第2話「孤高の魔術師」
森の開けた場所には、焦げた土の匂いと濃密な魔力の残滓が漂っていた。
ルークは倒れた巨大な魔物と、その前に立つ銀髪の青年を交互に見つめる。青年の瞳には、他者を寄せ付けない氷のような冷たさが宿っている。
「一人でしか倒せない……とは、どういう意味だ」
ルークが問うと、シリウスと呼ばれている青年は自嘲するように鼻で笑った。
「言葉通りの意味だ。俺の魔法は威力が大きすぎる。仲間がいれば、そいつごと吹き飛ばしてしまう。だから誰とも組めない。組む必要もないがな」
その言葉には、強者の傲慢さよりも、どこか諦めに似た響きがあった。
アルファとしての絶対的な力を持ちながら、その力によって孤独を強いられている。ルークは自分とは正反対の理由で孤立している彼に、奇妙な興味を抱いた。
「俺はルーク。今日から冒険者になった。あんたの名前は?」
「……シリウスだ」
シリウスは面倒そうに名乗り、倒れた魔物の牙をナイフで切り取り始めた。討伐の証明部位なのだろう。
その間も、シリウスの体からは余剰な魔力がチリチリと漏れ出していた。コントロールが効いていないわけではない。ただ、器である身体に対して魔力の総量が多すぎるのだ。
『これほどの魔力を常に抱えているなんて、相当な負担のはずだ』
ルークは相手の魔力の流れを視覚的に捉えるのが得意だった。
シリウスの魔力は荒々しい濁流のようだ。少しでも気を抜けば、彼自身の体を内側から破壊しかねない危うさがある。
その時だった。
森の奥から、ガサガサという大きな音が連続して響いた。
一本の木がへし折れ、土煙を上げて新たな魔物が姿を現す。先ほど倒された熊の魔物のつがいだろうか。ひと回り以上大きな個体が、血走った目でシリウスを睨みつけている。
「チッ、まだ残っていたか」
シリウスは舌打ちをし、すぐさま右手に魔力を集中させた。
赤い炎が球体となって手のひらの上に生み出される。その熱量は凄まじく、離れた場所にいるルークの肌までジリジリと焼くほどだった。
「ルークとやら、下がっていろ。巻き込まれて死んでも知らんぞ」
シリウスの言葉に嘘はない。彼が魔法を放てば、この一帯は再び巨大な爆発に飲み込まれる。
だが、ルークの目は魔物の足元を捉えていた。ただ突進してくるだけでなく、地面に這う根を利用して飛びかかろうとしている。シリウスの炎の球が放たれるタイミングでは、確実に避けられてしまう軌道だ。
『今の魔法じゃ、外れる』
ルークは考えるよりも先に動いていた。
腰の長剣を引き抜き、地面を蹴って魔物の側面へ回り込む。
「おい、馬鹿かお前! 死ぬ気か!」
シリウスの怒鳴り声が響くが、ルークは止まらなかった。
魔物が太い前脚を振り上げ、シリウスに向かって跳躍しようとした瞬間。ルークはその前脚に長剣を叩きつけた。
腕力はない。剣の軌道も軽い。だが、ルークの剣は魔物の体制をほんのわずかだけ崩した。
「今だ! 撃て!」
ルークの叫びに、シリウスは一瞬だけ目を見開いたが、反射的に手の中の炎を放った。
轟音と共に、炎の奔流が魔物を飲み込む。
しかし、シリウスの危惧した通り、放たれた魔法の余波はルークが立っている場所まで猛烈な勢いで広がっていった。
「しまっ……!」
シリウスが顔を青ざめさせ、手を伸ばす。
圧倒的な熱波と爆風がルークを包み込んだ。普通の人間なら、黒焦げになって吹き飛ばされているはずの衝撃だった。
だが、土煙が晴れた後。
そこには、長剣を杖代わりにして膝をつきながらも、無傷で生き残っているルークの姿があった。
「な……お前、今の爆風をどうやって……?」
シリウスは信じられないものを見るような目でルークに駆け寄った。
ルークはやっとのことで立ち上がり、服の埃を払う。
「俺は、飛んでくる魔力を打ち消すのが得意なんだ」
ルークの能力は「魔力相殺」。
相手の魔力の波長を瞬時に読み取り、それと反対の波長を持つ微弱な魔力をぶつけることで、威力を完全に相殺する技術だ。
膨大な魔力を持たないルークだからこそ身についた、究極の防御技術。実家では攻撃に使えない無駄な芸当と笑われていた力だった。
「あんたの魔法は威力がすごすぎるけど、俺の方へ飛んでくる余波くらいなら、相殺して消すことができる。だから、巻き込まれる心配はない」
ルークは息を荒く整えながら、シリウスを真っすぐに見つめた。
シリウスの深い青の瞳が、驚きから徐々に鋭い光を帯びていくのがわかった。
「……お前、アルファか」
シリウスが唐突に尋ねる。
ルークからアルファ特有の威圧感は一切感じられない。だが、同質のものだけが持つ、魂の根底にある本能が、目の前の青年を自分と同格だと告げていた。
「一応な。出来損ないだけど」
ルークが自嘲気味に笑うと、シリウスはしばらく黙り込み、やがて何かを決意したように口を開いた。
「俺の魔法の余波を消せる人間なんて、今まで一人もいなかった」
シリウスはルークに近づき、手を差し出した。
その手は大きくて、少しだけ熱を帯びている。
「俺と組め。ルーク。お前のその防御があれば、俺は周囲を気にせず全力を出せる。……報酬は半分でいい。いや、お前が多く取ってもいい」
不器用な勧誘だった。
アルファ同士は本来、縄張りを主張し合い反発する性質がある。だが、シリウスから放たれる気配に敵意はなく、ただ純粋な期待だけが込められていた。
ルークは差し出された手を見つめる。
誰かに必要とされたのは、生まれて初めてのことだった。
「報酬は半分ずつでいい。よろしく頼む、シリウス」
ルークがその手をしっかりと握り返すと、シリウスの口元に初めて、わずかな笑みが浮かんだ。
こうして、出来損ないの剣士と孤高の魔術師という、いびつな二人の冒険が幕を開けた。




