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皇太子との対話

 今村の前に現れたその集団は二/三が軍人と思われるグループで、残りは民間人のように思えた。三台の馬車と一〇〇ほどの騎兵を除けば徒歩であった。その三台の馬車のうちの一台、本来であれば、豪華な装飾が施されていたであろうが、いまはその装飾がすべて剥ぎ取られた黒一色の地味な馬車から一〇代前半と思われる少年と二〇代後半の目の鋭い男、そして、三〇代後半と思われる男が降り立った。二〇代の男が少年を庇うように立ち、今村を睨みつけている。


「ようこそ、日本軍サーラ駐留軍陣地へ、私が指揮官の今村です」庇い立つ男から少し位置をずらし、少年に自らの姿が見えるように立って声をかける。

「ウゼル王国国王嫡男、ルースといいます。受け入れていただき、感謝いたします」一瞬、今村を見つめた後、庇う男の後ろから姿を現して少年が答えた。二人の男が声を発しようとしたが、右手を振り上げることでそれを押さえての発言だった。

「いえいえ、ご無事で何よりです。手紙の通り、皇太子の身の安全は私が保証いたします。しばらくはここに滞在なされるのがよろしいかと思います」

「貴官らはウゼル王国領土を侵している。なぜならサーラはあの川向こうのはずだ。それについて謝罪すべきではないか」少年、ルース皇太子を庇い立ちしていた男が言葉も荒々しく答える。その右腕は腰に吊るしたホルスターに伸びている。

「貴官は?」慌てず今村が問う。

「皇太子親衛隊隊長のゴーゼスだ」その男の襟には今村と似たような襟章が付いており、それによれば、少佐と思われる。

「ゴーゼス少佐、貴官はあそこに住む民衆を見捨て置けというのか?我らとて、好き好んで領土を侵したわけではない。それとも、貴官らが引き継いでくれるというのなら今すぐ引き上げても良いが?」今村はもっとも陣地に近いテント群を指し示していう。どうやら少佐で間違いがないようであった。

「今村殿、ゴーゼスの失礼は私が謝罪いたします。わが国の民衆を守るために越境されたとのこと、重ねて感謝いたします」慌てて皇太子が言葉を繋ぐ。

「いずれにしても、このままではお国が荒れるがままでしょう。何か対策は考えておられますか?もし、必要ならわが軍がお力添えできますが?」

「残念ながら、今の私には決定権がありません。父がすべてを判断するでしょう。叔父上をどうこうする権利は私にはありません」

「わが日本国としては友邦国であるキリールに害が及ばなければそれでよいのです。しかし、お国がラーム教によって支配されるということはキリールにも害が及ぶことを意味します。そうなった場合、わが日本国は全力を挙げてウゼルに攻め込むことになるでしょう」

「日本国とおっしゃられましたな?かような国の名は聞いたことがないのですが、どちらにあられるのですかな?」初めて三人目の男が口を開く。おそらく、皇太子の侍従係であろうと思われる三〇代後半の男だった。

「貴方は?」

「私は皇太子の侍従長を務めるカーゼルといいます。お見知りおきくださるよう」

「今村殿、カーゼル伯爵は私の教育係でもあるのです」皇太子が口ぞえする。

「カーゼル伯、わが日本国はこのシナーイ大陸の東に浮かぶ島国です。訳あって一部の民が大陸に進出しました。ウェーダンやキリールとは不幸にも戦争状態に至りましたが、現在は友邦国となっています。特に、わが国はラーム教のような支配的宗教は看過できません」

「ウェーダンはシナーイ帝国に占領されたと聞く。キリールでも内戦が発生したとの情報を得ていましたが?」

「その通りです。ウェーダンはシナーイ帝国から開放され、新たな国作りに入っています。キリールはお国と同じく、皇太子がラーム教の司祭に操られ、反乱を起こしたようです。わが軍が王都を占領して解決し、現在は新たな体制の元、再建の途中です」

「王都を占領したですと?」

「ええ、私が指揮を執りました。今は立憲君主制議会国家に移行していますよ。もちろん、王も皇女も健在です。もっとも、政治に直接に関与することはありませんが」

「馬鹿な!それでは王の権限はまったくないではないか!」

「カーゼル伯、絶対王政が必ずしも良いとはいえないのではありませんか?キリール王もそれが判っていたからこそ、決断されたのでしょう。わが日本国では後継者争いや反乱は起きません」

