王都へ
早く書けたので更新します。プロットでは一〇〇話超えるくらいまでになりそうです。
武器の技術的格差は時として残酷な結果をもたらす。特に、技術に優れた方が積極的に対応すれば、結果はおのずと見えてくる。むろん、技術に優れていても、対応を誤っていればその限りではない。そして、ここで今村は誤った対応をすることはなく、最善と思われる対応を行った。その結果が目の前に広がっていた。
距離八〇〇mで十字砲火と<ペイブロウ>による銃撃であった。このとき、展開する日本軍が使用したのはミニミ分隊支援火器と<ペイブロウ>に搭載のミニガンである。ミニミ分隊支援火器は五.五六mm、ミニガンは七.六二mm口径弾とそれほど大きいものではない。対して、相手が使用したのはゴーゼス少佐によれば、七.七mm口径であり、小銃と機関銃の二種類の銃器であり、ウゼルでは標準的な歩兵用銃火器であった。
今村たちの目の前には、機関銃による支援のもと、突撃してきた歩兵および騎兵が倒れていた。ミニガンを使用したことで、遺体の損傷は激しいものがあった。その数約四〇〇〇、残る約六〇〇〇のうち、約五五〇〇が包囲され、降伏し、現場を離脱して逃亡したのは五〇〇以下と見られていた。逃亡したのはラーム教騎士団がそのほとんどを占めていたため、今村は追跡を認めなかった。今村を含めた日本軍兵士には勝利の笑顔はなく、ただ、暗鬱な表情があるのみだった。いくら自らの身を守るためとはいえ、単なる殺戮に近い戦いであり、誰もが暗く沈んだ表情を浮かべていた。
対して、ルース皇太子やゴーゼス少佐を含めたウゼル側の人間、特に軍人は驚愕の表情のみを浮かべているだけであった。彼らはこの戦いが短時間で終わるとは考えてもいなかったのだろう。そうして、自分たちも戦いに加わることを考えていたはずである。それが約三〇分、それで決着がついたこと、守備側に一人の被害も出ていなかったことに驚愕し、声も出せなかったのである。
「ゴーゼス少佐、お願いがあります。倒れている兵たちの確認と生存者の救助をお願いします。われわれ日本軍が動けば、生きているものたちは死を選ぶやもしれません。軍医と衛生兵がいますのでお手伝いさせます。われわれは死者を埋葬する準備をします。ただし、捕虜の警護についてはわれわれが行いますので、貴官らは近づかないようされたい。皇太子においてはここでは環境が悪いので、もう少し北より、あるいはサーラでお話ししたいと思います。むろん、カーゼル伯にも同席していただきます」
「良かろう、部下にいっておく。皇太子の護衛として私も同席させていただくが、よろしいか?」
「かまいませんよ、もちろん」そうして二人はそれぞれの部下に指示を出す。降伏したものにも埋葬の準備を手伝わせることとした。これはハーグ国際条約に違反しているが、それほど埋葬者が多かったのである。
サーラの集落のはずれ、国境の川に近い場所に日本軍駐留のための隊舎、といえば聞こえはいいが、単なる倉庫を改装した建物、その中の会議室に三人を案内し、腰を落ち着ける。本来は大隊本部となっていたため、設備はそれほど整ってはいないが、必要不可欠な設備は整えられていた。当然として、連隊本部付き兵により、対談の準備は整えられており、今村以外に連隊参謀の二人が同席する。
「皇太子をお迎えするのにこのような会議室で申し訳ないですが、少なくとも外部と遮断されているという点ではふさわしいかと思います」
「いいえ、お気遣いなく。今の私は逃亡の身ですから」
「お飲み物はいかがです?紅茶でもコーヒーでも緑茶でもお出しでできますが?」
「では、紅茶をお願いします」
「わかりました」
従兵に六人分の紅茶を持ってくるようにいい、参謀の大牟田次郎大尉に日本周辺地図を持ってこさせる。今村は限定されているとはいえ、日本についての情報を公開するつもりであった。ここはぜひとも、ウゼル王国からラーム教を駆逐してもらわねばならないし、今回はめったにないチャンスだと判断したからに他ならない。従兵が運んできた紅茶、むろん、陶磁器のカップなどではなく、紙コップであった、を誰よりも早く一口飲んでから話しを始める。本来であれば、王族よりも先に口をつけることなど礼儀に反していると思うが、毒見の役目を果たすためには仕方がないことだと判断してのものであった。
