第9話 花祭りの終わりに
花祭りは盛況で、人で溢れかえっていた。
はぐれないようにリリの手を引いて歩いていたが、やはり、幼い子供には危険だ。
そして、隣のこの男……。
エルがまた、何度も何度も声をかけられて面倒だった。
隣に私がいても無視してナンパする度胸のある女性陣。
なんだ?私は置き物か。
値踏みされる視線も気に食わない。
毎回丁寧に対応するものだから、引き留められ、なかなか前に進まない。
イライラが頂点に達した頃、私は名案を思いついた。
「エル。リリを抱っこして。小さいから人に揉まれて危ないの」
「え、え」
リリは突然話を振られて、わたわたと私を見たが、これが一番効率がいい。
「リリは小さいから、あまり風景も見れないでしょう?エルなら身長が高いから、苦しい思いもしないわよ。騎士さまだからそれなりに体力あるだろうし」
私の言葉に、少しむっとしたのかわからないけれど。
エルはすぐに反論して、その気になったようだ。
「それなり以上に体力には自信がありますよ。……リリアーヌ、はい、どうぞ」
「……うん」
彼が腕を広げると、おずおずと近づいていくリリ。
よし。
これで準備が整った。
「パパに抱っこしてもらえてよかったね〜!リリ!」
私は周り中に聞こえる大声で話しかけた。
二人は驚いて、こちらを振り返る。
「……ぱぱ?」
「パパ!?」
それを聞いて興味を失ったのか、今か今かと話しかけるタイミングを伺っていた女性たちが退散していった。
――ふぅ。ようやくお祭りを楽しめる環境になった。
「わ、私はそんな歳では!」
細かいことを気にするなぁ……。
騎士なんて人気職だから、結婚早いんじゃないの?知らんけど。
「じゃあ、いくつ?」
「23です」
「まぁ……結婚が早かったのねぇ。――ってただの女よけなんだから本気にしなくてもいいじゃないの」
少し不機嫌に見えるエルにフォローを入れる。
やっぱり、未婚なのに子持ち設定は嫌なのかしら。
「それに、リリは目線が高くなって嬉しそうだし」
「……それはそうですね。やはり子どもは笑顔が一番だ」
なかなか良いこと言えるじゃない。
「好感度プラス1」
「え?」
――はっ!また心の効果音が口から!
私は誤魔化すように、適当な店に指をさした。
「あ、珍しい異国の物が売ってるわ!覗いてみましょうか?」
「うん。なにがあるかな?」
リリが興味津々で聞いてくる。
子供らしく、瞳がキラキラと輝いて楽しそうだ。
「見てみなきゃわからないな!行ってみよ、パパさん」
「……パパはちょっと」
「あ、もしかして、本当に既婚者……?それは悪いことを」
あまりにもうちの村から出ようとしないので、その可能性に気づかなかった。
「違います!誓って、関係を持った女性は居ません」
いやいやいや。なんの誓いだ。
女性経歴まで暴露しちゃって、この人は……。
真面目すぎないか?
