撤退
Tekeli-li……
奇妙な音が、遺跡の奥から響いた。
それは生き物の鳴き声のようでもあり、風の音のようでもある。
だが。
どちらでもない。
言葉ではない。
それでも、聞いた瞬間に理解してしまう。
――危険だ。
「……戻るぞ」
俺は低く言った。
異論は出なかった。
むしろ三人とも同時に頷いた。
ガレスが先頭に立つ。
「走るぞ」
その瞬間。
ズルッ
黒い粘液が一斉に動いた。
「うおっ!?」
通路の奥から、粘液の塊が滑るように迫ってくる。
一つじゃない。
十。
二十。
「速い!」
神代が言う。
ガレスが剣を振った。
バシュッ!!
粘液が裂ける。
だが。
ズル……
また集まる。
「くそっ!」
玲奈が魔術を発動する。
「火炎弾!」
詠唱と同時に、小さな火球が放たれる。
ボンッ!
粘液が燃える。
黒い表面が焼け、蒸気が上がる。
だが。
消えない。
「効いてるけど……」
玲奈が言う。
「倒せない!」
俺は粘液を蹴飛ばして通路を走る。
「今は戦うな!」
ガレスが後ろで剣を振る。
「先行け!」
神代も短剣で粘液を弾く。
だが粘液は増えていた。
ズルズルズル……
奥の暗闇から、次々と現れる。
「数増えてないか!?」
「増えてる!」
玲奈が叫ぶ。
「分裂してる!」
つまり。
斬れば増える。
「最悪だろそれ!」
ガレスが叫んだ。
俺たちは走った。
石の通路。
広間。
曲がり角。
来た道を必死に戻る。
だが。
ズルズルズル……
音が、後ろから追ってくる。
Tekeli-li……
その声も。
だんだん近づいていた。
「出口までどれくらい!?」
ガレスが叫ぶ。
「あと二百メートルくらい!」
玲奈が答える。
その時だった。
ガタッ
床が揺れた。
「!?」
石の通路が震える。
天井から砂が落ちてきた。
「崩れる!?」
また揺れる。
ドォン……
遺跡の奥から、重い振動が伝わってくる。
ズルズルズルズル……
黒い粘液が、まるで逃げるように動いている。
「……?」
俺は違和感を覚えた。
粘液は俺たちを追っていた。
だが今。
何かから逃げている。
その瞬間。
遺跡の奥から。
Teke-lili...
再び
先ほどのような
但し、先ほどよりもより精神に直接響くような何かが
聴こえてきた。
そして
ズルリ...
今までの粘液とは、まるで違う。
もっと重い。
もっと巨大な。
そんな音。
ガレスが振り向いた。
「……なんだ?」
暗闇の奥。
そこに。
何かがいる。
それも、圧倒的なナニカが。
形は見えない。
ただ。
通路いっぱいに広がる、黒い影。
そして。
無数の目が。
ゆっくりと開いた。
「……」
一瞬。
時間が止まった気がした。
次の瞬間。
Tekeli-li
先ほどの声が、遺跡を震わせた。
「走れ!!!!」
俺は叫んだ。
四人は全力で出口へ向かって走った。
背後で。
ズルン……
巨大な何かが
蠢き始めた
そのような気がした。




