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国内安定化傾向

 新世紀二年一月二〇日、この日も東京の首相官邸で閣議が開かれていた。移転してからは定例ともなった週に一度の閣議であった。しかし、先週の暗い雰囲気はなく、南原総理を含めて多くの閣僚の表情は明るかった。


「では防衛大臣、キリール問題は無事解決したということですね?」

「はい、総理。講和において金および銀が指定量を無償で供与。以後は有償で入手できます」石波が答える。

「そうですか、いくら都市埋蔵量が多いとはいえ、それを再生するまでの費用は膨大なものになると考えていたから、やれやれですね」

「総理、そうはいってもことは簡単ではありません。輸送に関する問題が山積みです」伊藤が発言する。

「国交大臣、どういうことですか?」

「かの地には輸送手段といえば、馬車によるものしかありません。ウェーダンと同じく、鉄道は未発達です。さらに、内陸ですので海上輸送も不可能です」

「ウェーダンと同じようにラーシア海に面していたはずですが?」

「国土はそうですが、金銀が産出するのは王都といいましたか、その近郊であって、北の港町までは一〇〇〇kmもあります」

「そうか。結局、輸送が問題になるのですか」

「キリールの首都に民間人が行くには徒歩か馬車です。現地の軍指揮官からも鉄道の早期開通が望ましいとの連絡もあります」と石波。

「総理、パーミラからですと、件の指揮官が興味深い報告をしているそうです」大村が発言する。

「外務大臣、それはどういう内容です?」

「燐鉱石、燃える水、水晶などの産出もあると報告しております。いずれにしても、必要な資源であることは間違いありません」

「燃える水は石油の可能性が高いし、燐鉱石は肥料に欠かせません」鈴木がいう。

「経済産業大臣も同じ考えですか?」

「はい」

「つまり、このトレンセン経由のルーサまでの鉄道敷設工事の優先度が跳ね上がるわけですね」

「おっしゃるとおりです」

「必要であれば優先度をあげてください。そのために何か必要なものは?」

「技術者派遣でしょう。新しく志願者を募ることで対応したいですね」

「わかりました。会見で公表します」


 これまでパーミラやウェーダンで発見されなかった資源が入手できるということで閣僚たちの顔は明るい。水晶が出たということは、シリコンの原料となる鉱脈があるという可能性が高い。


「パーミラ以外の海外開拓はどうなっていますか?外務大臣」

「はい、半島は予定通りです。華南は少し遅れています。フィリピンやインドネシアは予定通り、グアムは順調ですが、ソロモンは若干遅れています。ロシア向けの北の大地はこの四月から本格的に開拓にはいります」と大村。

「複数民族が進出している地域での問題はないでしょうか?」

「海上保安隊からは特に何の連絡もありませんので発生していないと思われます」と石波。

「インドネシア北部がブラジル系、南部がインドネシアを含む東南アジア系でしょう。宗教的に東南アジアの多くはイスラム系で問題はないでしょう。民族対立については日本は関知しないことになっています」と大村。


 この頃、朝鮮半島には在日韓国・朝鮮人が、華南域には中国人、フィリピンにはフィリピン人が、インドネシア北部にはブラジル人を含む南米系が、南部にはタイを除く東南アジア系が、グアムには在日米軍を除くアメリカ人が、ソロモン諸島には英連邦系がそれぞれ開拓のために入植していた。ロシア系はこの年の春から開拓に入植する予定であった。各地に入植した人数が多くて六〇万人、少ないところでは五万人程度であるため、発電所などもそれほど大規模なものは建設されていない。例外として、グアムとソロモン諸島には規模が小さいものの原子力発電所が建設されていた。


 北を除けば、概ね暖かい地域であるため、冬の間も工事は継続されていた。これは各地とも当面の話しであって、将来的にはそれぞれの祖国のあった地域へと向かう可能性があった。特に、北米、南米、欧州が可能性が高かった。いずれにしても、五〇年、一〇〇年単位での時間を要することであった。アメリカ、英国などは日本人に対して移民を呼びかけているが、今のところ、応じるものはそれほど多くはない。


 もう一度重ねて言うが、これら開拓という名の移民において、日本政府は強要していない。あくまでも、開拓に行かれるのなら協力しますよ、援助しますよ、といったに過ぎない。実際に向かったのは彼らの意思である。最近の個々の日本人については、相手が何国人あっても、自己に何かを強要されない限りは差別することはない。しかし、相手が自らに害する場合は排除に動くという性質が強くなっている。


