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ローレシアの状況

 セラー半島にイスパイア帝国軍が上陸を始めたころ、ローレシアの南大西洋側の諸都市はイスパイア帝国軍機による大攻勢を受けていたといえる。その多くは大型爆撃機による空爆といえた。現在の日本軍では大型機による空爆など考えられない。その理由は空対空ミサイルや地対空ミサイル、艦対空ミサイルの充実にあったからである。移転前の対空ミサイルは弾道ミサイルに対応しているため、音速に達しない鈍重な爆撃機など迎撃網を突破することはないからである。限られた数の空対地ミサイルでもほぼ同様といえただろう。


 しかし、ローレシアにおいてはミサイルの性能はそれほど向上していないため、苦戦していたといえる。ましてや、一〇〇機で来られれば、非常に困難であるといえた。幸いといえたのは、空対空ミサイルと艦対空ミサイルは瑠都瑠伊から供給を受けていたため、そのストックがあるうちは対応できていたということにある。とはいうものの、千単位で供与されているわけではなかったため、それほど長くは持たないとされていた。現状では、空対空ミサイルだけではなく、艦対空ミサイルをもうまく使い、何とか凌いでいたといえるだろう。


 アメリカや英国、フランスはこの時点で参戦すべきだとしていたが、日本政府は動かなかった。軍においては、水面下で準備を始めていたが、それは本国軍ではなく、瑠都瑠伊方面軍司令部であったといえる。このころには、日本政府と瑠都瑠伊地方知事の佐藤との間に考え方のずれが目立ち始めていたといえるだろう。とはいうものの、独断で動くまでには至っていないといえた。瑠都瑠伊方面軍以外に戦争準備について考えていた国があったといえる。それはセラク共和国であった。


 先のセラー半島の攻防戦で犠牲者を出していたセラク共和国はカラーチのイスパイア帝国軍に対して宣戦布告してもいたのである。日本の対応に不満をも表明していたといえる。彼らにとっては、南米のイスパイア帝国ではなく、カラーチの軍こそが敵であったといえる。また、瑠都瑠伊の佐藤知事および瑠都瑠伊方面軍司令官の今村には逆侵攻を提案してもいた。彼ら自身ではペルシャ湾を渡る船がなく、ましてや、インド洋に乗り出せる船を持っていないことからの行動であった。そして、日本がイスパイア帝国と戦争になった場合、その指揮下に軍勢を派遣することも通達してきていた。


 少なくとも、ローレシアでは各種燃料たる燃料油は十分にいきわたっており、武器弾薬の製造にも問題なく、十分に戦いえる状態であるといえた。問題は兵器の性能にあったといえるだろう。陸戦や海戦には問題がなくとも、この世界では主兵となりつつある誘導技術に若干の劣勢を余儀なくされていたといえる。そして、瑠都瑠伊に対してそうしたミサイルのさらなる購入を打診してきていたのである。これに対して、日本政府は売却には応ずるが、部隊派遣には応じられないとしていた。


 日本政府にとっては、未だ犠牲者が出ていない以上、公然として介入する意思は表明していなかったのである。もし、先のセラー半島の戦いで犠牲者が出ていれば、あるいはマダガスカル島が攻撃を受けていれば、また違った結果になっていたかもしれなかった。とにかく、日本にとっては、移転前の世界でかって起こった湾岸戦争と同じ感覚であったかもしれない。それほどに、紛争地は遠かったのである。


 ローレシアは自国の西北から西南にかけて扇状に二〇〇浬沖に八隻の駆逐艦を展開、警戒ラインを形成していた。この二〇〇という数字は日本と接触後に決められたもので、日本の国法の話しが影響していると思われた。つまり、領海法や排他的経済水域についての会話がなされた結果、自らの領海をそう判断したものと思われた。そして、駆逐艦のレーダーによる情報で迎撃網が形成されていたといえる。駆逐艦に搭載のレーダーの対空捜索が一〇〇浬、あわせて沿岸から四八○浬先の敵機に対する迎撃ラインを持っていた。


 ローレシア沿岸部は数度の空爆を受けたものの、それほど大きい被害は出ていなかった。少なくとも、警戒ラインが有効であり、大型爆撃機に対する迎撃が機能していたからであろう。しかし、艦載機による攻撃に切り替えられると被害が大きくなっていたといえる。迎撃ラインを突破されることが多くなったからである。これが日本のように、早期警戒管制機が存在すれば、十分対応できたかもしれないが、あいにくと、迎撃機の敵部隊への誘導に問題があり、見落とした敵機による攻撃を受けることとなっていた。


 また、駆逐艦による警戒ラインもその駆逐艦が狙われることにより、警戒ラインに穴が開くこともしばしば起こっていたといえる。日本から提供された艦対空ミサイル、シースパローがあっても、火器管制装置の性能が低かったこともあり、個艦防空能力が低かったためでもあったといえる。それでも、民間人への被害は限定され、五〇〇〇人を超えることはなかったとされる。つまり、未だ、敵の、イスパイア軍の上陸は許していなかったのである。とはいうものの、ローレシア軍による敵根拠地あるいは敵艦隊への積極的攻勢は行われていなかった。多くの空軍戦力を防衛戦に割り当てているため、その戦力がなかったこともあった。


