緊張高まる東部欧州
セランでの治安の良化と対ラームルを明確にしたロンデリアは原油の積み出しなど順調に思えた。というのは、ロンデリアの産油は移転前の第二次世界大戦のころのボルネオ島の油田と同程度か少し毛が生えた程度のものであったとされる。それでも、自前の油田を確保したことでロンデリア政府にも若干の余裕が出たようで、ひと時のギスギスしたところがなくなったと思われた。
このセランでの状況には日本も瑠都瑠伊も一息つくことができると考えていた。セラクへの派遣軍のデフコンレベルを下げることができると思われたからである。また、別の意味でも安堵感を覚えていたといえる。ロンデリアがラームルとの対立を明確にしたことで、ラームルの対日テロの可能性が幾分か低くなったこと、セラクとラームルの間に緩衝地帯ができたことがそれであった。少なくとも、現状ではラームルが直接日本と接することが不可能になったといえる点が大きいといえた。
しかし、この後、日本はともかくとして、瑠都瑠伊においては逆に緊張感が増す状態へと変化することとなった。それはロンデリアとオーレリアとの紛争が発生する事態に至ったからである。特に、ロンデリアにおいては、独自の石油入手ルートが確立したことで、セーザンやセラージの原油にこだわる必要がなくなったといえるからであろう。ましてや、双方ともに覇権国家を国是としており、近隣にその勢力圏を広げようとしていたからである。内陸国家たるオーレリアにおいては、世界の覇権というよりも、自国周辺地域を影響下に置こうとしていたし、ロンデリアはこれまで述べてきたように、世界の覇権国家たるを自認していたからこそ、この両者は相容れないといえただろう。
ロンデリアにとって不幸だったのは、既に日本という覇権国家(形はどうあれ、他所から見たらそうなってしまう)が存在したこと、日本に類する先進国家が既に太平洋全域や南米に存在したことであろう。オーレリアにとっては既に日本やロンデリアの影響が強くなっている地域が周辺に存在したことだといえた。特にプロリアとグルシャの存在は彼らにとっては不幸だといえたかもしれない。そして、移転直後に衛星を撃破してしまったことが日本に危機感を抱かせたのかも知れない。
この時点で、ロンデリアとはそれなりに対話が可能な状態、友好的かそうでないか派別として、であったが、オーレリアとは国交が結ばれておらず、外交チャンネルも設置されていなかった。先のイスパイアの失敗を繰り返さないためにも、日本としては早急に外交チャンネルを設置したいと考えていたといえる。しかし、オーレリア側で未だ結論が出ていないようで、実務レベルの会談はなされていない状態であった。
つまるところ、現状では日本が双方に介入しようとしてもそれが不可能な状態であったといえるだろう。だからこそ、グルシャやプロリアの在外交官がオーレリアと接触を図っている状態だといえた。ちなみに、オーレリアとの交渉が進んでいないのは理由があった。それは瑠都瑠伊方面軍によるオーレリア軍機の撃墜という事件があったからである。実は公にはされていないが、高度二万五〇〇〇m以上、マッハ三近い速度で飛翔する国籍不明機を瑠都瑠伊方面軍隷下の高射隊が領空侵犯直後に撃墜する出来事が発生していたのである。
破片の多くは不幸にしてトルシャール西部に落下、瑠都瑠伊方面軍ではその多くを回収、その飛翔物体を偵察機、既に退役したSR-71<ブラックバード>に似た、と断定していた。残念ながら有人であったか無人であったかの断定はできなかったとされているが、今では無人偵察機だとする意見が多いとされる。それ以後、一時的に交渉が進まなくなっていたのである。現在では、やや改善されつつあるが、それでもあまり進んでいないといえた。
つまり、この時点で、オーレリア側でも日本の技術力を自己に近いものと判断していたとされる。空軍機による迎撃が行われなかったのは、核爆弾搭載航空機あるいは核ミサイルの可能性を考慮したためだといわれている。あるいは航空機の性能を知られないようにするためであったのではないか、そう噂されているのも事実であった。
おそらく、同様の偵察は周辺でもなされていたといわれ、瑠都瑠伊以外では特に迎撃されることはなく、その技術力を把握していたのではないかとされている。ロンデリアにしても迎撃は受けたものの、撃墜されることはなく、かなりの確率でその技術力を見抜いていたのではないかとされる。もっとも、ロンデリアにしても、探知はしたものの、迎撃攻撃か失敗したことで、オーレリアに対する警戒感を強めた結果、現在のように軍を展開しなければならなかったのだろう、そうみるものもいるのである。
そうして、ここでも瑠都瑠伊を悩ませたのが先に述べたように、核兵器の存在であったといえる。空軍機による衛星攻撃が可能であれば、当然として、大陸間弾道弾の所有が考えられるからである。幸いにして、現状ではイスパイアにしてもローレシアにしても核兵器の所有はないとされている。ただし、ロンデリアに対しては不明とされていた。これまでのロンデリアの強硬路線の裏には核兵器の所有があるのではないか、そうみるものも多かったのである。そして、日本と同等の技術力を有するオーレリアでは、核兵器を所有している可能性が高いといえたのである。ちなみに、日本および日本からの移民国家で核兵器を所有しているのはアメリカだけであった。
しかし、瑠都瑠伊には日本本国にはない装備が配備されていた。それが先に述べた地対空ミサイル、一五式地対空ミサイル<槍空>であった。理由は簡単で、瑠都瑠伊の隣接国、トルトイのウラン精製工場と再処理工場があるからであった。現状、日本やその周辺国家で使用される原子力発電のための燃料棒、艦艇用原子力機関の燃料棒などのすべてがここで生産されるからであった。つまり、最重要施設であるとの考えから、万が一に備えて、地対空ミサイル、最新のブロック50が配備されていたのである。
つまり、スペックの上では、上空四万m、発射地点から半径二五kmがその防衛圏内に入っていたとされる。むろん、扇状に配備されているため、実際の範囲はもっと広がることとなっていた。念のため、という形であるが、トルトイ政府にはその施設の重要性は説明されており、地対空ミサイルの配備の許可は得ており、飛び地であるが、その防衛も瑠都瑠伊方面軍陸軍の担当とされていたのである。結局のところ、瑠都瑠伊だけではなく、飛び地の二箇所、ナトルとトルトイも瑠都瑠伊の担当とされていたといえる。
逆にいえば、この二箇所があるからこそ、瑠都瑠伊方面軍はそれなりに強化されているといえたのである。端的にいえば、ナトル海峡、ナトル湾といった地域が本来の所属国軍、あるいは共同軍による担当ではなく、瑠都瑠伊方面軍が担当していたということになるのである。そして、瑠都瑠伊方面軍の弱点でもあったのである。
ともあれ、ロンデリアとオーレリアとの緊張が続くことは、中東でロンデリアとラームルの緊張が続くよりも、瑠都瑠伊にとっては問題であったといえる。距離的に遥かに瑠都瑠伊に近いからであり、双方ともそれなりの科学と技術力を持っており、瑠都瑠伊におよぶ可能性が高いといえたからである。少なくとも、常に注意を要するものであったのである。