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緊張

 キリールとウゼルの国境、特にサーラでは戦火を逃れて難民が終結しつつあった。その数は既に五〇〇〇人を超えていた。現地に展開する第一一大隊からの報告にも緊張感が感じられるものであった。今村としても事態を重く見る必要があり、ルーサ駐留空軍基地に連絡をいれ、航空偵察を要請せざるを得なかった。さらに言えば、F/A-4による偵察ではなく、C-130による偵察を要請した。これには理由があり、航続距離の関係上、現場空域における滞空時間が関係しているからであった。


 このサーラ近郊の地形はほぼ平原であるが、この辺り以外は小高い丘の連なり、あるいは深い森林に覆われており、唯一、両国間の国境で障害のない地域といえた。かって両国間が友好的であった頃は人の往来が盛んであり、サーラは中継地として栄えていたといわれる。しかし、ここ十数年は両国間の関係が悪化、人の往来は途絶していた。さらに、国境は封鎖され、この地は寂れていた。


 キリール国内が内乱状態に至った頃もこの地に約一〇〇〇人の守備兵が配備されていたが、現在は第一一大隊のみが駐留していた。難民が国境を越えないのは、見慣れぬ国旗、日章旗が掲揚されている、軍勢が展開していたからであろうと思われた。それに、馬がまったくおらず、見慣れぬ高機動車、トラックなどが存在したからだろう。そうでなければ、とっくに国境を越えていたと思われた。


 八月二〇日、○八三○時、ルーサを飛び立ったC-130輸送機はサーラ周辺およびウゼル側五〇kmまで進出、滞空して状況確認を行っていた。もちろん、偵察専用機ではないため、ビデオ撮影および肉眼での観測とならざるえなかった。もっとも、この世界では未だ航空機が確認されていないこともあり、十分な情報は得られるといえた。結果として、サーラの西南三〇km地点に約一万人からなる部隊が東北、サーラに向かう三〇〇〇ほどの集団を追いかけて迫っていることが判明したのである。


 これをルーサ駐留空軍司令部から直接聞いた今村は、ルーサに滞在している沢木恵理子領事官、ファウロスに在る佐藤の部下、と協議すべく日本領事館へと向かった。


「つまり、その一万ほどの軍勢がサーラ近郊の難民たちをも襲う可能性があると少佐はおっしゃるのですね?」報告した今村に沢木領事官はそういった。

「ええ、追ってくる一万の軍勢はサーラ近郊に難民が集結していることを知らないかもしれませんが、もし、確認すれば、その可能性は高いでしょう」

「そうですか。それで少佐の考えは?」二七歳という若さでファウロスに在る佐藤に次ぐ地位にある沢木はその面長の顔の表情を変えることなく今村に問う。

「接触までまだ少し時間がありますので、できれば、キリール領内に一時的に受け入れたいと考えています。話し合いで済むかどうかわかりませんが、解決次第、元の位置に戻すつもりです。それが難しければ、部隊をウゼル領内に進出させたい、そう考えています。この場合、戦闘に至る可能性が高くなります」今村のその言葉を聞いて初めて沢木はその表情を険しくしていった。

「部隊を前面に出すのは許可できません。かといって受け入れるにはキリール側との協議が必要です。時間がかかるでしょうね」

「ですが、先ほども話しましたように、追っ手から逃げている集団の中に現王の息子、皇太子がいる可能性があります。接触しているわけではありませんので未確認ですが、おそらく現王とはぐれたものと思われます。いま、部下をサーラに派遣して確認させているところです」

「確認?つまり、難民との更なる接触を許可した、そういうことですか?」

「はい、領事官に話していては手遅れになる可能性があると判断しました」

「なるほどね。佐藤さんが貴方を信頼していた理由がわかりました。もし、皇太子だとしたらどうするのか教えてほしいわね」

「追っ手を駆逐するか撃滅します。追っ手の中にこれまで幾度と見てきた集団、ラーム教騎士団が含まれているのは確認されているので、問題はないはずです。それに、皇太子と接触を持つことで、ウゼル王国との政治的接触が可能になるでしょう。仮に皇太子でなくとも、今後のウゼルとの対話が進めやすくなると思います」


