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議題:小さな善意(前編)

 四回目の会議は、土曜日の昼間に来た。


 今回は、ちゃんと服を着ていた。

 スーパーで買い物をしていた。土曜日で、特に予定はなかったのだが、なんとなく外に出る気分で、なんとなくちゃんとした服を着て出た。白いシャツに、薄いジャケット。特別な服ではないが、普段の休日よりは気を使った格好だった。


 牛乳を手に取った瞬間に召喚された。

 牛乳は手から消えた。代わりに、会議室の椅子が現れた。


「また食べ物を」と結人は言った。

「今回は飲み物です」とアトラスが言った。

「だから、そういうことじゃないですよ。食べ物も飲み物も、手から消えることの問題を言っているんです」

「論理的には同じ問題ではないかと」

「いえ、同じ問題です」

「……申し訳ありません」とクロノスが言った。


「牛乳は、帰還後にお贈りします」

「え、できるんですか。送ってもらえるんですか」

「やってみます。精度の問題がありますが、挑戦します」

「ありがとうございます。低脂肪じゃなくて普通のやつがいいです」

「低脂肪と普通の区別はできるか、アトラス」

「データはあります。牛乳の種類は十四種類に分類されています」

「ではそちらの好みのものを」

「よろしくお願いします」

 

 なんというか、宇宙人と悪魔と天使とAIが、牛乳の種類を真剣に話し合っている光景は、なかなかシュールだった。でも、嫌いじゃない。

「では、始めましょう」とクロノスが言った。

「今日の議題は、小さな善意について」

「小さな善意」と結人は繰り返した。


「はい。SNS、戦争、恋愛と、人間の大きな側面を議論してきましたが、今日はより日常的な観察を行います。人間が日常の中で見せる、ごく小さな善意の行動についてです。アトラス」

 

 アトラスが映像を出した。

 今日の映像は、今まで出てきたものとは明らかに違う種類のものだった。

 静かな映像だった。

 

 最初は、横断歩道の映像だった。渡りきれそうにない老人が、信号が変わりかけた横断歩道の途中で止まっている。後ろから来た若い男性が、それに気づいて足を止めた。老人のそばに行って、腕を貸した。老人が渡りきるまで、一緒に歩いた。それが五秒ほどで終わる。


 次に、バスの席を譲る映像。スマートフォンを見ていた女性が、前に立った疲れた顔の老人に気づいて、無言で立ち上がった。老人が「ありがとう」と言った。女性はもう別の方向を見ていた。


 誰かが落とした財布を拾って、走って届ける映像。財布の持ち主はもう少し先まで歩いていた。追いついて、渡した。お礼を言われた。「いえ」と言ってすぐに去っていった。


 コンビニのレジで、後ろに並んでいた小さい子供一人に「一人? 先に行っていいよ」と声をかける映像。子供はちょっと驚いた顔をして、それからぱっと笑った。


 雨の日に、傘を持っていない人が困っているのを見て、自分のビニール傘を黙って差し出す映像。

どれも、五秒から十秒ほどの映像だった。


 主役は誰も、カメラを意識していない。見られているとも思っていない。ただ、何かをした。それだけだ。

「これは監視カメラや街中のカメラの映像から抽出した、善意の行動の記録です」とアトラスが言った。「世界中で、一日当たりこのような行動は、データで観測できるものだけで数億件発生しています」

「数億件」と結人は繰り返した。


「観測できないものも含めれば、さらに多いと推定されます。これらは、見返りを期待しない、あるいは非常に小さな見返りのみを期待する行動です。経済的なリターンは発生しません」


 ベルフェゴールが、映像を見ていた。

 いつもと同じ黒のスーツで、腕を組んで、少し前のめりになって見ていた。その顔に、何の感情も見えなかった。見えなかったが——声のトーンが、今日は少し違うような気がした。結人には、それがわかった。


 

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