第7話「共有される境界線」
冒険者ギルドの重厚な木の扉を開けると、いつものようにむっとした熱気と人々の喧騒が押し寄せてきた。
昼下がりの酒場を兼ねたフロアには、依頼を終えてエールをあおる冒険者たちの笑い声が響いている。肉を焼く香ばしい匂いと、こぼれた酒の酸い匂いが混ざり合い、この場所特有の活気を生み出していた。
ルークとシリウスが中へ足を踏み入れた瞬間、周囲の視線がサッと二人へ集まる。
「おい、見ろよ。またあの二人だぜ」
「たった半日で、西の谷のワイバーンを三頭も狩ってきたらしいぞ」
「あの落ちこぼれって噂だった剣士、シリウスの魔法の余波を全部消しちまうんだとさ。どういうからくりなんだ」
ひそひそとしたささやき声は、数週間前のような嘲笑や疑念を含んでいない。そこにあるのは、純粋な驚嘆と畏怖だった。
王都のギルドにおいて、今や彼らは最強のいびつなパートナーとして広く知れ渡っていた。
ルークは周囲の視線を背中に受けながら、まっすぐに受付のカウンターを目指した。
隣を歩くシリウスの腕が、歩調を合わせるたびにルークの肩に軽く触れる。以前のシリウスなら、他者とこれほど密着して歩くことなどあり得なかった。彼は常に自分の周りに見えない壁を作り、誰かがその領域に踏み込むことを強烈な魔力で拒絶していたからだ。
しかし今、ルークに対するその壁は完全に消失している。
むしろ、人混みの中でルークが他の冒険者とぶつかりそうになると、シリウスはごく自然にルークの背中に手を添え、自分の側へ引き寄せるようになっていた。
それはアルファが持つ特有の庇護欲の表れでもあった。だが、威圧して支配しようとするような粗野なものではない。大切なものを壊れないように守り抜く、静かで熱を帯びた感情だった。
「報告書と、討伐部位の翼膜だ。確認してくれ」
カウンターに分厚い皮の束を置くと、受付の女性は目を見開いて震える手でそれを受け取った。
「た、確かに受け取りました。素晴らしい成果です。お二人のギルドランクを一つ上げる手続きに入らせていただきます」
手続きを待つ間、ルークはカウンターに肘をつき、隣に立つシリウスを見上げた。
銀色の髪が酒場の薄暗いランプの光を浴びて、滑らかに輝いている。横顔は相変わらず氷のように整っているが、その瞳の奥には確かな穏やかさが宿っていた。
「……なんだ。俺の顔に何かついているか」
視線に気づいたシリウスが、ふとこちらを向く。
「いや、ただ少し不思議な気分になっていたんだ」
ルークは苦笑しながら、視線を自分の手元へ落とした。
「一か月前まで、俺は屋敷の狭い部屋で窓の外ばかり見ていた。自分が誰かの隣で、こんな風に普通に息をしているなんて想像もできなかったから」
ルークの言葉に、シリウスは少しだけ目を細めた。
彼は何も言わず、自分の腰のポーチから銀貨を数枚取り出すと、カウンターの奥にいる給仕へ向けて軽く投げた。
「エールを二つ。よく冷えたやつを」
硬貨が見事な放物線を描いて給仕の手元へ収まる。
やがて、結露で濡れた木製のジョッキが二つ、ドンとカウンターに置かれた。シリウスはその一つを無言でルークの前に押しやる。
「想像できなかったのなら、今の現実を体に刻み込んでおけ」
シリウスは自分のジョッキを持ち上げ、ルークのジョッキに軽く当てた。
カツン、という小気味良い木の音が鳴る。
「お前はもう誰の所有物でもない。俺の横で、自分の足で立っているんだ。それだけを信じろ」
ぶっきらぼうな言い回しの中にある、不器用すぎる優しさ。
ルークはジョッキの冷たい表面を両手で包み込みながら、胸の奥から湧き上がる熱いものを必死にこらえた。冷えたエールを喉に流し込むと、ほのかな苦味と一緒に、確かな生きている実感が胃の腑へと落ちていった。