 この航空偵察において、ビデオの撮影とともに、超指向性マイクロフォンを使用した音声収集も試みられていたのだが、その中に、皇太子、という単語が幾度か混じっているのが確認されていたのである。また、追いかけている集団にはあのラーム教騎士団の姿が確認されていた。それを確認した今村が強攻策、部隊の進出と追っ手の撃滅を考えたといえる。


「わかりました。少佐のやりやすいように行動してください。現地へ向かうのでしょう?」

「はい、部下に責任を押し付けるわけにはいきませんので」

「そうですか。キリール側へと佐藤さんへの報告は私からしておきます。安部さんにも私から一報入れておきましょう」

「ありがとうございます。では、私はすぐに出発します」今村は敬礼をしてその場を離れた。


 沢木の元、王宮の隣にある元貴族の豪邸、今は日本領事館兼職員の住居となっている、を出た今村はすぐに行動に移った。第一一大隊にはすぐに行動に移るよう指示し、第一二大隊を陸路で向かわせるとともに自らを含めて連隊本部を空路でサーラに向かわせた。陸路では間に合わないかもしれないが、それでも部隊を派遣したのは念のためといえた。途中、安部師団長に報告、改めて行動の許可を得る。本来なら、独断横行というべきであろうが、安部も黙って、というよりもやれやれ、またか、という感じで許可を出した。


 ウェーダンやキリールでの行動を見ていた安部は全幅の信頼を今村に寄せており、それは波実来以来変わることはなかったといえる。同じことは佐藤にも言えた。沢木からの報告にただ一言、やつに任せておけ、そういっただけであったという。いずれにしても、今のシナーイ大陸東部の状況があるのは今村の手柄であると知っていたからであろうと思われた。


 このとき、今村がとったのは部隊のウゼル領への進出、であった。当初、考えていた難民の移動は難民の統制が取れておらず、パニックに陥った難民の移動がスムーズに行えない可能性があったからである。それならば、部隊を展開するほうがスムーズであり、時間も要しないと思われたからであった。結局、難民の集落、テント張りの地域、から二kmほど離れたところの丘と森林に陣地を構築させたのである。さらに、<ペイブロウ>による偵察を始めさせ、更なる情報収集を命じていた。


 逃げていた三〇〇〇人ほどの集団が航空機を見たことで方向を変えたことで、時間を稼ぐことができ、第一二大隊も到着し、万全の体制とはいえないまでも、一万人ほどの軍勢には十分な体勢を敷くことができた。さらに、難民の中にいた地方官使に要請してある文を書かせ、それを皇太子の元に届けさせることも行った。この頃には既にその中に皇太子がいることを確認していたためである。むろん、それに部隊を派遣することはなく、難民の中から有志を募って<ペイブロウ>によって送り届けた。これは、彼らが日本軍をすぐには信用しないだろうし、説明に要する時間を惜しんだからであった。


 ちなみに、その文面は次のようになっていた。「我、ウゼル王国難民を受け入れている日本軍である。君たちを受け入れる用意がある。身の安全は保障しよう」というものであった。結局のところ、どうしても不信感が拭えないであろうし、短期間で解決するための手段であった。その文面の下には難民たちの集落を写した写真が印刷されていた。そう、この難民たちには、日本軍からの食料、実はキリールから、が提供されており、良好な関係であったのである。


 件の地方官使、名をウリルスといった、が上手に対応したことにより、彼らはサーラに向かうこととなった。そして、それを支援するため、二個分隊が派遣されている。彼らは高機動車によって行動することとなった。三台の馬車と一〇〇ほどの騎馬を除けば、多くは徒歩であり、追跡者の騎馬による襲撃を警戒したからである。むろん、追っ手側も多くが徒歩であり、一〇〇〇近い騎馬があっただけである。彼らは皇太子の捕縛を目標としており、殺害が目的でなかったからこそ、これまで無事でいられたといえる。ちなみに、このウリルスは後に政府の対日外交を一手に引き受ける要職に就くこととなったといわれている。


 皇太子を含む三〇〇〇人が第一一および一二大隊の展開する地域の目前に迫った頃、追っ手も迫りつつあったといえる。その距離一○○○m、肉眼でも確認できるまでに近づいていた。彼らは迎えに出ていた一個中隊の日本軍を見て足を止めることとなった。皇太子ではなく、彼を護衛する部隊の長が躊躇したからであろうと思われた。しかし、後方から迫る部隊を振り返り、決断すると、今村が敷いた陣地の中に一気に進んできた。そこで、今村が彼らを迎える。


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