「これはわれわれが作成した地図の一部で、この辺を書いてあるものです。波実来がここで、日本はここになります」地図を指で指して言葉を発した。
「かなり離れたところにあるのですね。それに予想したよりも小さい」地図、A-3サイズの地図を覗き込むようにして見ていた皇太子がいう。
「そうですね。それでも九〇〇〇万人が住んでいます。われわれは鉄や石油、石炭などの資源を求めてこの大陸に渡ってきました。最初に上陸した波実来で求めている資源のいくつかを得ることができ、今では多くの民が移住しています」
「どうやってこの海を渡るのです?」
「もちろん、船で渡りますが、今では飛行機でも渡ることができます。カーゼル伯」
「飛行機?」
「ええ、空を飛ぶ乗り物です」
「さっきも飛んでいたあれかね?」
「あれはヘリコプターといい、海を渡る飛行機とは違います」
この世界ではこれまで飛行機の類は見たこともなく、概念すらなかった。自動車については、部分的に知られているようにも思えたが、実用化はされていないようであった。だから、燃える水、石油もほとんど知られてはいない。鉄道すら走っていないため、科学技術レベルはかなり遅れているといえた。それでも、石炭を用いた火力発電など部分的に進んでいる面もあるのはこれまでと同じであった。
「今村殿、貴官は今後はどうされるおつもりかな?わが王都コーラムまで進撃するおつもりかな?」ゴーゼス少佐が挑むような目つきで今村を見ながらいった。
「いいえ、われわれがサーラにいたのは、お国の民がキリール領へ侵入しないようにするためでした。貴官が彼らをまとめ、越境させないと約束するなら、遠からずのうちにわれわれは監視の兵のみ残して引き上げるでしょう」
「つまり、あれだけの戦力を持ちながらわが国を占領しないと言うのかね?」
「もちろんです。ゴーゼス少佐。ただし、先ほどもいったように、お国がラーム教勢力を駆逐すれば、ということです。仮にそれができずにいた場合、われわれはキリール国を守るために侵攻する可能性があるでしょう」
「今村殿、先ほどはラーム教を駆逐するために力をお貸しいただけると伺ったが、それは今も変わりませんか?」
「ええ、変わりません、皇太子」
「父は、王は私を逃がすために少数の手のものと西へ向かいましたが、追っ手がわれわれに迫ったということは父が捕らえられた可能性があります」
「なるほど。それでこれからどうなさるおつもりでしたか?」
「北の太守に叔父、父の末弟がいますので、父を助けるための力を借りるつもりでした。ですが、時間もかかるし、多くの民を巻き込むことになるでしょう。それなら、いっそ今村殿の力をお借りしたいと考えています」
「皇太子殿下、それはなりません!」カーゼル伯が大声を上げる。
「いいのだカーゼル伯、先ほどの戦いを見たであろう。あれだけの力があれば、父を助け出し、オース叔父ともどもラーム教勢力を駆逐することができると思うのだ!」
「しかし、殿下、もし、今村殿がとんでもない要求をしてきたらどうするのです?たとえば、国の一部を遣せなどいったら?」
「カーゼル伯、それは失礼であろう。だからこそ、今話しておるのだ!」
「お二人とも落ち着いてください。私自身は力をお貸しすることには異論はありませんが、まずは、波実来とウェーダン国の首都ファウロス、キリール国の首都ルーサの映像があります。それをご覧ください。お話しはそれからでもよろしいでしょう」そういって別の参謀、室田昭一大尉に合図を送る。
部屋が暗くなり、一方の壁に映像が表示された。パソコンに繋いだプロジェクターによる、最新の映像であった。むろん、このために用意したものではなく、僻地にある将兵の心を癒す目的のために毎週配布されるものであった。本来なら、日本本土の映像も含まれているのだが、今回はその部分を省き、波実来からこちらの映像だけにしていた。それでも、旅客機や大型船舶、軍用機、ビルなどが映っている。特に波実来の夜景が写っていることが今村にこれを見せる決心をさせたといえる。
