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怖い話

学校の七不思議

作者: 夢野かなめ

 凛花(りんか)は皆の顔を見回してから、ひとつ頷いた。


「それじゃあ、学校の七不思議探索隊、活動開始!」


 おー! と拳を上げ、互いのやる気を確認する。


 自由帳を広げ、噂リストの一番上を指差し、言う。


「まずは、音楽室の目が動く肖像画」


 凛花は先頭に立って階段を上がり始めた。


 後ろに続くメンバーを見やり、すぐ後ろで不安そうな瞳で見つめ返してくる奈々子(ななこ)に手を差し出すと、奈々子は嬉しそうに手を握り返した。


「本当に動くかなぁ」


「噂通りならね。ベートーヴェンかモーツァルトが動くらしいよ」


「……目が動くだけだよね」


 既に怯えを滲ませて言う奈々子に、後ろを歩いていた実桜(みお)が明るい声を上げた。


「もし襲ってきたらアタシが倒してあげるから心配しないで。それにほら、男子も居るし。もしめちゃくちゃ強そうだったらイケニエにして逃げちゃおうよ」


「おい、聞こえてるぞ!」


 忠士(ただし)が口をむっと曲げて言った。


「大丈夫だよ、タダ。魔物が襲って来た時の為の呪文があるし、もし物理が効く相手ならタダなら倒せると思うから」


 正志(まさし)がびっしりと書き込まれた自由帳に目を落としながら言った。


「まーな。でもイケニエにされるつもりはねーよ」


 忠士が実桜を睨み付ける。実桜は、ひらひらと手を振って取り繕うように笑った。


「ごめんて。アタシも戦うし」


 そう言って、拳を突き出す実桜を見やってから、凛花は冷静に言った。


「肖像画は動かないけどね。動いたらそれは新種の七不思議だよ」


「確かに。噂としては一応七種知ってるけど、全国には色んな七不思議があるから、うちの学校がこの通りだとは限らないからね」


 正志は自由帳を捲り、凛花達の通う学校で起きると言われている七不思議と、正志が独自に調べ上げた七不思議を書き連ねたページを掲げて見せた。


「でも、全部見た人は居ないんだよね」


 実桜が窓の外に目を向けながら言った。校庭では、そこかしこで他の生徒達が遊んでいる。少しだけ羨ましそうな実桜の肩を突くと、実桜は「居るの、見た人?」と正志に目を向けた。


 正志はじっと黙り込み、十分に注意を引いてから答えた。


「全部見た人は死ぬと言われてる」


 うっと呻いた奈々子に、忠士がニンマリと笑う。


「だから、実際見た奴が居ても死んでるし、死んでたら全部見たのかは他の奴等には判らない。オレ達は最終的にそれを調べるんだ」


「でも……死んじゃったらどうするの」


 奈々子の声に、皆が口を噤む。


 そうしてから、忠士と実桜がプッと吹き出した。


「大丈夫だよ! 死んだりしないって。それに、五人で行動してたら殺すのも大変だよ」


「おい、またオレらのことをイケニエにするつもりか!」


 忠士と実桜が構えた拳で牽制し合う。


 ちらと奈々子の様子を見やった正志が、自由帳を捲って真剣な顔をした。


「今こんなことを言うのもアレだけど……実は、俺の姉さんの友達が小学生の頃、全部の七不思議を見たことがあるらしいんだ」


「えっ……?」


 緊張に凛花に身を寄せた奈々子の様子に、正志は静かな口調で続けた。


「そのすぐあとに体調を崩して入院してたらしいけど、今は元気に学校に通ってる。だから、死ぬことはないと思う……多分」


 正志が言い終えると、忠士が不満そうに声を上げた。


「それじゃ、つまんねーじゃん。何で今言うんだよ!」


「奈々子がかなり怖がってたから。まぁ、でも、うちの学校の話じゃないからね」


 幾分か表情を和らげていた奈々子は、再び緊張に口を引き結んだ。


 怖かったら来なくてもいいんだよ、と言おうとした凛花は、その言葉を呑みこんだ。どれだけ怖がろうと、泣こうと、奈々子は一人残されるよりは一緒に行くことを選ぶ子なのだ。こっそり四人だけで行けば

