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南へ

 二月二日、トルシャール人勢力と接触を果たすこととなり、北にある彼らの根拠地へと向かうこととなった。そこはラーシア海に面した半島とも言える地域であった。日本で言えば、房総半島に近く、その内側には東京湾よりも遥かに小さい湾が形成されていた。しかし、それなりに開発はされており、この世界では初めて目にする港湾設備があった。とはいえ、日本で言えば、中規模の漁港という程度である。


 つまり、グルシャ人に追われた彼らはこの半島に逃げ込み、大陸部と繋がる五〇kmほどの最狭部で戦いを挑んでいたということであろう。それが、グルシャの攻勢がなくなり、長くその地域を移住地として開発が進められた結果、現在の状況が完成したということになるのだろう。そうして、彼らはかっての祖国であった内陸部に進出することなく、ここに留まっていたのだろう。それが一二〇年前の出来事であったという。


 それが、ここ十数年で人口が増加し、これら地域だけでは食料自給ができなくなったため、徐々に南へ、内陸部へと進出を始めていたという。しかし、かっては彼らを追い詰めたグルシャ人の姿はなく、荒涼とした大地が広がるだけであった。さらに、多くの兵を偵察に出した結果、かってはウゼル王国やキリール国まで、大陸東部を繋ぐ交易の中心地であったリーフの街、ここから二〇〇km南にある、にグルシャ人が多数住んでいることが確認されていたという。しかし、彼らはかってのグルシャ人、そのすべてが軍人であった、とは異なり、民間人のように思え、自らの移住地から外に出ることはあまりないという。


 以後も偵察は続けられたが、グルシャ人の姿は確認できるものの、強大な軍事力を誇り、侵略に明け暮れていたグルシャ人とは到底思えない、そういう人間が多数存在していたのである。そうして、反攻準備を進めていたところに、ラーシア海で日本海軍の調査船と遭遇、先に述べたような事態に至ったわけであった。当初、彼らは日本海軍の船をグルシャ人のものと判断したという。


 これらの話しを聞いて、今村は首を傾げる。なぜなら、彼の聞いているグルシャ人とは、侵略者であり、虐殺者であったからである。過去はともかく、現在は侵略を受けることはなく、自らの居住地を守るために武力を行使するが、それ以外では武力を行使することはない、そのように受け取れるからである。このとき、今村は北トルシャールの情報をそのまま信じることに危惧感を抱いたといえる。つまり、独自の情報、最新の情報を得る必要性を感じていたといえる。


「私はそう思うが、諸君はどう思うかな。率直な意見を聞きたい」その夜、第一連隊の参謀および各大隊指揮官だけで行われた会議で、今村は問うた。

「おかしいですよ。本国から回ってきた情報によれば、侵略は今も受けている、そういうことでした」参謀の大牟田大尉が答える。

「私も同感です。先ほどの話しからすれば、最近は侵略を受けていない、そう感じました」第一大隊長の安西中尉が続いていう。

「どうも、本国からの情報は正確さに欠けるようです。接触した海軍さんがどこまで踏み込んで得たものか」参謀の室田大尉がいう。

「私としては件のグルシャ人との接触と情報入手が必要だと考えている。われわれがどう動くかの決断はそれからだろう、そう考えている」

「連隊長、それでは本国からの指令を果たせないのではありませんか?」第四大隊長の長浜恒夫中尉が発言する。

「長浜中尉、たしかにそうなるかもしれない。しかし、誤った情報では部隊に被害が出る可能性がある。私としては部隊の安全を優先したい」

「そうですね。結果として戦闘が避けられれば、それに越したことはありませんし」第三大隊長の福田隆一中尉がいう。

「とはいえ、本国の指令をまったく無視するのも問題があるのではないでしょうか?」第二大隊長の神田良治中尉が続ける。

「本国の指令は無視することにはならない。結果としてそうなっていればいいのだと考えている。現在はこの地域の元の所有者であるトルシャール人が北に、グルシャ人が南にいる状態だろう。これが住み分けになっているが、トルシャール人が南に向かえば、戦闘は必ず起きるだろう。後の対応を間違えれば後々に問題が発生することになる。それだけは避けたい」

「そうですね。国内に異民族が多数存在すれば、移転前のアフリカや東欧のように内戦状態にいたる可能性もある。そうなれば、本国の指令は達成したことにはならないでしょう」と安西。

「同感だ。そこで一個中隊を偵察に出し、可能なら接触させることにしたいが、異議のあるものはいるか?」


 結局、今村の意見が通り、第一大隊から一個中隊、木村少尉の部隊を偵察に出すこととなった。むろん、直属の上司である安部師団長に報告し、同意を得る。本国には安部あるいは佐藤から報告されることとなった。実のところ、第一連隊には本国からの派遣員が存在しないため、そうならざるを得ないのである。海軍が港にいれば、海軍を通して、ということになるだろうが、現実にいないため、そうならざるを得ない。


