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交戦やむなし

 七月二四日、二度目の対話において交渉は決裂、日本とシナーイ帝国は戦争状態に突入することとなった。今村は単純明快に、本国からの通達を読み上げた。それは、日本国は独立国であり、シナーイ帝国の要求は不当なものであり、拒否する。シナーイ帝国が先の攻撃に対して謝罪するなら、今後の対話に応じる、そういう内容であった。それに対して、チェンエイは驚愕の表情を浮かべて帰っていった。


 このとき、今村たちの前には、五〇〇〇人の兵力が展開していたのである。チェンエイはその軍勢を見て日本が折れると考えていたのかもしれない。だからこそ、驚愕の表情を浮かべたと思われた。何しろ、彼が確認したのはわずかに一〇〇人ほどの兵力であったからであろう。しかし、今村の手元には二箇所に展開している部隊があり、さらに、第三中隊から一個小隊が増強され、七.六二mm機関銃を二挺装備したUH-60JA<ブラックホーク>が一機あり、十分対応できるものであった。


「さて、敵さんはどう出ると思う?軍曹」

「平原ですし、身を隠す場所なんてありません。そのまま突進するしかないのではありませんか?」今村の問いに木村が答える。

「おそらくな。下手をすればただの虐殺になってしまう。兵たちに影響が出なければいいんだがな」

「そうですね」

「予定通り、河まで五〇〇m、それ以上は近づけないように」

「すでに通達済みです」


 しかし、彼らは意外な行動をとっていた。いくつかのグループが半径二〇mほどの半円形の台車に高さ二mほどのレースのカーテンのようなもを取り付け、その中の前寄りに馬が四頭入れられ、前に進みだしたのである。それが五個、その後ろに歩兵が続いて行進してくるのである。チェンエイを含めた五〇〇人ほどが二kmほど離れたところに待機していた。


「少尉、ありゃ何ですかね」驚いたように木村が問う。

「さあな、かなり重そうだということはわかるが」

「鎖?」第三中隊からの増援である小隊の指揮官、横山歩少尉が双眼鏡を覗いてつぶやいた。

「鎖だと?」そういって今村も双眼鏡を覗く。そこには目の細やかな鎖のカーテンがあった。

「弾除けでしょう。しかし、どれほど効果があるものやら」横山がいう。

「意外と効果があるのかもな。二重構造になっているようだし、五〇〇mまで引きつけるのは正解だが、ミニミ軽機の五.五六mmじゃ貫通できないかもしれん」

「どうします?」木村が問う。

「予定を変更して迫撃砲を使おう。あれが台車に乗っていることから、台車さえ壊してしまえばいい。距離八〇〇mで攻撃させよう」

「了解しました。通達します」

「後ろにいいるあの連中、捕らえることができないかな?軍曹」

「どうでしょう。<ブラックホーク>を使っても言うことを聞かないかもしれません」

「戦況次第だな。機会があればやってみるさ」


 そうして、奇妙な行列の先頭が河まで八〇〇mに達したとき、今村たちの左手の丘でボン!という音が続けて聞こえた。その数秒後、行列の先頭に近いところで炸裂音とともに土煙が舞い上がった。迫撃砲中隊が攻撃を開始したのである。地面がえぐられる形でいくつかの穴が開いたため、行列はそれ以上すすむことができず、鎖のカーテンも爆風によって本来の役目をなさないようになっていた。そして、兵士がばらばらに散らばって河に向かって突進してくる。ガトリング砲はあさっての方向を向いているため、彼らに対する支援はなかったにもかかわらず、である。


「攻撃開始!」今村が命令する。


 その命令が出てすぐ、各隊に二挺ずつ装備されていたミニミが三方向から浴びせられる。行列の後方の部隊はそれこそ何の遮蔽物もなく、丸裸の状態であり、兵たちが次々と倒れていくこととなった。辺りには泣き叫ぶ兵、呻き声が充満することとなった。口径が五.五六mmと小さいため、倒れている兵たちは一応手足が胴体から離れることはなかった。これが口径一二.七mmの重機関銃であれば、こうはいかないと思われた。シナーイ帝国の兵で無事なのは、鎖のカーテンの中にいたものだけであったといえる。


