動く黒
黒い粘液が、床の上でゆっくりと蠢いた。
ベチャ……
粘つく音。
光を受けてぬらりと光る表面。
それは生き物のようにも見えるし、ただの液体のようにも見える。
だが確実に――
動いていた。
「……なんだ、あれ」
ガレスの声が少しだけ低くなる。
俺はランタンを掲げた。
黒い粘液は拳ほどの大きさだった。
だがその形は一定ではない。
伸びる。
縮む。
崩れる。
また集まる。
「魔物……?」
神代が呟く。
玲奈はしゃがみ込んで、それを観察していた。
「魔力反応がある」
「でも――」
玲奈は首を傾げる。
「構造が変」
その言葉の意味を考えるより早く。
ズルッ
黒い粘液が動いた。
こちらに向かって。
「来るぞ!」
ガレスが剣を構える。
次の瞬間。
ビシャッ!!
黒い粘液が跳ねた。
床から跳躍。
「うおっ!」
ガレスが慌てて横に飛ぶ。
粘液は壁にぶつかり――
ベチャッ
そして。
また床に落ちた。
「今跳んだよな?」
「跳んだ」
「液体なのに?」
俺は木剣を握る。
嫌な予感がする。
とにかく――
「倒す」
俺は踏み込んだ。
バシュッ
木剣を振る。
手応え。
黒い粘液は真っ二つに裂けた。
「よし」
……そう思った瞬間。
ズル……
裂けた粘液が。
また集まった。
「は?」
ガレスが言う。
「今、斬ったよな?」
「斬った」
玲奈が言う。
「でも……」
黒い粘液は、まるで何事もなかったかのように形を戻していた。
「再生?」
神代が言う。
「でも早すぎる」
玲奈は顔をしかめた。
「普通の魔物じゃない」
その時。
ズル……ズル……
奥の通路から音がした。
一つじゃない。
複数。
俺たちはゆっくり振り向く。
ランタンの光が奥へ伸びる。
そして。
見えた。
通路の奥。
床。
壁。
天井。
黒い粘液が、無数に蠢いていた。
「……」
誰も声を出さない。
その数は。
十や二十ではない。
何百。
「……戻るぞ」
俺が言った。
さすがにこれはまずい。
学生で対処できる量じゃない。
「同意」
神代が言う。
ガレスも頷いた。
だが。
玲奈はまだ動かなかった。
「玲奈?」
玲奈は粘液を見ていた。
じっと。
「これ……」
「どうした」
玲奈の声は静かだった。
「コレは...魔物じゃない」
「そして、魔術で作られた存在でもない」
「え?」
「魔力で動いていて」
「そしてあまりにも構造が歪」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の背中を、冷たいものが走った。
魔物ではない。
魔術生命体でもない。
それなのに魔力で動く生物。
そんな存在――
この世界にいるのか?
その時。
Tekeli……
奥の暗闇から。
奇妙な音が聞こえた。
Tekeli-li……
それは。
言葉ではない。
だが。
本能が理解した。
これは、危険だ。