やっぱり、一度くらい騙されて経験を積んだほうが健全なのでは……。
しかし、その一回が心を折るトラウマになるかもしれない。
純情イケメン青年騎士の扱いに困るわ……。
そうこうしているうちに、リリは、エルの腕から降りて出店の所まで行ってしまっていた。
数秒後、見るからにリリの様子がおかしくなった。
少しトラブルになっているようで、エルがすぐに走り出した。
――速い。
近づいていくと、商人がリリの連れていたモフたんに興味を持って取り上げようとトラブルになったようだ。
スルリスルリと逃げるモフたんに彼らがつい声を荒げ、リリが半泣きになってしまったらしい。
「リリは……モフたんはだめって言ったのに……」
「……そっか。もう大丈夫」
私はリリを抱きしめて背中をポンポンと叩いてあげた。
商人はエルが登場したのを見て、両手を合わせて謝っていた。
お祭りはこういうトラブルも多い。
大事にならなくて良かった。
そう思っていたが――。
私たちの背後で、この男が別の商人と目を合わせて、意味ありげに頷きあっているのを、この時の私は知らなかった。
それを鋭く見ていたエルのことも――。
街を歩いていると、様々な話が耳に入ってくる。最近流行りの劇場、人気の店、輿入れが決まったお姫様。
――そして体調が悪化した末の王子様……。
そこで、リリの足がピタリと止まった。
口調が減ってしまい、どこか上の空になってしまった彼女。
エルに目配せしたら頷かれただけだった。
原因に心当たりがあるということだろうか。
辺りが薄暗くなってきた。
リリも目を擦り始めた。
久々に大騒ぎして疲れたのだろう。
私とエルは帰るために街外れにある乗合馬車の所へ向かおうとしていた。
突然複数の足音が聞こえ、周囲がシンと静まり返る。
いつの間にか、私たち以外に人が居なくなっていた。
エルの雰囲気がガラリと変わった。
「ミーナ嬢。――リリアーヌと後ろへ」
建物の影から五〜六人の男性が現れた。
覆面をしているが、肌の色から異国の人物だとわかる。
ゆっくりと、私たちを包囲するように動いている。
「さっきの生き物をおとなしく渡すなら、すぐに退散する。コレクターに高く売れそうだ」
モフたんか。
いや、珍しいとは思うけどここまでする?
リリがじりじりと後ずさりする。
その腕にはモフたんがいる。
彼女なりに、必死に守ろうとしているらしい。
「リリ、私からあまり離れないで――」
注意した時には、モフたんを助けようとしたのか恐怖が先立ったのか――。
リリは逃げ出そうと走り出し、別の人物に腕を掴まれていた。
「リリ!」
「いやぁ!」
か弱い悲鳴に、さっと応える声。
「大丈夫です」
素早く動くエルの気配がした。
エルがリリの前に立った瞬間に、ビリビリと空気が肌を刺した。
異様な――そうとしか例えようのない圧力が体を震わせる。
その後。
――カッ!
視界が真っ白に染まった。
眩しくて、思わず腕で視界を遮る。
脳が焼き切れそうだ。
そして、それに耐えるしかない自分。
ようやく周りが落ち着き、恐る恐る……ゆっくりと瞼を上げる。
まだ、光の残像が残っているようだ。
目を開けて、周囲を確認できるようになると、私たちの前に幼い子どもが立っていた。
髪も瞳も色素が薄い、不思議な男の子。
「え、誰……?名前は?」
「名前……?」
モフたん(?)は首を傾げて、不思議そうにこちらを見上げる。
見た目通りに子供らしい仕草だ。
しかし、エルを見ると、その正体に気づいたらしく、珍しく髪をかきあげていた。
やっぱり、モフたんは不思議な生き物だったのか……。
――ああ、綺麗な銀髪が。
エルが、綺麗に纏めた髪をぐしゃりと握った。
彼にとっても、これは、やはり想定外だったようだ。
リリは最初からわかっていたかのように、その幼い子供に手を差し伸べていた。
……あ、リリは『モフたんは必要』だと言っていた。
こういう事なのか。
それならば、他に『誰が』必要だと教えてくれていたっけ――。
「モフたん。……ありがとう」
そっと彼女の手を取る幼い子供。
その直後。
――ばっ!とエルが上を向いた。
「来ます……!私の影に!」
「なに……」
何事かと聞こうとしたが、それはすぐに理解させられた。
空から男性が降ってきたのだ。
――目の前で石畳が割れ、欠片が飛ぶ。
エルが私たちを庇って、顔や体に数カ所の切り傷を作っていた。
「ラーフェルディア・ミスティル・エン・ルミナリエ!ようやく見つけた!兄ちゃんがきたぞ!心配させやがって……」
へ?次から次に何が起きた?
脳の処理能力が追いつかないんですけれど……!?
堂々と腰に手を当てて、モフたんに呼びかける新たな人物の登場に、私たちは声が出せなかった。
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