第11話「逆転の楔」
激しい衝突の音が、平原の空気を切り裂き続けていた。
レオンの長剣が風を切り、銀色の軌跡を描いてシリウスへ迫る。
シリウスはそれを氷の盾で弾き返すものの、レオンの連撃は止まらない。一歩、また一歩と、シリウスが後退を余儀なくされていく。
『くそっ……なんて速さだ』
シリウスは焦燥感を噛み殺しながら、左手で巨大な炎の球を生み出した。
レオンの足元へ放ち、目眩しにするつもりだった。だが、レオンはそれを読んでいたかのように、炎が着弾する直前に斜め前方へと跳躍した。
「甘いな、魔術師!」
レオンが空中で身を翻し、上段から渾身の一撃を振り下ろす。
シリウスは咄嗟に風の結界を張ったが、レオンの剣に込められた圧倒的な魔力と筋力が、ガラスを割るように結界を粉砕した。
「ぐっ……!」
シリウスの右肩を、剣の切先が浅く切り裂く。
赤い血が黒いローブを染め、シリウスはバランスを崩して膝をついた。
「これで終わりだ」
レオンが冷酷な宣告と共に、とどめの一撃を放とうと剣を振り上げる。
その瞬間、シリウスの目が見開かれた。
彼の体の中で、抑え込んでいた膨大な魔力が暴走を始めたのだ。窮地に陥った本能が、周囲のすべてを道連れにしてでも敵を排除しようと、制御を失った破壊の力を解放しようとしていた。
『やめろ、シリウス!』
ルークは声にならない叫びを上げ、駆け出していた。
このままでは、シリウスの体が内側から破裂してしまう。それに、暴走した魔力はこの平原全体を吹き飛ばすほどの威力になる。
レオンの剣が振り下ろされるより早く。
ルークはシリウスとレオンの間に滑り込み、両手を広げた。
「ルーク……退け!」
シリウスの悲痛な声が響く。彼の体からは、すでに赤黒い魔力の奔流が噴出し始めていた。
しかし、ルークは退かない。
彼は全神経を集中させ、自分の体の奥底にある、あの透明で微弱な魔力を極限まで引き出した。
『俺はもう、逃げない』
ルークの魔力が、シリウスからあふれ出す暴走の波長と真っ向から衝突する。
普通なら、圧倒的な力の差でルークの魔力ごと吹き飛ばされるはずだった。だが、ルークの魔力相殺は、力と力のぶつかり合いではない。相手の波長の隙間に、正確な真逆の音を叩き込む、精密なパズルのような技術だった。
ルークの透明な魔力が、シリウスの赤黒い濁流に触れた瞬間。
シューッ、という乾いた音と共に、シリウスの暴走が嘘のように霧散した。
「な……!?」
レオンが驚愕に目を見開く。
暴走の余波だけでなく、シリウスの体内に渦巻いていた荒々しい魔力までもが、ルークの干渉によって完璧に鎮められたのだ。
その一瞬の隙を、シリウスは見逃さなかった。
「よくやった、ルーク!」
シリウスは膝をついた姿勢のまま、ルークの肩越しに右手を突き出した。
暴走の危険が消え、完全に制御を取り戻した澄み切った魔力。それが、一点に凝縮された青白い閃光となって放たれる。
ドドォォォンッ!
閃光がレオンの胸当てを直撃し、彼を十メートル以上後方へ吹き飛ばした。
レオンの体は地面を何度か跳ね、土煙を上げてようやく停止した。
静寂が、平原に舞い戻る。
焦げた匂いと、土埃が風に流されていく。
ルークは肩で息をしながら、目の前の光景を信じられない思いで見つめていた。
あの絶対的な強者だった兄が、地面に倒れ伏している。
ルーク一人では到底敵わない相手だった。シリウス一人でも、暴走のリスクを抱えたままでは危うかった。
だが、二人の力が完璧に噛み合った時、彼らは間違いなく最強だった。
「……あいつ、生きてるか」
ルークが震える声で尋ねると、シリウスはゆっくりと立ち上がり、肩の傷を押さえながら鼻で笑った。
「急所は外した。だが、しばらくは立ち上がれないだろうさ」
シリウスはそう言うと、ルークの方へ向き直り、その肩にポンと手を置いた。
「お前のおかげだ、ルーク。お前がいなければ、俺は今頃、自分自身の力に潰されて死んでいた」
シリウスの青い瞳には、深い感謝と、絶対的な信頼の光が宿っていた。
ルークはその視線を受け止め、ゆっくりと頷いた。
もう、過去に怯える必要はない。自分は自分の力で、この男と共に未来を切り開くことができるのだ。




