ようこそ!案内人保育園へ!!
年末恒例の大セールの様に大忙しの、案内人。
今回は、まさかの10人...いや、18人一度?!何があったんだ?案内人。あまりの多さに保育園状態に?!遂にそこまで、やっちゃったか...。
さあ、どうするのか、案内人。兎に角行け、逝け案内人。
年も暮れようとしている今日この頃。
しんしん
と寒波の影響で降り続く雪の中、1人の男が進んで行く。足取りは重く、背中も丸まっている。この時期によく目にする、ショボくれたサラリーマン…、いやいや、そんな風に見える案内人だ。
すれ違う人の目にも留まらず、雪に足跡も付かない。白い息さえ出ない案内人は、空を見上げる。降りしきる牡丹雪は身体を通り過ぎていく。
はあー
「疲れた。……気がする。」
それもそのはず、不本意だが年末には死者も多いのだ。餓死、遭難、凍死に自殺まで色々増える中で最も多くなるのがー、
火災による死。
この日も1人、2人と見送りもう送れませんよとなった頃合いにまた”お呼び出し”。
えええ
「待ってよ。これじゃ身が持たないよ。」
泣き言を言っても始まりません。働け、働くんだ案内人!と言わんばかりに”魂からの叫び”は響く。
え?
案内人が今まで見たことのない、いや、感じた事のない叫びを聞く。
日付けが変わって暫くした頃、案内人は途方に暮れていた。10人の子供が待っていたからである。
はあい
「大きい子は小さい子の手を繋いでね。」
大きな声が響く。案内人の声だが何時もと違う。
声に張りがあり、半分保育園の保育士のようである。
15歳から0歳まで様々だが、大半が5歳以下である。ので、当然こうなる。
はは、
「ごめんね美咲さん。」
と、1番幼い赤ん坊を抱きながら言う。
大丈夫
「大好きだから、こういうの。」
答えたのは、1番年長の15歳の子だ。こちらもずっと泣いている1歳児を抱きかかえ、足元には3歳の弟が離れずにくっついている。子供達はそれぞれが勝手に動き回り、もう無法地帯...いやいや、保育園状態だ。
案内人は仕方なく何人かの頭に触れていく。子供達はやっと大人しくなり、漸く話せるようになった。
はい
「皆、おじさんの話を聞いてね。皆はこれからおじさんと一緒に”逝きます”。逸れないように、大きい子は小さい子と手を繋いであげてね。」
はぁーーい
元気のいい返事を聞いて、よろしい、とつい出てしまいそうになるが、
ぐ
っと堪えた。隣でそれを見ていた美咲が
くす
と笑いながら
ふふ
「保育士に転職したら?おじさん。」
そう言ったものだから、肩を落として苦笑するしかなかった。が、そう落ち込んでもいられない。相手は10人もいるのだ。
よし
「じゃ、今からとっても不思議なショーの始まりだ。皆、”瞬間移動”って知ってるかい?」
何人かが手を挙げる。
知ってるー
テレポートっていうんでしょ
あ 知ってる アニメでやってたー
口々に叫ぶ。そんな大人数でもないのに声が大きくなるのは小さい子の特徴なのだろうか?まあ、元気な証拠でよろしい。と自分を納得させた案内人は子供たちに手を繋がせる。
いいかい
「今からその瞬間移動をします。絶対に手を離しちゃ駄目だよ。…繋いだ?大丈夫だねー?じゃあ行くよー、手を離さないように気をつけてね。」
そう言ってその場を後にした。
火事の現場からほど近くー。
案内人と子供達がだだっ広い丘の上に移動した頃、元いたマンションでは、必死の救出活動が行われたが、それも虚しく取り残された子供の大半が生命を落とした。(これにより、更に人数が増えた結果18人になってしまった。)前日からの強風が炎を広げたとも言われているが消火活動が遅れたのには、一重にその高さにもあるのだ。
あ、
「あそこ、崩れた。」
見て
「けむりー。」
あ
「そこ、人がいる。」
どれだけ目がいいんだ?