「なんで置いていったの?」と泣き出すに違いない。


 繋いだ手に力を込め、凛花は廊下の先を指差した。


「ほら、もう着くよ」


 音楽室と書かれたプレートが掲げられている。


 一度音楽室の前で立ち止まった凛花達は、ゆっくりと扉を開けて中に入った。


 入ってすぐにグランドピアノ。机が並び、後ろの方には数々の楽器が布を掛けられて置かれていた。


 楽器が並ぶその上の壁に、肖像画は飾られている。


「ベートーヴェン……モーツァルト……」


 そう言いながら、厳めしい顔と、澄ました顔を指で差す。


 暫く皆でじっと見上げていたが、肖像画は普段見る通り平然と壁に貼られたままだった。


 正志が自由帳を捲り、うーんと首を捻る。


「音楽室の肖像画は、いくつかパターンがある。四時四十四分に見る……あと十五分か。あとは、一人で見る。肖像画に背を向けて、五数えてから見る。端から順番に見ていく……うちの学校はどれだろう」


「同じ噂でも色々あるんだ──わぁっ!」


 突然、実桜が声を上げたのに、皆驚いてそちらを見つめた。


 実桜は目を見開いて、ゆっくりと壁を指で示した。


「い、今……動いたよ、絵」


「えっ⁉ どっちが⁉」


 凛花達は慌てて肖像画を見上げ、ベートヴェンとモーツァルトを見比べた。しかし、実桜はふるふると首を振り、指を激しく振って少しずれた先を改めて指差した。


「違うよ! バッハ! バッハが今目を瞑った! それで、笑ったの!」


「え、バッハが?」


 皆の視線がバッハに集まった。


 その時、突然バンッという大きな音が部屋に響いた。


 思わず皆で寄り集まり、恐る恐る音のした方を振り返る。


 一見部屋に異常は見当たらなかった。


 忠士が辺りを警戒しながら机の間を抜け、グランドピアノへと近付いていく。ゆっくりとした動作でグランドピアノを覗き、すぐに数歩後退った。


「なぁ……ピアノって、蓋開いてたっけ?」


 その問いに応えるように再びバンッという音がして、グランドピアノの蓋がしまった。


 ひゃぁあという声を上げて、奈々子が部屋の外へ駆けていく。それに釣られるようにして凛花達も音楽室を飛び出して廊下を走り、階段を駆け下りる。


「おい、お前ら! 走るな!」


 その声に、凛花達は足を止め、「すみません」と謝ってから一人で駆け下りて行った奈々子を追った。


 奈々子は下駄箱の前の広場で蹲っていた。


「奈々子、大丈夫?」


 凛花が声を掛けると、すっかり青褪めた顔でゆるゆると顔を上げる。


「こ、こわかった……」


 凛花と実桜が奈々子を宥めていると、難しい顔をして自由帳を見つめていた正志が、何やらを書き加えてから言った。


「うちの学校の七不思議……変わったんだな。動くのはバッハだったし、グランドピアノの蓋が勝手に開いて閉まる。ひとりでに音が鳴るのは聞いたことあるけど、蓋の開け閉めは初めて聞いた……今戻れば、鳴るかな?」


