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04. ある晴れた日にパンツを洗って干すように

 依頼された聖書の代書は、ひと月かけて終わった。

 カヲルくんも、堕天使姉さんも認めてくれたし、スズメちゃんに校正もしてもらった。

 無事に納品した聖書は、前金とは別に更にお金になった。今のところ、ヤキトリとスズメちゃんに渡すお給料以外には使い道がないけれど。


「今回の仕事が評価されて、次の仕事を紹介してもらったよ」

「それは、ありがたいわね。今度は、どんな仕事なの?」

「今度は少し手間がかかりそうだよ。双子に継ぐために二冊必要なんだ」

「同じものを二冊書くのね?」

「そういうことだね。一冊は純粋な写本になるね」

「だったら、そっちは私がやるわ。単純な作業は得意なのだから」

「そうかい?それは助かるよ」


 今回の聖書は、ドラゴン村というドラゴンが棲んでいた村の話だ。お金もある事だし、取材も兼ねて、みんなでドラゴン村があった場所に行ってみる事にした。ちょっとした旅行だね。ピクニックというには遠すぎる。異世界の記憶にある出張というのは一番近いかも知れない。目的地で、ちょっとだけ仕事したら、後は観光地で遊ぶんだ。


 ある晴れた日の早朝、僕達は鉄道の駅に来ていた。ニャンブー線という、貨物車両の路線だけども、荷物扱いで良ければ僕達も乗れると聞いたので。


「パンツを洗って干せば、よく乾きそうー」

「そうだね、そのまま大空を翔けて行きそうな、いい天気だ」

「パンツが飛んでったら困るよ?」


 そうだね。そうかも知れない。スズメちゃんはいつだって現実的だ。姉のヤキトリが、フワフワと現実離れしているせいかな。ヤキトリの少し不思議な経験を、今度の聖書には盛り込んでもいいかも知れない。僕は、そんな事を考えながら、最後尾の車両に乗り込んだ。

 やがて列車は走り出し、野を貫くレールの上を走り出す。レールの左側には田園風景、右側には大きな川が見える。野を駆ける猫よりも早く、後ろに過ぎ去って行くそんな風景を眺めながら、僕は、この感動を言葉に置き換えるなら、どんな言葉があるだろうか、と考える。


「こうして始発の列車に乗って旅をすると、新しい人生の始まりって気がするわね」

「そうだね、そうかも知れない。物語の定番としては、何も無いような田舎から、都会に向かうところだけど」

「私達は、逆ね」


 そうなのだ、僕達が居た孤児院は、この国の首都にあった。なので、僕達はずっと都会暮らしなんだ。もっとも、孤児院に居た頃は外の世界の事はまったく知らなかったけどね。


「私達がダモンに亡命した時も、この列車に乗れれば楽だったね、姉ちゃん」

「でござるなー。あの頃は、まだこの路線は無かったでござる」

「あったとしても、乗るお金が無かったよ」

「お金が無くても、なんとでもなるでござるよー」

「そうかしら?姉ちゃんはいつも適当なことを言う」


 ヤキトリとスズメちゃん姉妹には強い絆がある。スズメちゃんは姉の事を軽んじる発言を良くするけど、それは多分ツンデレというやつだ。孤児院に居た時、ヤキトリは僅かしかない食事を、妹のスズメちゃんに分け与えていた。たまにやってくる巫女姉さんからもらうおやつも、全部スズメちゃんに渡していた。僕もカヲルくんの事は大切だけども、とても同じ真似は出来ない。


