01. 聖書を代書する。それは、青ピクミンを仕舞って赤ピクミンを引っこ抜くようなものだ。
「完璧な神話が存在しないように、完璧な聖書だって存在しないんだよ」
聖書の代書というお仕事を教えてくれた自称堕天使は、僕に向かってそう言った。
ちょっと変えただけでアレのパクリだよねー?でも大丈夫。だって、ここは異世界だからね。誰も、「ねえ?あなたは何の歌を聴いているの?それとも何処かの森に居るのかしら?」なんて、突っ込んで来ないよ。異世界といっても、僕にとっては日本という国のある世界の方が異世界だけどね。
僕は14歳だ。日本だったら、まだ中二なんだけど、この世界のこの国ではもう成人。成人なのだから働かなきゃいけない。でも貧しい孤児院で育った僕は、学校に通っていない。だから、何の職業スキルも身に付けていないし、就職先とのコネだってない。
でも僕には、異世界日本の記憶がある。どういうわけか、この世界の言語も日本語だし、学校で学ばなくても読み書きが出来るんだ。孤児院はひどく貧しかったけど、図書室の本はとても充実していたからね。毎日、図書室で本を読んで過ごした。聖書だって沢山読んだ。
そんな僕には、聖書の代書というお仕事がこの世に存在するという事実は、まさに天啓だったよ。
14歳で孤児院を出る事になった僕は、カヲルくんと一緒に暮らす事にした。カヲルくんも14歳で、同じ孤児院に居たからね。同時に出て行く事になった僕達は、お互い以外に頼るものが無かったし、ずっと一緒だから、これからもそうするのが当たり前だと思っていた。今も、そう思っている。
僕達は店舗付きのアパートを借りて、聖書の代書屋を始めた。アパートの家賃はタダだった。僕達は、孤児院の外に出たのが始めてだったから、この世界の事を全く知らなかった。
アパートには僕達のお店以外にも定食屋があって、そこで食べるご飯もすべてタダだった。
「どういう事なの?孤児院では、まずくてほんの少しだけのご飯しか無かったのに。ここでは、お腹いっぱいにオイシイご飯を食べてもタダだわ」
「もしかして、僕達が理解している金銭という概念が間違っているのかも知れないよ。きっと後で代償を請求されるんだ。雨が降ればパンツが濡れてしまうようにね」
「パンツは濡れても乾かせばいいじゃないの」
「そうだね。そうかも知れない。こんな事なら、もっと早く孤児院を出れば良かったね」
孤児院では満足なご飯を食べる事は叶わなかった。お風呂にも毎日は入れなかったし、お布団だってカサカサのジメジメ。乾いているんだか湿気っているんだか、よく分からない代物だった。あんなに、惨めな暮らしは二度とゴメンだよ。
同じ孤児院に居たハナちゃんは出入りの銀行員に無理やり弟子入りして銀行員になった。おしりから血が出る程に過酷だという金融業の世界に身を置くほうが、あの孤児院に居るよりもずっとマシだから。
ヤキトリとスズメの姉妹は、危険な悪魔の山を越えてダモン王国に亡命した。近衛騎士予備校に入るのだと行って。人を食べちゃう危険な獣がうじゃうじゃうろついている悪魔の山を越えてでも、あの孤児院から出て行きたかったのだ。彼女達は無事にダモン王国に辿り着けたのだろうか?ヤキトリも、もう14歳のはずだから、うまくいっていれば今頃はダモンの王女様の護衛をする近衛騎士になっているはずだけども。
代書屋の看板を掲げたものの、三ヶ月経っても仕事の依頼は一件も無かった。
それでも僕達は、定食屋でオイシイご飯をお腹一杯に食べて、近所の公衆浴場でほかほかのお風呂に入り、ふかふかでぬくぬくのお布団にくるまって寝た。それを毎日続けたけど、何の代償も請求されなかった。
「ねえ。孤児院のアスカちゃんを養女として引き取りましょうよ」
「そうだね。じゃあ、僕達は夫婦になるんだね?」
「そうね。私達これからもずっと一緒だもんね」
いつものように定食屋で朝ご飯を食べていたある日のこと、カヲルくんと結婚して子供を育てる事に決めた。仕事が無いなら、せめて子育てをして世の中に貢献しないとね?