 淡々というその様子に、忠士が口を曲げながら頭を掻いた。


「んー、今日は帰ろうぜ。奈々子も怖がってるし」


「そんなこと言って、アンタが怖いだけじゃないの?」


「ちげーし!」


 忠士と実桜が、再び拳を構えて牽制し合う。


 その日は、七不思議の変更と、新種の発見が凛花の自由帳に書き加えられた。


 それから、凛花達はひとつひとつ七不思議を検証していった。


 段数の変わる階段、呪いの絵、体育館で声を掛けてくる見知らぬ生徒。無言の放送は、いくら注意深く気にしていても、一向に流れることはなかった。


「二宮金次郎の像はうちの学校にはないしなぁ……夜の学校には入れないよね」


「アタシのお母さんバレーボールやってるから、学校の敷地には入れるよ。まぁ……皆は家から出られないと思うけど」


 実桜が言うと、皆難しい顔を浮かべる。


「俺は、夜は塾があるからな……こうなったら実桜に調べて貰うしかない」


 正志の言葉に、実桜は一瞬変な顔をして「えー」と不満そうに言った。


「一人なんて、嫌。皆で調べるから面白いんじゃん」


「こえーんだろ」


「違うから!」


 次はどの七不思議を調べるか、校内を歩きながら話し合う内、凛花はふいに催した。


「ねぇ、ちょっとトイレ行ってくる。先行ってて!」


「え、花子さん?」


 忠士が言うのに、顔を(しか)める。


「違う。判れ、馬鹿!」


 そう言ってから、凛花は廊下の先のトイレに向かった。


 三階の端のトイレ。


 使われていない教室の前にあるトイレだ。普段からあまり使われていないが、掃除当番はしっかりと順繰りに回ってくる。


 誰も居ないトイレで手早く用を済ませ、手洗い場で手を洗い、髪を整えていた凛花は、ふと視線を感じて自然とそちらに目を向けていた。


 そして、そのまま視線を釘づけた。


 判らなかった。


 何か、よく判らない何かが、トイレと繋がる丸く開いた壁の端から、こちらを覗いていた。


 凛花の通う学校のトイレは、入り口からすぐに手洗い場がみっつ。鏡もみっつ、右側に並んでいる。反対側は壁か、窓。凛花が今居るトイレは窓のタイプだ。


 そして、アーチ状に繰り抜かれた壁を隔てて奥に個室が並んでいる。


 個室は右にみっつ。左にふたつ。


 それらを背景にして、黒く、靄のようなものが、こちらを窺うように頭を覗かせていた。


 ──なに、これ……。


 誰か人の訳はない。向こうの景色が透けているのだから。


 それでも、はっきりと人の形をした何かが、そこには存在していた。


 ──どうすれば、いいの……。


 このような七不思議は聞いたことがなかった。


 どうすればいいのか、何をすればいいのか、何も判らない。


 ふと、靄の人型が手を動かした。


 ゆっくりと……ゆっくりと……。


 その手が上がりきる前に、凛花はぱっと駆け出してトイレを出た。後ろを振り返らず、廊下を走って階段を駆け降りる。


 見慣れた後ろ姿を見つけ、叫んだ。


「見た! 見たよ、七不思議!」


 突然の声に、皆が驚いた顔で振り返る。


「え、何が?」


「ト、トイレで……なんか変な、靄みたいな……人影!」


 忠士が正志に視線を向ける。


 自由帳を捲った忠士は、真剣な顔で言った。


「新種か」


「……多分」


 凛花は皆を連れて再びトイレに戻ると、詳しく説明した。男子は女子トイレには入れないから、女子の三人で検証する。


 しかし、あの人影は一向に現れなかった。


「気のせいなんじゃねぇの。七不思議を探してたから、何かがそれっぽく見えたってやつ」


「違う。絶対、見たから!」


 忠士の呆れたような、からかうような物言いに、ムッとした凛花が言い返すと、妙な沈黙が流れた。


「よし、アタシが一人で見てくるよ」


 実桜が言った。


「一人じゃないと見えない、みたいな七不思議もあるでしょ。きっと、それなんだよ。皆はあっちで待ってて」


 そう言って、手で払うと実桜はトイレへと入っていった。


 暫く階段の辺りで待っていると、足音が駆けて来て実桜が「居た! 見た!」と捲し立てた。


「居るよ、本当だよ、これ!」


「えー……マジ? 適当言ってねぇ?」


「マジだよ!」


 実桜が忠士の頭を叩いた。


 三階端の女子トイレに出る影の噂は、瞬く間に学校中に広まった。


 様々な学年の生徒達がトイレを訪れ、一人ずつ入っては「見た!」「居た!」と騒ぎ、泣き出す者達までいた。


 その内、『三階端の女子トイレに出る影』は唸り声を上げ、飛び掛かり、謎の言葉を発し、呪いを与え、恐ろしい牙と爪が生え、出会う為の正しい手順というものが確立された。


 凛花達は、何処か冷めた気持ちでそれを眺めていた。


「ねぇ、あれって本当に見えてるのかな」


「うーん……どうだろ。アタシが見たものとは違う感じがするけど」


「ね」


 自由帳に何やら書き込んでいた正志は、難しい顔をして言った。


「集団パニック……みたいなものかな」


「集団パニック?」


 正志は、たまに難しい言葉を使う。


 凛花達はそれから、何処か白けてしまって、学校の七不思議探検隊を解散した。




 あれから十年。


 凛花は少し先に見え始めた母校を見上げ、ふと思い出していた。


 あの時の探検隊の皆とは、今は殆ど顔を合わせることがない。実桜だけは、毎年新年の挨拶が来ているし、忠士とは偶然駅で再会して、連絡先の交換をした。他二人は、今何処で何をしているのか、判らない。


 懐かしさと、切なさに浸るようにして校舎を眺めていた凛花は、ふと三階の窓に目を釘づけた。


 ゆらりと、何か、黒い、靄のような──。


 慌てて目を逸らし、道の先を見つめる。


 凛花には年の離れた妹が居る。


 その妹は、近頃オカルトにハマっているらしい。


 そういったテレビ番組や、本を読み漁っては、ぺらぺらと楽しそうに語っている。


 ある時、妹は凛花にこう訊ねた。


「ねぇ、『三階端の女子トイレに出る影』って知ってる? うちの学校にしか出ない七不思議なんだって。おねえちゃんが通ってる時には居た? 三秒見つめ合うと死んじゃうんだって」


 違う、私が見たのは──。


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