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対応策

 調査団の最高責任者である佐藤宗明外務省審議官の元に住民と接触したこと、戦闘が発生したとの情報がもたらされたのは、今村たちが中隊と合流して二時間ほど経過した頃であり、詳細な報告が上がってきたのは二四時間を過ぎた頃であった。中隊から大隊本部、そして連隊本部へと上げられ、それが佐藤の元に届いたという次第であった。それ以前に、佐藤の元には良い知らせが一つ届いていた。試掘から三日、石油が出た、という知らせだった。そう、あの部分的な砂漠地から石油が出たのである。本格的な産油施設が完成するには一年、産油が軌道に乗るには一年半を要すると思われるが、それでも、調査団としての目的の一つは達成できたということになる。


「やれやれだな、少なくとも目的の一つは達成できた。後は鉄鉱石を含めた資源があればなおいいのだがな」未だ『おおすみ』艦内にある調査団本部で佐藤は派遣軍司令官の安部光安大佐にいった。

「ええ、それは喜ばしいです。しかし、こっちは頭が痛いですよ。住民と思われる集団を保護したのはいいのですが、襲撃してきた騎馬兵を壊滅させてしまいましたから、対外的にどうなるか」

「良いではないか、私としては派遣軍に犠牲者が出なかったことのほうが良かったと思うよ。対話も無しにいきなり襲ってきたんなら、立派に正当防衛だと思う」

「はあ、判りました。それで保護した住民はどうされます?」

「現地での安全の保証だろう?部隊を展開しておけばいいのではないか?」

「ですが、一個小隊では不安があります。手持兵力がありませんし」

「上陸地点の警護は一個中隊も必要ないのではないか?あの山は北の海にまで続いているし、西から侵略できるような通路はない。第三中隊から一個小隊、特化大隊から迫撃砲中隊を抽出して、例の小隊長に指揮を取らせればいいんじゃないか?」

「はあ」

「それに、安部さん、あそこから石油が出たのなら、調査団本部をここに置くわけにはいかないよ。私は本部設置場所を南、あの最初の分岐点の近くに移そうと思うんだ。あそこなら河があるし、浄水すれば水は豊富に使える。それに本格的な空港設備も建設できるだろう。産油施設の近くに空港を建設するなんて危険すぎるしね」

「判りました。第三中隊から一個小隊を、特化大隊から迫撃砲中隊を抽出して第一一小隊に合流させ、臨時に第四中隊とします。第三中隊を二分割、第三一小隊を上陸地点と油田の警護に、第三二小隊を調査団本部建設予定地の警護につかせましょう」

「うん、後一週間ほどで土壌分析と病原菌などについての結果が出る。それに現地部隊指揮官には内密だが、軍医には襲ってきた敵の遺体の分析も行うようにいってある。何もなければ、本国に待機中の部隊を投入できるし、そうすれば、安全性確保の問題も解決するだろう。開発も本格的に始まるから、今の兵力では不可能だよ」

「はい、ですが、車両やヘリが使えないのは辛いですが」

「それは何とかなるよ。三ヶ月後には調査団でそれなりの燃料を確保できるようにする」

「判りました。では第三三小隊と迫撃砲中隊を現地に派遣、第一中隊は南の入り江の周辺捜索に回します」


 今村が保護した住民たちから得た情報は次のようなものであった。北の大陸はラーシア大陸といい、遥か西まで続いているという。そして今いる大陸はシナーイ大陸といい、西に向かうとグルシャ海にいたり、そこでラーシア大陸と分断されている。調査団が上陸した地域はパーミラといわれる地域であり、かっては砂漠地帯であった。パーミラ山脈の西にはかっては彼らの国であるウェーダンがあった。ウェーダンの南にはシナーイ帝国があり、ウェーダンはシナーイ帝国との戦争に敗れ、国の多くはその支配下にあった。


 シナーイ帝国は遥か西に本拠地のあるラーム教の影響を受け、ラーム教以外の信仰を認めず、異教徒として弾圧している。シナーイ帝国の南にはインデリア王国、東にはいくつかの小国が存在し、ラーム教による支配を強めている。改宗しなければ、侵略することも辞さない。そういう国である。


 ウェーダンはもともとが多神教であるシンドー教を信仰していたが、今でも表向きはともかく、実際にはシンドー教が信仰されている。シナーイ帝国は改宗しないウェーダンの住民の昇華、つまるところ、殺戮を行っているという。そんな彼らに抵抗する組織があり、自分たちはその抵抗組織と間違えられて追われていたのだという。元はウェーダンの南部のファウロスという村の住民であり、いまも逃れる生活が続いているのだといった。