と疑いたくなる。
現場からここまでは、5キロ近く離れてるんだぞ。そもそも、そんな距離で人と人じゃない物の区別なんてつくの?
そう言いたくなる。
だが、子供達の実況は続く。
みてー
「ぼんってなったー。」
「まっかだねー。」
あれ
「でも、さっきよりちっちゃくなってるよ”ひ”。」
ほんとだー
子供達の会話を聞きながら案内人は美咲の背中を優しく叩く。年齢が高いだけに、何が起こって自分達がどうなったのかを一番理解しているからだ。小さい子達はともかく、一番気をつけなくてはいけない。大人でもない、かといって子供でもないこの年齢が一番怖い。こちらの説明をいいようにも悪いようにも取るからだ。勿論、自身の都合で。
しかし、この子が優しい子だということは知っている。幼い頃から何度も見てきた。最初は2歳、つぎは6歳、そして今回の15歳。この子を案内人が送るのは3回目である。決して不幸な訳では無い。生命線が無いのだ。輪廻を繰り返す度に寿命が延びているのは、単に案内人が送った先の親の愛情が深いからだ。
これから
「私達、どうなるの?」
…
「うん、またあそこへ戻るよ。」
美咲の問に案内人は何時ものように答えた。美咲は、
そっか
と短く頷いて、弟の頭を撫でる。今回違う点と言えば美咲に弟という存在が出来たとこだ。
彼女はこの守りたい存在の為に生命を落とした。しかし、彼女はその事を微塵も後悔していない。反って、弟を死なせてしまったことを申し訳なく思っている。
けんた
「も、一緒に行けるかな?」
美咲は弟が生まれてから、愛情深くなった。赤ん坊に興味を持ち保育士の道を目指していた。
うーん
「それは、弟君次第だよ。」
ごめんね
ううん
「分かってる。」
だからといって、美咲は弟を「一緒に行こう。」と聡したりしない。そうしてはいけない事を知っているからだ。
魂にはそれぞれに”逝く先”がある。そしてそれは自らが選んで逝くのだ。決して邪魔してはいけない。
さて
「皆揃ったので、今から大事なお話しをします。集まってねー。」
案内人はこれ以上の犠牲者がいないことを感じとって、子供達にベンチに座るよう促す。ここは普段この街の”お喋り公園”として親しまれている。日当たりが良く、ベンチが多い。日中は年寄りや、子供連れのママ達がよく利用して話に花を咲かせている。
案内人がここを選んだのは、子供達が馴染みのある場所で尚且つベンチがあるからだ。これだけの人数になると、その辺りの道端などよりこういう場所のほうが子供も落ち着けるからだ。
はーーい
と子供達も混乱する事無く、素直だ。
既に後から加わった子供達も案内人の事を”分かって”いるので、スムーズに進められる。
それでは
「まず始めに、自己紹介します。おじさんは君達がお空に行くときに迷わないように案内する、案内人のおじさんです。」
なるべく、小さな子にも分かるように話すのは神経を使う。「死んだ。」とストレートに言ってしまえばショックを受ける子も少なからずいるからだ。
しかし、大きい子には通用しない。
これから
「少しの間、よろしくね。」
はぁーい
いつの間にか、子供達は手に手にお菓子やら飲み物やらを持ち飲みながら、食べながら聞いている。さっきまで不満そうにしていた10歳前後の子供達もこれで漸く落ち着いたようだった。
そして
「ここからが、とっても大切なことです。皆は今からお空に昇る為の準備をします。その準備はどんなことかと言うと、」
案内人は抱きかかえていた赤ん坊を、子供達によく見えるようにする。赤ん坊は、
すう
っとあの光の粒へと変わり、子供達から感嘆の声が上がる。
「すご~い。」
「綺麗ね。」
妖精さんみたい
光の粒は、子供達の周りを
くるくる
回り案内人の腕に帰って来る。
まずは
「この練習からです。一度経験のある子もいるけれど、ない子の方が今日は多いからね。出来るようになった子は、まだの子のお手伝いをしてあげて下さい。」
それでは、始めてくださーい。
本日一番とも言える大きな声で返事をした子供達は、思い思いに光の粒になるべく力を入れていく。
戦隊ものや、魔法少女の変身ポーズをとる子もいれば、どう見ても”大きいの”をきばっているようにしか見えない子。アニメの影響だろうか、何か呟きながら胸に手を当てている子までいる。
皆
「楽しそうね。」
光の粒を2つ周りに浮かべて、美咲は笑った。
お
「2人も出来るようになったんだね。早いなあ、流石”美咲先生”。」
そうでしょう?
