ローレシア連邦王国
双方が一刻も早い問題解決、日本にとってはマダガスカル島周辺および中東の安全を、ローレシアにとっては原油の安定入手による自国内の安定化と周辺の安全化を計る、を望んだため、異例のスピードで進められ、一ヶ月後には双方による国交正常化と通商条約が締結された。そうして、国際法が制定されていないことから、相手国領内では相手の法律に従うことで問題の発生を回避することも決定した。ちなみに、ロンデリアの場合はほぼ半年を要していた。
このとき、ローレシアの多くの情報が提供されていた。むろん、日本も提供している。それによれば、人口一億四〇〇〇万人、常備軍一〇〇万人、五領主国からなる連邦制国家、現在の国王はルーセ一四世であることが判明する。領主国というのは建国時の国王の兄弟が治めていた領土からきており、元首となる王は男子のみ、国王に王子がいなければ、五領主のうち、最年長者が次に継承することとされていた。とはいうものの、これまで、そのような事態は起こっていなかった。
連邦制国家とはいえ、日本と同じく、立憲君主制議会民主国家であり、国王位は象徴とされており、直接の統治権は存在しないという。どちらかといえば、移転前の英国に似ていたかもしれない。議会は二院制であり、上院と下院に分けられており、下院は貴族位を持つものが登用されるが、上院は国民投票によって選ばれるという。ちなみに、領主およびその子弟には参政権はないとされる。
移転前には地域国家として、ローレシア大陸周辺国家を含むエーレッパの安全保障を担っていたという。彼らの世界では大陸が四つ存在し、ローレシア大陸はもっとも小さい大陸であり、他の大陸、とりわけ、最も近いアーメリア大陸とは常に紛争が発生していたという。移転前には戦争の一歩手前であったそうである。そういうわけで、戦時動員をかけようとしていた段階での移転であった。
ただし、この移転により、ローレシア以外の国、多くはラリアス大陸やアーメリア大陸などの国からの一時入国者が一〇〇万人ほど滞在しており、中でもアーメリア大陸からの入国者はローレシアの政治的システムには対応できず、問題が発生しかけていたといわれる。人種的に白人に近いためであろうと思われた。この解決のために、日本というよりも国連が解決策を提案してもいる。彼らはアメリカ人の思想と非常に似た思想を持っていることがわかったからである。結果的に、移民という形で解決してもいる。
国内資源、鉄鉱石など金属資源は豊富であったが、燃料たる石油資源においては同じ大陸の他の国からしか採取できず、それも産出量が減少傾向にあったため、備蓄は少なかったといわれている。もっとも遠いが友好的なレンドーア大陸からの輸入に頼っており、備蓄を始めていたという。いずれにしろ、軍備増強政策の中、国民生活に影響が出始めていた段階であったかもしれない。
彼らの世界では、動力の九割が化石燃料である石油か天然ガス、液状石炭、近年になって普及し始めたメタンガスを用いることであったようだ。メタンガスといっても、日本でいわれているメタンハイドレードとは異なる。特に、発電においては石油による火力発電か液化石炭を用いた火力発電が主流で、後は水力発電や風力発電などであったようだ。日本で多く見られる太陽光発電は技術すら確立されていないようであった。また、反応動力、いわゆる原子力は開発されていなかったようである。
後に判明するが、ほぼ日本の一九九○年ごろと同じ技術力を有する軍を配備していたが、潜水艦は有していない。その理由は彼らの世界では海洋が浅く、もっとも深いところで一〇〇〇mほど、平均水深は四〇〇m、さらに水の透明度が異様に高く、上空から丸見えだったことが原因のようであった。そのため、対潜装備はほとんど発達していない。ちなみに、この世界の海洋は移転前の地球と同じようなものであった。
ロケット技術はそれなりに発達しており、誘導技術も発達していたため、ミサイルはそれなりに装備されている。しかし、ローレシアにはロケットを宇宙に打ち上げる技術はなく、したがって衛星を利用するという概念はなかった。つまり、衛星通信や衛星放送といった技術は皆無に等しいといえる。彼らの世界ではアーメリア大陸の国家であるアーメリア共和国が宇宙利用を目指していたとされている。これは、移転前の彼らの世界では、厚い大気の層に覆われていたためであろうと思われている。
