その域内すべてを支配しているわけではなかった。東部や東南部はインデリアに接しており、その方面は未開の地であるといえた。


第二部に着手しましたが作風を変えようとして行き詰まりました。とりあえず、明言しておきますとこの一部ではあまり戦闘シーンはないです。すいません。症状が進んだためか文字がみにくくなってきました。何とか終わらせたいと思っています。


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