銃撃さる
彼らの前、距離二五〇〇mのところに騎兵一〇〇〇と歩兵一〇〇〇が展開していた。交渉も対話もなかった。騎馬が一騎、皇女を渡せ、といい、拒否したらいきなり銃撃が始まった。少なくとも、シナーイ帝国よりは進んだ兵器を有していた。それが明確に現れているのが、機関銃であり、この距離でも中州まで届いていたのである。ただし、口径はそれほど大きいものではない。中州にはウェーダンの国旗と日本の国旗が挙げられていたため、これは戦争のきっかけともいえた。
「セリル皇女、これは明確に日本国およびウェーダンに対する戦争行為です。キリールは両国に対して戦争を始めたということになりますし、日本としてはそれなりの対応をしなければなりません」今村は銃撃を避けて非難した小山の反対側でそう問うた。
「あれはキリール王国軍ではありません。兄の私設兵と、ラーム教の兵です。キリール王国は戦争をするつもりはありません」と皇女。
「ウェーダンとしても戦争が始まったと考えます」アメリアがいう。
「皇女、日本軍はキリールを一時的に占領下に置くこともありえます。それを受け入れられますか?」
「それは・・・・」
「少なくとも、王都制圧、国土からラーム教司祭およびそれに組した勢力は処罰されます。第二王子もその中に含まれる可能性があります」
「処罰とはどういうことです?」
「戦争犯罪者として裁かれます。最悪の場合、死刑ということもあります」「・・・・」その言葉に驚愕の表情を浮かべ、言葉を失うセリル皇女。
「大尉、突撃してきます。命令を!」安西が決断を迫るように言葉を発して割り込む。
「大尉、パーミラの安部大佐からですが、攻撃を受けていることを話したら、一言、善処せよ、とだけで切れました」
「仕方がない。反撃を許可する。撃滅せよ。繰り返す。撃退ではなく、撃滅せよ!」一度セリルを見て今村は答えた。
銃器の性能が優れているとはいえ、シナーイに対してのものであり、口径も七mm前後と思われた。対してこちらは五.五六mmであるが、性能的にはこちらのほうが数段上であり、それ以外にも車載の重機関銃が五挺存在する。そして、今村は撃退ではなく撃滅といった。これは先に皇女にいった王都制圧および占領を決意したからに他ならない。撃退ではウェーダンの安全は確保できないし、後々に問題を残すこともありえたからである。
そうして、車載重機が発射された。むろん、アメリアはその性能を知っていたが、皇女たちは初めてであった。たった五挺で何ができるのか、そういう表情を浮かべていた。しかし、五分後にはその表情が強張り、顔色も蒼白に変わっていた。当然として、声すら発することができないようであった。撃滅、という命令により、機銃手は十字砲火で確実に敵兵をしとめていったからである。
「大尉、幾人か逃げたものがいますが、現場では反撃がありません。戦闘終了と小官は判断します」参謀の一人が発言した。
「よろしい。一個小隊を派遣して調査させてくれ。生きているものがいたら別に隔離しろ。軍医の診断を仰げ」
「はっ」
「第一一一小隊を王都ルーサの偵察に向かわせろ」
「はっ」
「パーミラに報告。われ、敵を撃滅す。これより敵本拠地制圧準備に入る、だ。詳細はおって報告すると伝えよ」
「はっ」そういって参謀たちは動く。
それを見届けた今村は皇女に向き直って言う。
「遺憾ながら軍上層部より命令が出ました。数日のうちに王都へ向かうこととなるでしょう。貴方がたはどうされますか?同行するのであれば、安全は保障します。ただし、こちらの命令には従っていただきます。ここに残る場合、ウェーダン軍の監視下に置かれ、自由は制限されるでしょう」
「なぜです?私たちは何もしていません」惨劇の前に何もいえない皇女に代わり、セレンス第二執政官が答える。
「セレンス第二執政官、先ほどもいいましたが、彼らキリール王国軍は私たち日本軍に戦争を決定させたのです。貴方がたがなんと言おうと彼らはキリールの人間です。日本軍に攻撃を仕掛けた。それに、ウェーダンにも同様のことをしました。貴方がたは国を攻撃する敵となったのです」
「そんな・・・・」セレンス第二執政官言葉に詰まる。
その後、第一一一小隊は高機車に小型貨車を取り付けて偵察に出発した。この小型貨車は大陸では重宝する、というよりも、必需品といえた。むろん、日本から持ち込んだもので、四〇人近い搭載力を有するため、小隊の移動には便利である。さらに、予備燃料や食料を搭載すれば、それなりの機動力を発揮する。もちろん、今村の発案であるが、今ではパーミラやウェーダンでは当たり前に見られる。
今村自身は飛来した<ブラックホーク>でファウロスに戻り、詳細な報告と今後の作戦についてパーミラから飛来した安部大佐と会議を持った。ちなみに、この頃には海軍の飛行艇が連絡機として利用されており、重要な局面では運航されていた。この大陸では大河が多く、水深も深いことから、今村の要請で二機がパーミラにあったのである。本国との連絡もこのUS-2が使用されている。むろん、空港や軍用滑走路が整備されれば、見直されるであろう。
その席上、今村はキリール王国の占領とラーム教司祭の排除、日本の影響下での復興を進言している。それは日本にとって決して悪いことではないと結んでいる。少なくとも、シナーイやウェーダンよりも技術的に進んでおり、より日本の技術が受け入れられやすいこと、皇女からいくつかの資源、特に貴金属系のレアメタル、金や銀、プラチナなどが多量に産出する、と聞いたことがその理由であった。これまでは貴金属系レアメタルは発見されていなかったのである。
戦力についての不安が安部大佐より出されたものの、作戦自体がうまくいけばそれほどの戦力を必要としない、ただし、ヘリは必要である、ことから認可された。この作戦が認可されたのはなにも今村の作戦だけではないことを今村自身が理解していた。結局のところ、これまで入手できていない貴金属系レアメタルがそれほど期間を置くことなく入手できる、その一点にあったことが最大の要因であろう、とも理解していた。
ちなみに先に話しの出た小型貨車であるが、今村たちの部隊には大型貨車が一〇台配備されており、そのうちの二台は燃料用タンクを搭載、一台はヘリ用燃料を搭載していた。また、水タンクが搭載されているものも一台用意されていた。つまるところ、馬の代わりに自動車があるという状態であった。いざ戦闘、というときには切り離して本来の輸送車両としての運用が可能であった。結局、この大陸には自動車というものが存在せず、移動手段としては馬が主流であること、銃火器がそれほど発展していない、ということが貨車の運用を可能にしていたといえた。
そうして年が明けた二年一月四日、第一特殊大隊は衛星情報、偵察情報、難民たちの証言情報を元に、王都ルーサ制圧作戦を実行することとなったのである。むろん、難民を引き連れての行進であるがゆえ、大隊自体の進撃速度は遅かったが、既に先発の一個中隊により、作戦の第一段階は実施されていた。それはラーム教とキリールの分断であった。ちなみに、衛星情報によれば、王都は城砦都市であり、南北一五km、東西五kmの規模を誇り、その南側五kmと東南一km、南西三kmが高さ五mの石壁に囲まれており、北側半分を幅一〇mほどの川が流れているということであった。
南に石壁があるのは南西のカザル王国の侵略に備えてのものであろうと思われた。北側に石壁がないのは川がその役目を果たしているためであったと思われる。むろん、この時点で皇女を含めて難民の誰もが、その状況を語ってはいない。彼らが提供した情報はトレンセンからルーサにいたるまでの各種情報、どこに村があり、町があり、どの町が皇女派かそうでないかというものである。