「攻撃停止!」今村がそう命令を発したのは五分後のことであった。


 無事な兵士もいると思われるが、多くの兵がその場に倒れていた。そして、今村たちの攻撃が停止した瞬間、無事な兵士たちは後方へと駆け出して行った。今村は後退する兵に向かって攻撃を命じることはなかった。彼の部隊の目的は、敵の殲滅ではなく、撃退にあったからである。その結果に唖然として固まっていたチェンエイを含めた五〇〇人と逃げ帰った兵士たち、約五〇〇人ほどと思われた、が踵を返した。


 彼らの内心ではどうであったかはともかくとして、日本側としては彼我の戦力格差、国力の差を知らせた、その一点のみで十分な効果を得ることができたと判断しただろう。少なくとも、今後はこのような衝突はないものと考える者も日本側に存在したと思われた。しかし、日本側の考えが甘かったと知るのはもう少し後のことであったといえる。


「追いますか?」と木村がいう。

「いや、放っておこう。すぐには攻撃を仕掛けてこないだろうし、その余裕もないだろうからね」

「しかし、次はもっと数をそろえると思いますが?」

「いいんだ。われわれの任務はここを守ることにあった。そして、その任務は達成された。それでいいさ。後は上の判断だ」

「わかりました。では敵兵の確認を」

「うん。いやな仕事だが頼む。生きている兵には治療をせねばならんからね。敵の武器弾薬は別に集めておいてくれ」

「はっ!」


 その後二時間をかけて捜索した結果、敵兵の死者は三五〇〇人を数えた。生きている兵士たちも、その多くが重症であり、今後死者が増えることも考えられた。看護兵によれば、命に別状のない兵士はわずかに二〇〇人ほどだという。敵兵の治療にはアリシアも加わろうとしたが、今村はやめさせた。疫病の発生を恐れたためであった。死者を埋葬するため、今村は村人に応援を要請しなければならなかった。第四中隊だけでは時間がかかりすぎることがわかっていたからである。


 七月二八日、今村は調査団本部となった建物、プレハブの司令室にいた。これまでの経過の報告と新しい任務を受けるためであった。調査団が本部とする地域には多数のプレハブの建物が建設され、人が多く集まっていた。本国に待機していた部隊が到着し、民間人も数多く見られた。急造の桟橋には護衛艦や輸送艦だけではなく、民間航路用の大型フェリーの姿も見られた。おそらく、一部民間人、土木建設関係の出国が許され、本格的にパーミラの開発が始まるものと思われた。


「今村少尉、呼び出してすまんね」そういったのは調査団責任者の佐藤であった。隣には派遣軍司令官の安部大佐もいた。

「いいえ、これも任務のうちですから」

「報告書は読んだ。任務ご苦労」安部もねぎらいの言葉をかけた。

「はっ、ありがとうございます」

「ところで現地住民との関係はうまくいっているようだね。いくつかの報告、食料に関するものと資源に関するものは本国からの指令で調査が行われることになった」と佐藤。

「それは役に立ててよかったです」

「うん、それで新しい任務だが、安部さんの方から話してもらう」

「今村大尉」

「待ってください。私は少尉ですが?」一瞬の間をおいて今村が困惑気味に発言する。

「ん、ああ、野戦任官で君は今日付けで大尉となる。任務が終了するか本国に戻った場合は元の階級に戻ることとなる。理解したか?」

「はっ、了解しました」

「では改めで言うぞ、現在の第四中隊に新たに本国から到着部隊のうち、二個歩兵中隊を追加して第一特殊大隊を編成、その指揮官に任ずる。任務はファウロスの確保である。ヘリ部隊の支援はあるが、部隊の増援はないものとする。任務開始は八月一日とする。以上だ」

「はっ、謹んで拝命します」

「苦労をかけるが、任務を全うすることを期待している。当然、これまで通りに調査も含まれる」と佐藤も付け加える。

「まあ、追加の部隊とは明日顔合わせをするが、三○日に現地へ移動すればよかろう」

「はっ」


 つまり、本国はともかくとして、佐藤はシナーイ帝国の勢力圏からウェーダンを分離するつもりのようであった。なぜなら、これまでで、ウェーダン北部の一地域で鉄鉱石の露天産出が確認されており、少なくとも、今の日本にとっては必要不可欠の地域となっていたからである。日本が関与することで、ウェーダンを再独立、そしてシナーイ帝国との緩衝地帯とすることを考えていたのかもしれない。


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