大陸人との交流
騎馬兵から逃れていた住民たちも、当初は彼ら日本軍を警戒し、近づくことはなかった。集団でこちらを見ているだけであった。少なくとも、対話しようとするものはいなかった。とはいっても、その場を離れるものもまたいなかった。年齢的には一〇代後半から五○代まで、男女比率はほぼ半々であった。
「少尉!、遺体はどうしますか?」木村が声をかけてきた。
「とりあえず、そのままにしておこう。撃たれた住民のほうはどうなっている?」
「全員重症ですが生きています」
「とにかく、一箇所、貨車の近くにまとめよう。このままでは次に襲撃を受けたときは何もできん。住民と話してみるから、しばらく指揮を頼む」
「はっ、お気をつけて」
今村は住民たちに向かって声をかけた。少なくともリーダーらしきものがいれば対話は可能だからである。もっとも、撃たれた人間の中にいれば、対話は難しいものになるだろうし、言葉が通じるとは思えない。それでも、このまま放っておく訳にはいかず、何かきっかけをつかみたかった。
「私は日本陸軍大陸調査団派遣軍の今村です。言葉がわかりますか?」そう声をかけてみた。しかし、反応はなかった。
「この中の責任者もしくはそれに準ずる人と話しをしたいのですが?」続けて声をかける。しかし、反応はなかった。とはいえ、いってることは理解されている可能性があった。最初の言葉に幾人かが顔を見合わせたからである。対話の可能性があることを確信した今村に声がかかった。
「少尉!、中隊本部からです」そう声をかけてきたのは佐倉太郎上等兵であった。
「わかった」そう答えて受話器を受け取る。
「一一小隊、今村です」
「山下だ、状況を報告せよ」
「はっ、報告します。小隊には被害はありません。襲ってきた騎馬兵のうち、二人は逃走、残る一七人は全員死亡を確認しました。住民九八人のうち、撃たれて負傷したもの一八人、いずれも重症です。軍医の派遣を要請します。また、現在、住民とコミュニケーションを試みております」
「了解した。軍医と衛生兵を派遣する。それと、他に二人付けるが、彼らはトラックをこちらに回すための要員だ。周囲警戒と安全を確保せよ」
「了解!」そう答えて受話器を佐倉に返す。
「池内、軍医が派遣される。重篤なものから見てもらえるようにしておけ。報告することはあるか?」小隊で看護師の資格を持つ池内信也一等兵に尋ねる。
「いずれも、かなり出血しています。一応止血はしました。意図的に足や腕を狙ったものと思われます。三名が肩に近い胸に貫通創を確認しました。止血はしておりますが、治療が受けられないと命の保障はできません」
「そうか、われわれと身体が変わらないのであれば治療は可能だが、そうでなければ、治療が困難だな」
「はっ」
「よろしい、とにかく、軍医の到着まで最善を尽くしてくれ」そうして、再び住民たちに向き直り、言葉を発する。
「この中に医者はいるか?もしくは人の怪我や病気の治療を行えるものはいないか?」そうしてしばらく待つ。
「われわれの見立てでは、一五人はそんなに重くはない。しかし、残る三人については命の保障はできかねる。もし、治療できる人がいたら出てきてくれ」その今村の言葉に、おずおずと前に出てきた女性がいた。言葉が通じたのである。
「治療できる人は姉さんしかいません」彼女の言葉は問題なく理解することができた。
「その姉さんはどこに?」
「その女性です」そういって一人の負傷者を指差した。
その指先を追った今村は絶句するしかなかった。それは三人の中の一人、二〇代後半と思われる女性を指差していたからである。ちなみに二名は男性、一名が女性であった。おそらくは医師であったのだろうと思われるが、外見からはそれとはわからない。
「姉さんのそばに行っていいですか?」女性はそう尋ねる。
「ああ、かまわない。われわれの医者が後一時間ほどでここにくる。しかし、命の保障はできない」今村はそう答えた。
女性が姉という負傷した女性の元にいくのを見て、五人ほどがそれぞれの男性の下へと向かった。それは配偶者であろうと判断してよさそうであった。あるいは親子であったのかもしれない。そんなことを思っていると、住民の中から四〇代後半と思われる男性が今村に声をかけてきた。
「私はファウロスの副市長をしておったものだ。住民を助けてもらって感謝する。しかし、あいつらを殺したことはあまりほめられない。あの中に元ファウロス、今はトンキンというが、を統治する領主の息子がいる。また、襲ってくるだろう。今度は多くの兵を率いてくるだろう」
「それは仕方がない。彼らはわれわれに攻撃を加えたからね。お名前は?」
「私はオレフという」
「私は今村です。あなたがたはこれからどこへ行こうとしていたのですか?」
「パーミラにいこうとしていた。あの山の向こうだ。砂漠だから追っ手も来ないだろう、と思ってな」
「残念ですが、今はここを通すわけにいかないのです。われわれの多くの仲間がいます。彼らを危険な目に合わすことは出来ない」
