序章
グーグルアースを見ていたら急にひらめいて勢いで書きました。後で修正しまくりましたが。なおこの物語はフィクションです。
ご意見ご感想歓迎です。
二○××年五月三一日午前三時、日本全国は奇妙な地震に襲われた。誰もが気づいたわけではなく、多くの場合は翌日のニュースで知ることとなった。しかし、それ以外にも異変が起こっていたのだが、一時的なものであろうと考える人がその多くを占めた。
翌日、通信関連会社、NTTや携帯各社、インターネットプロパイダ各社、衛星放送各社に電話がひっきりなしにかかってくることとなった。国際電話がつながらない、海外サイトと繋がらない、衛星放送が見れなくなったといったことが中心であったからである。しかし、一部企業にとってはそんなに簡単に済ませられる問題ではなかった。為替取引、海外支社への連絡が取れなかったからである。そして、テレビ各局が当たり前のように放映していた天気予報、衛星写真が受信できない、という事態が発生していた。
そして、日本政府、正確には官僚にそれが突きつけられたのはその日の午前九時のことであった。このとき、官僚の多くは既にある程度の情報は得ていたようで、それほど混乱はなかったという。天下りだの何だのといわれても、実質国家を動かしていたから速やかに仕事を始めていたのである。一部の古参と中堅、若手は特に俊敏であった。世間的にはノンキャリアといわれる彼らであった。
他方、政治家たちはどうであったかといえば、当時の内閣総理大臣南原英夫を含め、多くの閣僚はそれに動じることはなかった。そもそも、南原内閣はこの一連の騒動の直前に、西の赤い大国の圧力に屈する形であった当時の政権に代わって、成立した超党派内閣、挙国一致内閣であったからである。それは閣僚の顔ぶれを見ても判るものであった。南原自身は一地方自治体の長、いわゆる知事であり、閣僚には当時の二大政党から適材適所として入閣していたからである。
そうして、道州制を導入し、多くの権限を地方に委譲し、赤い大国に対応するため、憲法改正を成し得たところで、今回の騒動に巻き込まれることとなった。その日午前一〇時に開催された緊急閣僚会議でも冷静に対応していた。つまるところ、南原内閣になっていたことがこの場合、国民にとって幸運であったといえた。
「では、現在のところ、海外との通信が途絶していること、衛星を利用できないことが問題なのですね?」南原が老眼鏡を少し下にずらして上目遣いで報告を終えた前田幸一通商産業大臣に問う。
「はい、通信においては国際電話だけではなく、インターネットなど、これまで使用されていたものがすべて不可能であること、気象衛星、通信衛星、GPSが使用できないことは確認されております」
「原因は?」
「現在調査中です」
「次は中田さんですね。どうぞ」南原は外務大臣に告げる。
「海外の大使館および領事館のいずことも連絡が取れていません。機械の故障も含めて現在調査中です」女性閣僚である中田真知子が答える。
「日本以外のということですか?」
「ええ、もっとも近い韓国ですら連絡が取れません」
「それは・・・」ここにいたって南原も表情を曇らせる。
「南原総理、よろしいですか?」そういって挙手したのは石波茂防衛大臣であった。
「どうぞ」少し驚いた顔で南原が答える。
「現在も引き続き調査中ですが、これまで多く受信できていた電波が受信できていません。特に半島や中国大陸のものが、です。現在受信しているのは在日米軍の発信電波だけで、受信は確認されておりません」
「どういうことですか?」
「外国からの通信が一切受信できていないということです。推測ですが、在日米軍も同じような状況ではないでしょうか」
「なるほど。単純な機器の故障ではないということですか?」
「はい」
「とにかく、引き続き調査をお願いします。何かわかればすぐに知らせてください。記者会見での発表について何か意見はありますか?通信の混乱の原因は調査中である、と発表する予定ですが」他の閣僚は何も言わないため、そうするしかないだろうな、と南原は考えた。
翌六月二日になっても混乱は続いていたが、国民は一部を除いてそれほど騒ぎ立てるものはいなかった。航空会社はGPSを使用できないため、安全上の問題から運行を停止しており、現在、交通機関で問題なく稼動しているのは鉄道のみであった。
その日の夕方、石波防衛大臣を含めた数人の男が総理官邸前に現れ、待ち構えていた各メディアがとらえていたが、彼らは質問に答えることなく、総理官邸に入っていった。彼らの中に自衛隊の制服を着た人物がいたため、各メディアはそれを報道することとなった。ちなみに、憲法改正により、日本国は正式に軍隊を保持することを宣言、翌年四月から自衛隊ではなく、軍と表記されることになっており、対外的には既に日本陸軍、日本海軍、日本空軍と称されていた。さらに、海上保安庁を第四の軍として防衛省の下に組み込むかどうか国会で審議中であった。