夫婦になるにはどうすればいいのか?僕達は日本のやり方なら知っているのだけど、この国のお作法は全く知らない。
「お風呂でよく一緒になるお姉さん達に聞いてみましょう」
カヲルくんも、僕と同じで異世界の記憶を持って生まれた来たけど、この世界の事は何も知らない。ずっと孤児院で僕と一緒だったからね。朝ご飯を食べた後で、僕達はお風呂へ向かった。定食屋の女将さんに相談しても良かったんだけど、朝は忙しいからね。それに、この時間だと朝風呂大好きなお姉さん達が何人か居るはずだから。
「んー?結婚するのー?それはおめでたいね。日本だと婚姻届けを出せばいいんだけどね?もっとも、14歳は婚姻可能な年齢じゃないし、女の子同士の結婚も出来ないけどね?それは二人も知っているね?この国には、戸籍制度もないし、結婚という概念も無かったんじゃないかなー?あ、神社の巫女ちゃんが来たから聞いてみようね?」
このお姉さんが僕に代書屋とうお仕事の存在を教えてくれた自称堕天使だよ。見た目は僕達と同じ14歳なんだけど、2000歳を越えているそうだから、お姉さんだよ。おばさん、も通り越してお婆さんな気もするけどね?14歳のまま成長しないのは、僕達も同じだからね。ブーメランとして返ってくる表現は控えないとね。
「おー?君達だねー?悪魔の実を食べちゃった勇者ちゃん達はー。ドラゴンは元気ー?今度会わせてよ」
この人は神社の巫女さんだ。名前はディレイだったかな?そっくりの巫女さんが、他にも五人くらい居るから、よく分からない。彼女とは孤児院で知り合った。孤児院は神社が経営していたから、巫女さんが時々手伝いに来ては、こっそりおやつをくれていた。堕天使の姉さんとは巫女さんの紹介で出会った。堕天使も巫女さんも、出会った時のまま、ずっと14歳。
悪魔の実というものを食べた僕達も、ずっと14歳のままらしい。ずっと14歳のままの彼女達を知らなかったら、到底信じられる話じゃないけどね。
悪魔の実を貰った時に、ドラゴンの幼体の世話を任された。ドラゴンと言っても猫にしか見えないんだけど。ドラゴンは成体になるまでに2000年はかかるから、世話を続けるために悪魔の実で寿命を伸ばすんだって言ってた。悪魔の実をくれた自称女神様が。どう見ても6歳くらいの貧相な感じの幼女だったけど、わしは女神なのじゃ、って言ってた。
だから、孤児院を出るまでは、この世界には堕天使や女神が地上をうろついているのかと思っていたんだけど。でも、定食屋の女将さんも、他の常連のお客さん達も、その話をすると「二人はまだ子供なんだねー」って言うから、この世界の常識がさっぱり分からないでいるよ。
「んー、そうだねー。確かにこの国には結婚という制度はないねー。でもそれは邪悪な魔女の教義に汚れているからであってー。うちの神社にくれば、結婚式を挙げられるよー。あげちゃうかい?」
「どうするカヲルくん?僕は、やってみたいよ、結婚式」
「そうだねー。やっておこうか?堕天使姉さんと巫女ちゃんも参列してくれる?」
「もちろん喜んで。堕天使達五人全員参列するよ」
「巫女も20人全員参列だよ!」
神社は、この国では邪教扱いだそうだけど、近隣の国を含めてもトップクラスのエリート校である学園を経営しているから、誰も逆らえないんだって、定食屋の常連のおじさんが教えてくれた。
邪教とは言うけどね?異世界の知識しか無い僕とカヲルくんにしてみれば、何処にでもある何の変哲もない神社だからね。いや、巫女の殆どが14歳で歳をとらないし、死んでも蘇るなんて噂もあるから、普通ではないのかな?普通が何なのかさっぱり分からないけどね。
後は、お仕事だね。子育ても立派なお仕事だけど。今までは必要無かったお金も稼いでおいた方がいいだろうね。それは、結婚式が終わったら、相談してみようか。
2ヶ月前にネタだけは思いついていたのですのじゃがー。
40年ぶりに村上春樹の「風の歌を聴け」を読み返したところで、インスパイアされて冒頭の一行を思いついたので書きました。最初の2行をパクった以外では、それっぽさ微塵も出せませんでしたね。