 偵察を出した後もトルシャールからの情報収集は続く。さらに、名目上は指揮下にあるキリールからの義勇兵にも意見を求める。こちらも、平和的にできるならそのほうがいいということであった。彼らは、もともとが異国生まれの異国育ちであるから、北トルシャールの住民たちとは異なる意見を有していたといえるだろう。むろん、キリールという理解ある国に住んでいたこともその原因であろうと思われた。もっとも、彼らとて、完全に同化しているわけではなく、キリール国内でも数箇所に分散してかたまっているわけで、いわゆる住み分けを経験していた。


 少なくとも、キリール国に住んでいたトルシャール人とこの地に住んでいるトルシャール人との間に、考え方の相違が芽生えていることは確実であり、それは生活、あるいは教育のなせる結果であろうと思われた。結局、住環境による考え方の相違は現在の日本での在日外国人にも見られることで、古くから日本に住んでいる華僑といわれる人々と赤い大国の住人との間に若干なりとも考え方が異なるのと同じであったかもしれない。当然として、その他の外国人においても同様であっただろう。ここでいうのは、日本生まれの日本育ちという意味であって、もの心がついてから移住してきた人々ではない。


 そうして、一週間後、偵察に出た部隊からの連絡が入る。結果は今村の予想を裏付けるものであった。少なくとも、彼らは平和的にというよりも対話で解決しようという意思が感じられるという。さらに、グルシャは二〇年前に本国で内乱が発生、トルシャールの地にあったグルシャ軍は本国から見捨てられたままであり、南のセランとの境界線を守ってはいるが、旧トルシャールの地を征服するだけの兵力はないという。つまり、いまや彼らが取り残されたこの地を守っていることになるのである。それも多大な損害を出してのものであるという。


 この地のグルシャ人には四〇歳以上の男性が多く、それ以下の年齢のものは軒並み兵役についているというのである。使用する武器の多くも、トルシャール人の残していた工業施設を使用してのものであり、グルシャからは完全に切り離された状態であるというのである。なぜか原因は不明であるが、本国との連絡が一切途絶え、彼らも流浪の民といえたのである。その情報の中の、数年前までは一五○○万を数えた人口がいまや一/三にまで減少している、という事態が今村の考えを決めることとなった。


 その三日後、今村率いる第一連隊およびトルシャール義勇軍は一路南へと向かっていた。そうして、ファウロスに在る安部も更なる補給手段を講じていた。それは可能な限りの鉄道網を利用し、そこから先は陸路を遮二無二西へと向かうものであった。本国からの補給は既にファウロスに備蓄されており、今村の要求には十分こたえられるものであった。そうして、一〇日間で約一〇○○kmを走破した部隊、むろん、第一連隊だけであった、がセランとの境界線まで五〇kmの地点で最後の補給を受け、いよいよ境界線に突入したのである。


 出発前には、北トルシャール人勢力との対談で、ある程度の情報を公開し、在グルシャ人たちとの戦闘は無用であることを伝えていたが、どこまで守られるかは不明であった。そこで、今村は三ヶ月はグルシャ人を攻撃しないよう、約定を取り付けていた。こうすれば、少なくとも後方でグルシャ人対トルシャール人の戦闘は控えることができるだろう、そう考えたのである。むろん、トルシャール人たちがどこまで守るかは判らないため、その約定を全面的に信用したわけではなく、部隊のいくつかを警戒に当たらせている。


 当然、後方はがら空きとなり、グルシャ人に攻撃される可能性があったが、そこは遅れてくるトルシャール義勇兵を配置、不意打ちだけは受けることのないようにしていた。今村がこれほど部隊を急がせたのは、航空偵察、例によってC-130による結果、かのセランとの境界線が崩壊寸前である、との報がもたらされたからに他ならない。それによれば、セラン側後方には三〇万にもおよぶ部隊が接近しており、境界線で睨み合っている五万とあわせて三五万の兵力に対して、グルシャ側が約一〇万の兵力しかないと思われたからである。


 しかし、三〇〇〇人で一〇〇倍以上の軍勢にたち向かうにはあまりにも戦力差がありすぎ、トルシャール義勇兵を入れても一〇倍の敵に立ち向かうにはあまりにも無謀といえた。ではあったが、今村には勝算があった。それは、F-15DJ<イーグル>による航空支援であった。事実、ルーサの空軍基地には、<イーグル>が四機、爆弾など必要物資とともに到着していたのである。先に配備されたF/A-4では航続距離が足りないための処置であった。


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