在日米軍動く
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九月三〇日、移転から四ヶ月が過ぎた頃、南原総理は駐日アメリカ大使および在日米軍司令官の訪問を受けた。南原に同席するのは、防衛大臣の石波と外務大臣の大村であった。首相官邸の一室で会談は行われた。
「大使、よくいらっしゃいました。今日はどういったご用件でしょうか?」南原が駐日大使のヘンリー・ルーサーに声を駆ける。
「たいしたことではありませんが、これまで米軍の調査で得られたことの情報提供と提案です」そう答えるルーサー。
「残念ながら航空母艦がありませんので、空からの偵察は確実ではありませんが、潜水艦から偵察用に改造された巡航ミサイルを上げる方法で貴重な情報が得られました」在日米軍司令官のダグラス・バートンが答える。
「そうでしたか。大変でしたね。それで大使、提案とは?」
「まず、これを見てください」そういってテーブルに一枚の紙を広げた。
「これは・・・」覗き込んだ南原が絶句する。石波や大村も同様である。
そこにあったのは不完全ながらも、世界地図といえるものであった。日本周辺は先に述べた通りであったが、北米や欧州も暫定的に描かれていた。というよりも、写されていた。それは写真でできたものであった。それはあまりにも移転前の世界とは異なっていたのである。
移転前の欧州といわれた地域は存在していたが、いくつかの巨大なクレーターと森林に覆われていた。森林を除けばまるで月だ、というのが南原の感想であった。まるで核ミサイルが打ち込まれたように思われた。そして、北米はほぼ中央に大きな湖、あるいは海かも知れないが、存在し、陸地面積は遥かに少なかった。南米は移転前と変わらないように思えたが、森林面積は遥かに少なく、多くが砂漠化していた。オーストラリア大陸は存在したが、北部半分は森林地帯であった。移転前では南米が酸素の供給地であったが、この世界ではオーストラリアもそれを担っているようであった。アフリカ大陸はほぼ移転前と同じであったが、中央部は大森林地帯となっていた。つまり、この世界では南米アマゾンの代わりにアフリカが酸素供給の役目の多くを担っていたといえる。
「総理が想像しているのは核ミサイルの応酬かと思いますが、そうではありません。大気や地質調査においても、微量の放射能は確認されていますが、それは日本でも確認される量と同じです」
「大使、ではこれは?」
「まだ推測の域から出てはいませんか、おそらく隕石の衝突だろうと考えられます。もっとも、そうでなくとも、この世界はわれわれのいた地球ではないことはたしかです」
「たしかに地形はよく似ていますが、まるで異なる点も多数確認されています。このグアムを含めたマリアナ、われわれの世界では諸島でしたが、この世界では大きな一つの島で、ほぼ台湾と同じ大きさです。太平洋のいくつかの島、ハワイ諸島やミクロネシア、マーシャル諸島といった多くの島は移転前とほぼ同じです」バートンが続けて言う。
「日本でも現在、衛星の打ち上げ準備と事前調査を行っています。現在得ているのは、来年二月にも打ち上げが可能、ということくらいです」大村が答える。
「衛星が打ち上げられれば、詳しい状況がわかるかもしれませんが、今のところ、なんともいえません」石波も続ける。
「それで提案、というのは?」南原が再び問う。
「グアムの開拓支援をお願いしたい。条件は在日韓国・朝鮮人と同じで、ただし、少なくとも武器弾薬の供給、日本と近い生活環境ができるまで、期限は設けないものとします。そうすれば、われわれは在日米軍を引き上げることになりましょう。少なくとも、アジア、といっていいのかどうかわかりませんが、日本の敵は存在しないと考えます」
「大使、それはかまいませんが、少なくとも一〇年はかかるでしょう。それにグアムの原住民はどうされるのです?」
「今のところ確認されていませんが、確認された場合は善処するということです」