「二人を見ていると、時々区別がつかなくなるわ」

「え?そうかい?そうかな、そうかも知れない」


 まるで正反対の性格をした姉妹にしか見えないのだけど。見た目だけはソックリだからね。成長した今は、大きさも同じくらいだ。


「見た目の問題じゃないのよ。二人は同じものを二つに分けたんじゃないかしら?そんな気がするのよ」


 カヲルくんが言っているようなお話なら、孤児院の図書室で読んだよ。あれは神話だったかな。魔女の神話だったと思う。魔女と対決する女騎士の物語。姉妹が時を越え、世界を越えて、一体となり魔女を倒し、再び二つの魂として地上に帰って来る物語。あれは、ヤキトリとスズメちゃんの事なのかも知れない。荒唐無稽な事だけども、僕にはそんな気がしてきた。この世界では何が当たり前で、何が不思議な事ななのかが、僕にはまだ良くわからない。荒唐無稽に見えて日常の何気ない事象なのかも知れないよ?


 そんな事を考えたり、今夜の宿について四人で話したりしているうちに、眠くなって来たので、僕達は貨物の隙間で身を寄せ合って昼寝をした。目が覚めた時には、もう夕暮れ時で、僕達の乗った列車は終着駅に着いていた。

 いつもと違う場所で見る夕暮れの空は、まるで異世界のように感じる。異世界なんて行ったことは無いけどね。記憶の中には日本という国の真っ赤な空があるけれど。

 なんて、ぼんやりしている暇は無いのだ。ここからは、更に地下鉄で進むのだ。終電までは、まだまだ時間はあるけれど、訪問先に着くのが遅くなるのは問題だ。


「地上を走る貨物列車に乗り、今は地下を走る列車に乗っているのよね?」

「そうだね。この世界の文明レベルがさっぱり分からないね」

「定食屋の厨房は薪と炭火で調理していたわ。冷蔵庫も無いから、ビールはとてもぬるいし」

「僕は、ぬるいビールも嫌いじゃないけどね」


 僕達の暮らしに科学と呼べる存在は多くはない。照明が電気で灯されるのと、ラジオが聴けるくらいだろうか?なのに、どういうことだろうか、今僕たちはピカピカなステンレスの車両に乗って、地下のレールの上を走っている。


「きっと考えるだけ無駄さ。月の上ではうさぎが餅つきをしているのでなくて、全裸のおっさんが踊っていたって驚かないよ」

「そもそもこの世界に月はないし、うさぎが居るようには見えないけどね」


 ここからだと当然見えないけれど。この世界にも月みたいな星はある。月とは呼ばないし、うさぎの模様もないだけだ。ただ、僕は便宜上あれを月と呼んでいるし、神話や聖書の中でも度々、月と呼んでいる表現に出会った。だから、あれは月だ。堕天使姉さんにもムーンライトと呼ばれているのが居るよ。


「そろそろかな?」

「そうでござるなあ。神社総本社地下という駅のはずでござる」


 僕達が訪ねようとしているのは、巫女姉さん達が仕えている神社の総本社だ。そこには、ドラゴン帝国の皇帝が居る。ドラゴン帝国は、大昔にドラゴン村だった場所にある。ドラゴンはもう棲んでないけど。だって、ドラゴンは僕達の家族になってるからね。猫にしか見えないドラゴンの幼体。


「私達に悪魔の実をくれた女神が居るのよね?」

「そうだね、女神ではなくて悪魔なのかも知れないけれど」


 僕達は、2000年もずっと14歳のまま生き続けるのだ。悪魔の実を食べたから。

 14歳の僕達は、些細なことで喜ぶし、他愛の無い事で悩み、意味の無い事で争う。ただ楽しいだけの時期じゃないと思うのだけど。これが、ずっと続くのだ。


「でも、神話や聖書だと。女神はロクデナシって事になっているじゃない?特に、魔女教の聖書だと」


 女神は生まれた7日で人類を滅ぼしました。そう書かれている聖書もある。


 じゃあ、今の僕達は何なのだろうか?それとも、聖書に書かれている事は、すべて未来の事なのだろうか?それは、これから会うはずの女神に聞いてみようか。


 列車は、静かに駅のホームに停車した。神社総本社地下駅、ここだね。

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