「やれやれ、宗教絡みだと厄介だぞ。これを二個小隊と一個迫撃砲中隊で警護するなんて、不可能じゃないかな?木村軍曹」

「本来なら日本の五倍ほどの面積を持っていた国のようですし、難しいですね。幸いなことに今はこの辺り一帯だけですし、シナーイとの接点は南の平原だけです」

「おいおい、簡単に言うが、向こうが数で押してきたらどうするんだよ。こっちは一四〇人しかいないんだ」

「ですが、弾薬は豊富に提供するといってますし、必要であれば、第三中隊と二個迫撃砲中隊を支援にまわすそうですし、何とかするしかないでしょう」

「作戦と任務はそれでいいが、上は何を考えているんだか」そこまで今村がいったとき、トラックのエンジン音が近づいてくるのがわかった。


 本来、第一中隊用に配備されていたトラック二台と特化大隊に配備のトラックが応援の第三中隊第三三小隊と特科大隊特一中隊を運んできたのである。ちなみに一個迫撃砲中隊とはいえ、正規編成ではなく、六〇名、指揮官は少尉であった。日本国がいかに再軍備宣言したとはいえ、実情はそれほど増強できているわけではなかったのである。自衛隊時代の総数二六万人に即応予備自衛官五万人含めた三一万人が限度であり、今回志願したのは一万二〇〇〇人強、さらに、砲兵部隊など運用不可能な部隊もあり、派遣部隊はバランスが崩れた部隊といえた。


「第四中隊を臨時に預かる今村です。よろしく」

「第三三小隊を預かる鳩村です。よろしく」そう答えたのはいかにも叩き上げらしい鳩村正二曹長であった。

「特一中隊を預かる上田です。よろしく」そう答えたのはこれも叩き上げで尉官になった上田吉雄少尉であった。

「任務については大まかに聞いているとは思うが改めて説明する。軍曹、頼む」

「はっ、では説明します」


 遭遇から二日過ぎているが、シナーイ帝国の動きはなかった。彼ら第四中隊の任務は攻めてくるであろう、シナーイ帝国に対してこの地の防衛であった。もし、攻めてきた場合は全力撃退するが、可能であれば対話をすることも任務に入っていた。さらにいえば、彼らに対する情報収集も含まれていた。


 これは先に今村が佐藤に会ったときに直接聞かされたのであるが、佐藤はシナーイ帝国について胡散臭いものを感じていたといい、あいまいに対応すれば、日本の将来に禍根を残すことになるだろう、と考えているとしていた。だからこそ、厳とした対応を決定するのだ、ともいったのである。そうして、今村は改めて、野戦任官ながら臨時編成の第四中隊長を命じられたということになる。


 ちなみに、先に保護した住民との対話は若干の違和感は存在するものの、会話は可能であった。ただし、文字については双方ともに理解不能(後にスウェーデン語に限りなく近いと判明する)あった。しかし、会話だけで意思疎通が可能であることは、双方にとっては幸運であったと思われた。通訳を介する必要がある場合、軍としての即応が不可能であるからだった。もっとも、現代日本軍では世界標準といわれる英会話は、士官たるもの当然こなさなければならない、とされていた。が、それ以外の言語での会話は履修していない限りは不可能だった。


 日本陸軍で英語以外に履修率の高い言語といえば、ロシア語と中国語であるかもしれない。それは、再軍備を宣言したため、ロシアおよび中国との関係がこれまで以上に悪化していたからに他ならない。もっとも、再軍備とはいうが、単純に憲法第九条を書き換えただけに過ぎない。とはいえ、陸海空自衛隊は陸海空軍に改められ、階級呼称も自衛隊のそれから改められている。装備そのものは変わらず、防衛的装備が充実されただけである。海軍においても、護衛艦を駆逐艦あるいは巡洋艦と呼称変更されただけで、大きく変わることはなかった。


 大陸調査団派遣軍の編成が志願制で行われたため、多くの部隊で再編が急がれている状態であった。これが、命令による既存部隊の派遣なら、どこそこの部隊をまとめて配備すれば事足りるが、志願制であるため、寄せ集め状態であり、指揮系統も含めてゼロから部隊を作り上げる必要があった。それが、まだ編成途中での派遣となったものであり、未だ顔合わせの済んでいない面もあった。特に、中隊が異なれば、誰がいるのかすらもわからない状態といえた。


 ともあれ、今村は接触した住民たちからの情報収集に力を入れており、特に食料に関しては自ら食してそれを報告書に綴るようにしていた。むろん、それを今村は部隊に強要してはいない。つまり、今村には日本に戻るという意識は今のところなかったこともその原因であったが、多くの兵は彼に習って同じことをしていた。少なくとも、標準レーションばかりでは飽きてくるからであろうと思われた。そうして、資源に対する幾つかの情報を得ることができたのである。それらは、直属の上司である安部大佐あるいは佐藤に直接報告されることとなった。


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