「石波大臣、何かわかりましたか?」
「はい、本日正午から海軍の対潜哨戒機を四方に飛ばしてみたところ、周辺地域がこれまでとまったく異なることが判明しました」
「どういうことです?」
「こちらは海軍幕僚長の恵庭正敏大将です。彼から説明をしてもらいます」その石波の言葉に制服を着ていた二人のうちの一人が立ち、南原に向かって敬礼してから持参していた書類をテーブルの上においていった。
「恵庭です。まずこれをご覧ください」そういって五枚ほどの写真を印刷したページを広げた。
「これは対馬ですね」一枚目を見て南原がいう。そしてページをめくると海の写真が続いていた。不思議に思って恵庭を見る。
「それらの写真の左隅に数字がありますが、これらは緯度経度です」そういわれて改めてみてみる。最初はわからなかったが、四枚目の数字を読んであることが浮かんでくる。その数字は北緯三八度、東経一二七度とあった。まさか・・・・。そうしてすべての数字を見てから口にする。
「半島が消えている?」
「はい、本来なら二枚目以降は朝鮮半島が写っているはずなのです。そして、北朝鮮と韓国の境界線である三八度線があってしかるべきなのですが、海だけしかありません。さらに言えば、北海道の稚内の北にあるべき樺太島がありません。千島列島は存在しますが」
「どういうことです?」
「総理、もう一人紹介させていただきます。こちらは空軍幕僚長の斉藤宗明大将です」二人目の制服を着た人物が敬礼する。
「斉藤です。これをごらんください」そういってA3大の紙を十数枚、テーブルに広げる。
「これは衛星写真かな?」南原が呟くように言う。
「いいえ、RF-4EJ<ファントム>偵察機による東京近郊上空一万五〇〇〇mからの航空写真、北海道稚内近郊の上空同高度、沖縄県那覇近郊の上空同高度のものです。ご覧になってお分かりのように、どういうわけか、周辺の様子がまったく変わっています」
「信じられん・・・・」
沖縄圏那覇近郊の上空からの写真には沖縄本島の西、以前は台湾があった地域に見慣れた半島の一部が写っていた。稚内近郊の上空からの写真にはユーラシア大陸東部が写っていたが、その一部には陸地がなく、海になっているようであった。ここまでみて、南原は思わず声を上げたのだった。
「総理、紹介いたします。JAXA宇宙航空研究開発機構の水沢洋一郎博士です」石波が言った。JAXAとワッペンのついたジャケットを着た男が立ち上がる。
「水沢です。種子島の衛星追跡レーダーがとらえた日本の衛星軌道の画面です」そういって一枚の写真をテーブルに置いた。
「これは?何も写っていない?」
「おっしゃるとおりです。日本の静止衛星軌道にはいくつかの人工衛星が打ち上げられておりますが、今回の調査では軌道上に何もないことが判明しました。気象衛星も通信衛星も存在しません」
「総理、最後の一人を紹介いたします。防衛省技官の南条真一中佐です」最後の一人、ややくたびれたダークスーツを着た男がお辞儀する。
「南条です。現在の状況から考えて、日本国は何らかの原因で異なる世界へ移転してしまった、と考えられます。元に戻るかどうかも不明ですが、おそらくその可能性が低い、という意見が多数を占めています」
「何てことだ・・・・・。もし事実なら、日本経済が破綻することになる」
「明日の閣議で検討するしかありません。私としては、可能性が少ないとは思いますが、侵略を受けたときのために、燃料油の節約をお願いするしかありません。太平洋戦争末期の大日本帝国のように油がなくて戦えない、ということは避けたいですね」石波がそう締めくくる。
「この、元に戻らない、という確率はどれくらいです?」南原は搾り出すように声を発した。
「おそらく元に戻る可能性はゼロでしょう。地殻変動も安定しているようですし、再び起きるとは考えにくい、そういう結論が多いです。ちなみに、私は現在日本にいる著名な学者の方に確認を取っています」南条が締めくくるように発言する。
翌日の閣議は朝早い時期に始まり、昨日、南原が得た情報を改めて閣僚に公表された。結果として、主要閣僚は南原の考えていた、情報公開と燃料油の配給制への移行と国外への渡航の制限を課することで合意、あわせて周辺地域への上陸と調査を決定した。上陸と調査の主目的は資源調査と食料生産のためとした。少なくとも、更なる周辺地域の調査を決定したのである。