 幸いにして、この民間人の中に日本人はいなかったが、もしいたのなら、日本政府は新たな対応を迫られたかも知れなかった。しかし、ホルムズ海峡、というよりもセラー半島の戦いが終結し、カラーチでのイスパイア帝国軍の動きにより、瑠都瑠伊方面軍司令部では知事の佐藤の命により、参戦というよりも介入の準備に入ることとなった。とはいうものの、それは水面下のことであって、一般には知られることはなかった。それは人事面のことであり、軍自体の準備というものではなかったからである。


 セラー半島の戦闘により、瑠都瑠伊方面軍自体は準戦時体制といえたため、軍の装備を含めて改めて準備する必要はなかったからでもある。人事面さえ決定しておけば、いざ、というときにすぐに動くことが可能であったからである。このあたりが平和ボケしたままの日本政府や軍上層部と異なる点であったといえるだろう。事が起こってからではなく、起こる可能性が高いと判断した時点で動くのが大陸調査団のころからの大陸派遣軍の行動指針であったからである。


 とはいうものの、何も手を打たないわけではなかった。瑠都瑠伊方面軍司令部から人員を派遣することが政府の承認を受けて行われている。政府や軍上層部からは既に駐在武官がいることから必要なかろう、という意見があったものの、情報収集、特にローレシア軍上層部との接触で情報を得る必要があるとして、大佐を筆頭に少佐クラス三名を派遣したのである。ちなみに、シナーイ大陸北部の諸国には、日本本国から大尉が各国につき三名派遣されていた。これはローレシアやロンデリアでも変わらず、英米露など移転後にできた国家には少佐が派遣されている。


 つまり、ローレシアにおける情報収集をこれまで以上に突っ込んで行うための高級将校の派遣であったといえる。これはいわば、観戦武官あるいは連絡武官ともいえ、もしもの場合に、瑠都瑠伊方面軍との連携をスムーズに行うためであろうと思われた。そうして選ばれたのは、大陸調査団時代から今村の下で数々の修羅場を潜り抜け、今村の片腕とも言える安西陸軍大佐と予備役兵から志願し、以後は現役に留まっている室田陸軍少佐、トルシャール戦から加わった磯村空軍少佐および中井海軍少佐であった。


 今村は安西を瑠都瑠伊方面軍参謀長としたかったようであるが、本国からの横槍で司令部入りできず、現在は第二一師団主席参謀となっていた。その安西を起用したのである。そこに、なみならない意図を感じる、とは佐藤知事の弁であり、安西自身の弁でもあった。彼ら四名に課せられた任務は、ローレシア軍にどのような支援が必要でどのような支援が不要かの判断をすることと、今後の戦闘の詳細な報告であった、といわれている。むろん、請われれば、顧問となる可能性もあった。


 これは一種の介入ともいえる。ローレシア側も理解していて、彼らを利用するはずであった。つまり、日本本国の知らぬ間に瑠都瑠伊方面軍とローレシア軍との間に協定が結ばれていたといえる。時期的には、イスパイア帝国との最初の戦闘が発生した直後であり、瑠都瑠伊でローレシア側が派遣した人員、視察目的で訪れたとされる中将、ローレシア中央作戦本部本部長のロレンス・ワトソンとの間で交わされた極秘協定によるものであったとされる。当然ながら、本国から派遣されている駐在武官の知るところではなかった。


 むろん、これは瑠都瑠伊方面軍からのものではなく、ローレシア側からの要請であったといわれる。日本製の優れた武器を導入しようと考えていたローレシアであったが、習熟の問題があった。そして、教育のための人員派遣を要請したローレシア側に対して日本側は人員を受け入れる方向で話しを進めていた。そうして、今村と二人になったときに、危機的な意識で一致した二人が、何とか人員を派遣することはできないか、とのワトソン中将の再要請に、今村が今すぐではなくともいずれは派遣する、ただし、本国とは無関係で、との言による協約であったといわれる。ために、この件に対する書類は残されてはいないという。


 ともあれ、今村は約束を違えることなく、実行に移したといえる。そして、ローレシア側も表面上はともかくとして、水面下では安西以下の将校から日本製兵器の運用方法について情報を得るために動いたといえる。安西大佐らも、これまでの駐在武官が得る以上の情報、しかも、詳細なものを得ることができた。考えてみれば、この世界ではこれまで、ミサイル戦など発生しえず、日本の装備する兵器についての実戦テストなど行い得なかった。移転前であれば、米国が戦場で実戦に使用し、問題を洗い出してもいたが、この世界では行われていない。つまり、日本製兵器に関していえば、移転前を含めて始めての実戦であり、その性能試験ともいえたのである。


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