日本よりも劣っているとされる彼らではあったが、進んだ技術も有していたといわれる。それは魚雷であった。かって、第二次世界大戦のころ、大日本帝国は航跡のほとんど見えない酸素魚雷を開発していたが、彼らの有する魚雷はほとんど航跡を残さないものであったといわれる。その理由は、その搭載機関と推進方法にあったとされる。未だ公表されていないため、詳細は不明であるが、一説によれば、クローズドサイクルエンジンと水流推進にあるとされている。というのも、彼らの魚雷にはスクリューが付いていないことが確認されていたからである。ただし、何らかの問題があるのか、艦艇には搭載されておらず、もっぱら航空機による運用のみであったようだ。
むろん、ローレシアの情報提供に対して、日本側もある程度の技術の公表を行っている。その代表ともいえるのが、早期警戒管制機であり、各種航空機であったといわれる。むろん、こういうものがありますよ、と公表しただけで技術提供は行っていない。彼らがもっとも興味を示したのが、艦載早期警戒管制機のE-2C<ホークアイ>であり、輸送機のC-2<晴空>であり、輸送艦『おおすみ』であったといわれる。彼らにはレーダーを空に上げる、という発想がなかったようである。同様に、空からの落下傘降下、つまり、空挺部隊という発想もなかったようである。
ともあれ、新世紀一七年二月にはセーザンにローレシアのタンカーが来航することとなった。当然として、ルソー次官をはじめとする幾人かが瑠都瑠伊を訪れ、大陸横断鉄道を利用して波実来、日本本土へと渡っている。早くも、中古物件を利用した大使館まで設置されることとなった。むろん、日本もローレシアの首都ローザンに同様にして大使館を設置している。
ローレシア側がここまで急いだ理由、それがイスパイア帝国との関係にあった。セーザンにおいては、両国の船舶が同居することもあるし、それ以前に両国はインド洋西部でにらみ合いが続いていたからであろう。ローレシア側がにらみ合いで済ませているのは、単純に戦争準備が整っていないだけであったといわれる。
日本はセーザン近海の安全確保のため、イスパイア帝国側に新たな国交成立国家と通商条約締結国としてローレシアを公表し、両国に対して、セーザン近海で問題が発生した場合、徹底的に調査し、関与が認められた場合は石油禁輸などの処置をとることを宣言していた。そのため、インド洋西北部では両国によるにらみ合いは起こっていない。
日本側としては、当然、国交樹立国であり、通商条約締結国たるローレシアを優遇したいわけであるが、これまでの関係もあって、あからさまにイスパイア帝国を排除するわけには行かないと考えていたといわれる。つまり、ここでイスパイアを排除しようものなら、セーザンに対して侵攻してくる可能性があったからに他ならない。もし、そうなっても瑠都瑠伊方面軍だけで防衛は可能であろう、とは今村の考えではあったが、周辺国家やロンデリアやローレシアに被害が及ぶことを避けたいのかもしれない。
つまり、産油国あるいは産油施設を有する地域が強大な軍事力を有していた場合、石油の輸入国はそれ以上の軍事力で圧力をかけなければ、自己に有利な条件で交渉できない、そういうことになる。日本がそういった態度に出なかったのは、現状で、ロンデリアやローレシアが日本にとっては有望な市場であると認識し、その市場に製品を輸出したい、という目的があったからに他ならない。それがなければまた違った対応になっていたかも知れないのである。
ともあれ、ローレシアは日本にとっては負の要因にはならない国家ともいえた。少なくとも、現在のところは日本にとっては優良な市場といえるだろう。ウェーダンやキリールは成長しつつあるが、完全な市場化には未だ時間を要すると思われるが、ローレシアやロンデリアはそうではなく、今すぐにでも製品を輸出することが可能であったからだ。特に、日本の基幹産業ともいえる、自動車や家電製品がそれにあたるからであろう。もっとも、日本政府としては、必ずしも歓迎するものではなかった。現状、知られてはならない、あるいは渡したくない技術というのも存在するからである。特に、軍事技術に応用可能な家電製品は特に注意が必要であるとされていた。
これは日本だけではなく、国連も同意見であったようだ。その根底には、この世界の主導を握りたい、もしくは安全確保は国連主導で、と考えている向きがあった。現在のところ、日本よりも進んだ技術、移転前の地球よりも進んだ技術を持つ国家は出現していないからであろう。とはいうものの、すべてが予定通り運ぶわけでもなく、突発事態が発生する可能性がたぶんにあるだろう、それが日本政府、あるいは瑠都瑠伊の考え方であったかもしれない。そう、国連の主流を占めるアングロサクソン系の考え方に疑念を持つのもまた日本であったのかもしれない。