映像が終わり、部屋が明るくなっても、三人は愕然とした表情を浮かべ、しばらくは言葉を発することはなかった。それはそうであろう。このような映像は初めて見るであろうし、波実来の映像には工事中の高層ビル、といっても一〇階建てであった、や巨大な港湾施設、五万トンクラスの貨物船、旅客機の発着、鉄道が映っていたからである。ファウロスにおいてもビルは除いてそれなりの規模の港湾施設、飛行艇の離水、鉄道の光景が映っていた。キリールのルーサ近郊においては鉄道とそれにつれて発達している街が映っていた。
「もちろん、多くが日本の技術で建設されています。映像にはありませんでしたが、ウェーダンからは鉄鉱石などの資源が提供されていますし、キリールからは金やプラチナなどが提供されています。日本国は占領政策など行いません。例外があるとすれば、何度も申し上げているように、敵対勢力が存在する場合のみです」
「凄い!わが国とたいして変わらなかったキリール王国があのような発展を見せているとは・・・・」今村の声に我に返ったようにカーゼル伯がいう。
「いずれにしても、決断されるのは貴方がた自身です。われわれは協力は惜しまないでしょう。軍人である私ではなく、政府の役人との会談を望まれるなら時間はかかりますが、機会を設けましょう」
「日本はわが国に何を望んでいるのです?」
「皇太子、難民から聞いたのですが、貴国では鉄より硬い金属が取れるそうですね?そういった資源を提供していただけるなら政府も協力は惜しまないでしょう」
結局、皇太子が役人との対談、当然として沢木のことである、を望んだため、今村は大牟田をルーサに遣わし、これまでのいきさつを説明させることとした。むろん、今村自身も沢木に一報入れ、ファウロスの佐藤や上司たる安部にも報告している。安部には必要であれば、第一連隊を動かす許可を申請し、佐藤には沢木にすべてを任せることを報告していた。安部からは連隊投入の許可を、佐藤からは沢木に同席して対応すべし、との返事が来ていた。そもそも、今村が佐藤に連絡を取るというのは組織上おかしいのであるが、もともとが佐藤直属の部隊として動いていたということもあり、安部から一報入れて置くように言われたのである。
皇太子を含むウゼル側の人間は今村のサーラに滞在するようにという勧めを断り、難民キャンプに戻り、そこで一夜を明かすという。今村がサーラでの滞在を勧めたのは捕虜となった敵兵力が存在したからであったが、皇太子はそれを断り、自ら彼らに対処するという。つまり、自分の味方につけようというのである。そのあたりに、今村は彼の有能さを垣間見る思いであった、と会談後に沢木に話している。
翌日行われた沢木とルース皇太子との会談でも、今村が語ったのと同様のことが話し合われた。ただし、さすがというべきか、今村以上にルース皇太子を納得させるような会談であった。同席していた今村は改めて、沢木の凄さを思い知ることとなったのだった。
ともあれ、結果として今村は第一連隊を率いてウゼル王国の王都コーラムへと向かうこととなった。サーラから距離にして約四〇〇km、ルーサからは約五〇〇km西に在る都へと向かうこととなった。第一連隊三〇〇〇人を動かすのは大げさだと思われたが、皇太子によれば、王都周辺一〇〇kmの範囲が既にラーム教の勢力下にあるということで、念のため、という感が強い。
新世紀三年九月一一日、今村は連隊本部とともに、陸路での移動を開始したのである。先発隊として第四大隊隷下の一個中隊が斥候として出発している。彼らの任務は情報収集も含むが、それ以外にも、特殊任務が与えられていた。さらに、飛行大隊の<ペイブロウ>が空中偵察として出発していた。今村自身、連隊規模の軍を指揮するのはこれが初めてとなる。連隊長とはいえ、これまですべての部隊を投入した戦いは行われていないからである。