「ではあんたは私たちに死ねというのかね?私たちにはシナーイと戦うすべはない。逃げるしか方法はないのだ」
「シナーイ?それは何です?」
「ここから南に二五〇kmほど行ったところにある大河の向こうに存在する大国だ」
「よろしければ、もう少し詳しく教えてくれませんか?」
「だが、時間がない。私たちが安全だとわかれば話してやろう」
「それについては話し合いの余地があります。司令部から命令がくるまでは私たちがあなたがたを守りましょう。しばらく、ここに留まっていただけませんか?怪我人もいることですし、見捨ててはいけないでしょう?」
「いいだろう、その代わり安全は保障してもらうぞ」オレフはしばらく考えてからそういった。
「ええ、司令部の命令があれば、あなたがたをパーミラにお連れすることも可能です。それと、パーミラは砂漠ではありません。ここと似たような草原地帯ですよ。あそこに集落がありますね。あそこでしばらく過ごしていただきたいと思います」位置を変えたことで森の向こうに集落らしきものが見えていた。
「あそこの民はシナーイに屈したのだ。われわれとは相容れない可能性がある」
「とにかく、交渉してみてください。われわれもあそこなら守りやすいですから」
そうして、一応の妥協が成された。かの集落の住民も受け入れたことに、今村はホッとしていた。そして、オレフは一つ、要求をいった。それは騎馬兵の持っていた武器の所持の要求であった。彼が言うところでは、銃やナイフは戦闘に使うのではなく、狩猟のために使うのだという。
その後、軍医が到着し、重傷者にも適切な治療が行われ、命を落とす心配はないということだった。あの女性、最初に対話した、アメリアという名だが、姉、アリシアのそばについている。軍医によれば、肉体的特徴はほぼ人間と同じだというが、もっと調べてみないとなんともいえないともいっていた。そして、彼らを襲った騎馬兵の遺体がその調査のためのサンプルとなったが、このときの今村は知るよしもなかった。
後に判明したところによれば、われわれ人間とまったく変わらないことがわかっている。遺伝子レベルから見ても、日本人と白人、もしくは日本人と黒人といった程度の差しかないことが判明している。さらにいえば、免疫系なども人となんら変わらないこともわかってきた。ただし、ある種のウイルス、インフルエンザなど、移転した多くの人間には抗体として持っているものに関して、このときに接触した人間にはないことが判明している。
これは移転した日本が未知の病原菌の国内流入を恐れていることとは逆の出来事、つまり、移転した人間が大陸に進出した際、インフルエンザウイルスを持ち込んだ場合、彼らが大打撃、下手をすれば、死に絶えてしまう可能性があるとされた。これが病原菌の流入と同じく、流出にも注意が配られ、大陸への進出には細心の注意を払うこととされた理由であった。
つまり、この遭遇と襲撃、撃退において日本が得た住人に対する情報というのは限りなく大きいものであったといえる。つまり、このときに確保された一七人の遺体が日本に与えた影響はそれほど大きいものであったようだった。そして、負傷者に対する治療もある条件が課せられることとなった。特に、抗生物質においては、日本で使用しているものの使用は移転者に制限されたのである。現地住民に最初に使用された抗生物質は移転前の歴史と同じく、ペニシリンであったという。
中隊が到着したことで、警戒任務に就けると考えていた今村は、それを許されず、簡易審問を受け、住民との対話を命じられることとなった。山下にとっては、襲撃される可能性があることのほうが問題であり、そちらに重点を置きたかったのだと思われた。しかし、彼の心の中には、現地人との接触は極力避けたい、という気持ちが強かったことを今村は後に知ることとなった。そうして、今村は調査団本部にまで挙げられる詳細な報告書を作成することを命じられたのである。
その報告書の中には、彼自身がすすんで食した現地の料理についても含まれていた。一つには姉を助けてくれたお礼として、アメリアが何かと彼に提供していたからに他ならない。また、今村自身、日本軍の標準レーションに飽きていたこともその理由であった。とにもかくにも、この地で何が食用であり、何が食用に向かないのか、という報告書は調査団にとって貴重な研究材料とされた。これが、後にウェーダン復興の礎となり、日本にとっては最良の食料供給地となりえた要因であった。
これが彼の運命を変える出来事であったかもしれない。しかし、当時の彼にとっては知る由もなかった。こうして、日本は最初に出会ったこの世界での住民との対話が成り立ち、この世界についての情報の多くを得ることが出来たのである。しかし、逆に言えば、日本国内の人種問題を発現させる結果ともなってしまう。
未知の病原菌流入もさることながら流出まで気が回るかといえばそうはならないだろう、としかいいようがないです。文中の抗生物質に関しては、耐性菌の出現を恐れたためとご理解ください。