「資源はないでしょう?そのあたりはどうされるのです?」
「もちろん、日本から供給してもらいます。むろん、当初は無償で、その後は有償で」
「即答できませんが、前向きに検討して一週間以内に返答しましょう」
「良い返事を期待しています」
「この地図は置いていきます。参考になさってください」そういって二人は退室した。
「なぜ、北米大陸ではなく、グアムなのだろうか?資源も今のところ確認されていないし、何か考えがあるのだろうか?」彼らが出て行ってから、南原が問いかけた。
「要するに、この世界では唯一の工業国が日本だということを認識したためでしょう。日本から離れたいが、さりとて日本から離れすぎると工業製品や情報の入手に時間を要する、そういったところでしょう」と石波。
「なるほど。それに移民を募って国力がつけば北米大陸へ進出する、ということですか。困りましたな。イギリスがどう出るか」と大村。
「イギリス?一万六〇〇〇人ほどでしょう?動けないのでは?」
「総理、イギリス単体ではそうなんですが、イギリス連邦ということで考えると四万人を超えます」と石波がいう。
「ああ、なるほど。ソロモン諸島周辺は以前のままですし、ここに進出してある程度国力がつけば、オーストラリアやニュージーランド、いずれは欧州ですか?」
「そうです。たぶん動くでしょう」
「ものは考えようで、日本の貿易相手が増えるということでよろしいのではありませんか。おそらく二〇年から五〇年先のことになるでしょうが」
「とりあえず、閣議に図るとしても、アメリカについては決定ですか?」
「そうなります。私としては、中国がおとなしいのは気にかかります。少なくとも、シナーイ帝国の勢力圏は中国そのものですからね」
「たしかに大村大臣の言う通りです。私としては、華南域なら大河の影響でシナーイの勢力外であろうから、いずれはと考えている。もし、動かないようであれば、日本が入ることになるだろう」
「総理、それはまた問題になるかもしれません」
これが公表されると、アメリカ動く、ということで、国内は騒然となった。そうした結果、在日外国人の多い国は軒並み動こうとした。しかし、中国と英国が動いた時点で、南原は一度には不可能だということで段階的に実施すると断言した。事実、建設業が好調とはいえ、日本人の多くが海外で働くこととなり、国内で影響が出る恐れがあったからである。
ちなみに一万人以上日本に滞在している国は次の通りであった。一〇〇単位四捨五入である。
中国六八○○○○人
在日韓国・朝鮮人五七九○○○人
ブラジル二六七〇〇〇人
フィリピン二一二〇〇〇人
ペルー五七○○○人
アメリカ合衆国五二〇〇〇人
タイ四三○○○人
ベトナム四一○○○人
インドネシア二六○○○人
インド二三○○○人
イギリス一七○○○人
ネパール一五○○○人
バングラデシュ一一○○○人
カナダ一一○○○人
パキスタン一〇○○○人
オーストラリア一〇○○○人
結局、一〇月初めの段階で、ほぼ海外の開拓開発に人が割かれることとなった。しかし、華南域と半島には最初から在日や中国人が入ったため、意外にも派遣人員は少なくて済むこととなった。それでも、多くの労働者が短期的にとはいえ、日本を出ることとなった。救いがあるとすれば、日本語が通じるということにあったかもしれない。でなければ、多くの労働者が日本を出ることはなかったはずである。
ともあれ、日本国内の在日外国人の多くが動き出すこととなった。誰もが、真っ白な、といえるかどうか不明であるが、キャンパスに自己の存在した証を残そうとしているかのようであった。それほど日本国内の状況、特に食糧事情が悪かったとも言える。ただし、この時点でも、日本政府は民間人による国外への自由渡航は認めることはなかった。それは何も技術の流出や人の流出を恐れたためではなかった。地域が異なれば、未知の病原菌が発見される可能性が高かったからである。これは政府が在日国連において幾度も注意事項として述べていたことであった。