「信じられん!」

「お国が落ち着けば、いずれ、キリール国との関係修復も可能でしょう。そのときに自らの目で確かめられることをお勧めします」

「今村殿、貴方はわが国の占領を考えておられるのでしょうか?」これまで黙って話を聞いていた皇太子がいう。それに、他の二人も驚愕の表情を浮かべる。

「いいえ、皇太子、お国がラーム教に支配されない限りは絶対にありません。キリール国と敵対しようともです。ただし、キリール国に侵略しようとするなら全力で阻止しますし、結果として、その可能性もあるかも知れません」

「それを信用できればいいのですが、私にはその確信が持てないのです」

「今は何を言っても信じてもらえないかも知れません。私の行動で判断していただくしかないでしょう。お国がラーム教勢力を駆逐し、その上で望まれるなら、波実来においでいただいて、わが国を知ってもらうのがいいでしょう」

「パーミラ?たしか、東の果ての砂漠地だと聞いたことがありますが」

「今はそうではありません。わが日本国の領土です。ウェーダンやキリールも認めてくれています。日本本国には劣りますが、既に日本と同様に開拓されています」

「ぜひ、、見てみたいです」

「とにかく、私は皇太子の身の安全は保証するといいました。そして、この先の戦いにおいても力をお貸しできるといいました。むろん、無理にとはいいません。まず、ここでの私の行動を見て判断していただければ、と思います」


 結局のところ、事前に情報を得ていない相手と平和的に接触することはまずないといえた。その上、言葉が通じなければ、なおさらであろうと思われる。今回は彼らに事前にある程度の情報を知らせることができたこと、難民の中から仲介者を得ることができたこと、彼ら以上に進んだ科学技術を見せていたことが平和的に接触できた理由だと思われた。少なくとも、難民に接していなければ、このような対話は成り立たなかったと思われた。


 そのとき、三人と対話を続けていた今村のそばに携帯無線機を持った通信兵の井沢譲二一等兵が近寄ってきた。右腕には八九式自動小銃を持ち、左腕には背中の無線機から伸びる送受話器を持っていた。今回、今村は直接指揮を執ることはなく、それぞれ大隊長にすべてを任せている。


「連隊長、第一一大隊の安西中尉からです」そういって送受話器を差し出す。


 その言葉に皇太子を含めた三人は驚きの表情を浮かべる。彼らは今村を中隊長くらいにしか思っていなかったのであろう。実際、今村は二五歳であり、外見はそれなりに見えるが、彼らからすればもう少し若く見えていたのかもしれない。


「今村だ。どうした?」

「例の集団から皇太子を引き渡せ、でなければ攻撃する、といってきました。しかし、拒否しました。いま少し後方に下がられるよう具申いたします」

「そうか、敵兵力は?」

「野砲の類はありません。おおよそ一万、一kmほど南に布陣しており、何基か機関銃、おそらく軽機関銃と思われます、を確認しました。その位置ですと流れ弾が届く可能性があります」

「わかった。打ち合わせ通り対応してくれ。オーバー」無線機を井沢に返してから皇太子にいう。

「皇太子、彼らは貴方を引き渡すよう要求してきたようです。拒絶しましたので攻撃を受ける可能性があります。皆さんともどももう少し下がる必要があります。あの橋の近くまで移動してください」


 その後、約三〇〇〇人が北東に移動することとなった。そこには、仮設橋がかけられており、今村たちはそれを利用してこちら側に移動したのである。本来は石造りの橋が少し北に架かっていたが、今は橋桁のみしか残っておらず、その上に乱暴に丸太が渡されているだけであった。キリールとウゼルの関係が悪化した頃、かなり以前になると思われるが破壊されたという。


 当然として、この難民キャンプというべき箇所を含めて遮るものはないので、例の集団からも皇太子の姿は見えるはずだった。今村は念のために幌を端に寄せたトラックの影に皇太子を導く。トラックの荷台には一二.七mm重機関銃が搭載されており、万一に備えていた。仮に陣地を突破しても、六台のトラックと四台の高機動車が難民キャンプを囲むように半円形に配置され、それぞれに車載の重機関銃があるから近づくことすら不可能なはずであった。


「今村殿、見たところ、貴官の軍勢は一〇〇〇人に満たないと思うが、あやつらは一万を数えている。対応できるのでしょうな?」ゴーゼス少佐が問う。

「ほう。見えるのは五〇〇人ほどですが、森の軍勢に気づいておられたようですね、ゴーゼス少佐」

「私とて軍人だ。首都の近衛師団の中隊長を拝命したこともあるのだ、なめてもらっては困る!」

「なるほど、ですが、私は皇太子に身の安全は保障すると約束した。それは実行する自信があるからこそいえることです。まあ、見ていてください」


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