第12話「真の共鳴」
荒れ果てた平原に、冷たい風が吹き抜けていく。
舞い上がる土埃が、肺の奥までざらついた感触を運んできた。ルークは肩で大きく息をしながら、少し離れた場所で地面に伏している次兄、レオンの姿をじっと見据えていた。
かつては、視界に入るだけで体が竦み、息をすることすら許されなかった絶対的な存在。その兄が今、泥にまみれて荒い呼吸を繰り返している。
白銀の軽鎧には深い亀裂が走り、誇り高かった金糸の髪も煤で汚れきっていた。レオンは土を握りしめ、憎悪と屈辱が入り混じった金色の瞳でこちらを睨み上げている。
「……貴様ら、ごときが……」
喉の奥から絞り出すような、ひび割れた声。
だが、その声に以前のような他者を平伏させる威圧感はもうない。彼の放っていた圧倒的なアルファの覇気は、シリウスの一撃とルークの防壁の前に完全に砕け散っていた。
ルークはゆっくりと、自分の足でレオンの前まで歩み寄った。
ブーツの底が乾いた土を踏みしめる音が、やけに大きく響く。
「兄さん」
ルークの声は、驚くほど静かで澄んでいた。怒りも、怯えもない。ただ、長年の鎖を断ち切った者だけが持つ、凪いだ水面のような落ち着きがあった。
「僕はもう、ヴァンダル家の出来損ないじゃない。誰の所有物でも、誰の付属物でもないんだ」
ルークは腰の長剣を鞘に収め、まっすぐに兄の目を見下ろした。
「父さんにも伝えてくれ。僕を連れ戻そうとするのは無駄だ。僕は、僕自身の意志で、この人と生きていく」
レオンの顔が怒りで歪んだ。だが、立ち上がろうとした彼の体は激しく痙攣し、再び地面へと崩れ落ちる。もはや、彼に反撃する力は残っていなかった。
ルークは背を向け、振り返ることなく、数歩離れた場所で待っているシリウスの元へと歩き出した。
シリウスは右肩の傷を押さえながらも、その深い青の瞳に微かな笑みを浮かべている。彼から放たれる魔力の波長は、先ほどの荒れ狂う嵐のような暴走が嘘のように、穏やかで温かい光を帯びていた。
「……終わったか」
シリウスの低い声が、鼓膜を心地よく震わせる。
「ああ。これで完全に、過去と決別できたと思う」
ルークが答えると、シリウスは無言のまま左手を差し出してきた。少し泥に汚れ、血の滲んだその手。かつては誰も触れることの許されなかった、孤高の魔術師の掌。
ルークは何の躊躇いもなく、その手をしっかりと握り返した。
二人の肌が触れ合った瞬間、不思議な感覚がルークの全身を駆け巡った。
それは魔力の同調でも、アルファとしての本能的な反発でもない。互いの魂の根底にある、欠けた部分がぴたりと合わさるような、完全な共鳴。
シリウスの手のひらから伝わってくる熱が、ルークの冷えていた指先を溶かし、胸の奥深くまで沁み込んでいく。
「お前のおかげだ、ルーク」
シリウスは握った手をさらに強く引き寄せ、ルークの目を真っすぐに見つめた。
「俺は、お前がいなければただの破壊者でしかなかった。だが、お前が俺の力を受け止め、導いてくれた。俺は初めて、自分の力に意味を見出すことができたんだ」
その言葉は、飾らない本音だった。不器用な男が、ありったけの感情を込めて紡いだ真実。
「俺の方こそ、ありがとう。あんたが俺の力を必要としてくれたから、俺は初めて自分の足で立つことができたんだ」
ルークの視界が、不意に滲んだ。
ずっと求めていたもの。それは家柄でも、圧倒的な力でもなく、自分の存在をそのまま肯定してくれる「誰か」だったのだ。
二人は夕日に染まり始めた平原の真ん中で、互いの体温と波長を確かめ合うように、静かに額を寄せ合った。風が二人の髪を揺らし、血と土の匂いを遠くへ運び去っていく。
いびつな二つの歯車が、ついに完璧な機構として噛み合った瞬間だった。