 そうして、彼らにとってショックを与えたのは、祖国が消失、あるいはこの世界に移転しなかった、ということにつぎる。特に、近隣に祖国と同じ地域が存在するなら、そこに行って見たいというのが韓国・朝鮮人や中国人に強かったといえる。対して、祖国まで遠い住民はそれほど騒ぐことはなかった。日本政府としては韓国・朝鮮人と中国人と在日米軍含む米国以外の人間が国外に出ると考えていなかったと思われる。それでも、出たいというのであれば、支援するしかないとの判断だろう。一時的な渡航の場合は現在も認められていない。


「とにかく、二度と日本に戻らない、という覚悟で出て行ったのだから、政府としても可能な限りの援助はしなければならない。国内に残っている他国人に日本は彼らを見捨てたのだ、といわれることだけは避けなければなりません」

「総理のおっしゃるとおりです。しかし、支援できるものとそうでないものがあります。特に食料は彼らが望むものは少ないでしょう」と西村。

「農水大臣、日本や中華系、東南アジア系は米があれば、短期間はなんとかなるとおもいます。小麦粉などはできるだけ彼らの支援に回します。もちろん、生産分をです。備蓄分には手をつけないで置くつもりです」

「はい」

「話しが変わりますが、キリールやウェーダンでの食料生産はどうなっていますか?」

「両国とも小麦を主食としているため、将来的には有望な食料供給地になると考えられますが、現時点ではそれほど収穫量は多くありません。今後、機械化を推進していけば、これまで以上の収穫が可能です。が、ここでも技術者が派遣できるかどうかが問題になります」

「なるほど、移転前のように海外協力隊制度を復活させるべきでしょうか?」

「ウェーダンはともかくとしてキリールは時期的に不可能でしょう。まだ外務省の人員の進出もなされてはいませんから」

「外務大臣、キリールで領事館機能が始動するのはいつごろになりますか?」

「早くて年末、遅ければ来年以降になります。ファウロスでも未だ不完全で少数の民間人の派遣は避けるべきでしょう」

「そうですか、できるだけ急いでいただきたい」

「はい」

「防衛大臣、ウェーダンと違ってキリールではシナーイを含めた隣国との関係が問題ですが、そのあたりはどうなっていますか?」

「現在、先の一個大隊が駐留しており、ある程度までは対応できます。今後は一個連隊規模の駐留を考えていますが、志願者の中にそれほど階級の高いものがおらず、指揮系統の問題があります」

「現在駐留中の部隊規模を大きくして指揮を執らせるのは?」

「ですが、階級の問題もありますので、難しいでしょう」

「パーミラは日本の国土とされましたから、そこまでは国内軍に命令による部隊派遣を実施しましょう。そこから先は有事扱いということで特別扱いすればいいのではありませんか?」

「わかりました。一度検討してみます」

「よろしく計ってください。それと海軍はどうなっていますか?」

「海軍は基本的に艦艇での任務になりますので、志願者ではなく、国内軍の命令によって部隊を派遣しています。必要物資は補給艦や輸送艦を用いての輸送ですので、なんら問題はありません」

「グアムは良いとして他の地域では問題が発生した場合、陸戦も避けられないのでは?」

「現状では特に問題は発生していませんが、今後のためにも即応陸軍部隊を編成すべきかもしれません。これも検討します」


 現状では、原住民との問題発生などの際、軍を派遣できるの日本軍だけであり、それに対する備えが必要だと思われた。在日米軍に要請する方法もあるが、その場合はより費用がかさむこととなる。政府としても、それだけは避けたいところであろう。ちなみに、海軍陸戦隊一個小隊が各地で一〇〇○人程度に軍教育をするために進出していた。しかし、これはあくまでも付け焼刃であって本格的な戦闘には対応できないものであった。


 当然として、開拓地以外の地域、たとえば、ソロモン諸島に入植した英国連邦系住民がオーストラリア大陸などに上陸しての戦闘などには、日本軍は関与しないということは事前に合意項目として挙げられていた。基本的には船がないため、不可能であるが、英国の場合、在日米軍との繋がりもあり、不可能とは言い切れなかったのである。


 とはいえ、現状では特に問題もなく、開拓は進んでいるといえた。問題は、食料品であっただろう。農作物の場合、収穫までに半年から一年を要するため、すぐには食料自給ができないということがあった。それ以外は日本からの支援物資として五年間は無償供与されることにより、開拓がそれなりに進んでいたといえる。


 そして、赤い大国と半島系の住民が開拓者として日本から離れたことで日本国内は安定化傾向にあった。これら地域からの一時入国者、観光客やビジネスマンの暴動に近い騒動が治まることとなったからである。


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