美咲は戯けて、”無い眼鏡”の縁を
くい
と上げる仕草をする。付き合って案内人も”無い髭”を撫でる仕草をし、
「結構、結構。」
と返した。
まるで、優秀な探偵と執事、はたまた、美人教師と学校長かのようである。
そうこうしている間に、皆何とか粒のなり方を身につけた。最後まで手こずった12歳の賢太郎だけは肩で息をしている。
(うーん、やっぱりこういう子には難しいんだね。)
経験上、赤ん坊とそれに近い年齢層の子は教えなくても光の粒になることが出来る。それより少し上の子はコツさえ教えてやれば、どんな子も出来る。
問題なのは、それよりももっと年上の10歳前後の子供達。なかなか世の中の事を理解してきているだけあって、案内人の事を”分かって”いても光の粒になるのに時間がかかる。その中でも特に手強いのが、頭の切れる子達。
そんな
「非現実的な事、あってたまるか。」
と突っぱねられたこともあった。
その時はもう少しで、地縛霊になってしまう寸前で本当に危なかったのだ。
だからこそ、この年齢の子供達には気をつけなければいけない。
(まあ、それだけじゃないんだけどね。)
皆
「よく頑張ったね。じゃ、おじさんからのご褒美テーブルに用意してあるから。」
案内人が指差す先には、それぞれの好物の料理が並んでいる。子供達は取り合う事無く、まるで最初から席が決まっていたかのように大人しく座る。
わあ
「ママのオムライスだ。」
「お花ポテト!」
パパ
「の卵焼きだわ。すごーい。」
子供達は座ると直ぐに手を付けようとせずに、”何か”を待っている。
キラキラ
した瞳で案内人を見ている。
ん?
「な、何?」
はぁ〜
何人かがため息をついた。
ここまできたのなら、徹底してやれよ!と子供達は言いたいのだ。
おじさん
「先生役なんだから、”いただきます”の掛け声かけなきゃ。」
そうだよー
(役なんだ…。)
横でまた美咲が笑う。すっかり遊ばれてしまった、(いやいや、大人数の時はこれが案内人の役目なのかもしれないが)案内人は目を
パチクリ
やってから
あ
「そ、そうだね。」
抱いていた赤ん坊を光の粒にして、大事そうにしまうと、
ぱんっ
と手を胸の前で合わせた。子供達も真似をする。
では
「では、皆さん手を合わせてー。”いただきまーす”。」
いただきまーーすっ
子供達はもう
のりのり
で案内人に続き、勢いよく食事に取りかかる。
がつがつ
食べる子、大事そうにゆっくり食べる子、お喋りしながら食べ物を交換する子、と様々だ。
美咲を見ると、彼女の器はほぼ空だ。弟に食べさせる為に早く食べ終わったのかと思いきや、殆どを弟にやっている。それも、喜んでやっているのだ。
けんちゃん
「ほら、あーん。」
きゃ
「あ、あーーん。」
2人のメニューは同じだ。豚汁と肉じゃが、ありふれているが、それがこの上ない御馳走だ。母親の手料理の中で一番美味しい。母親は最近小洒落た料理を作ることが多かったが、実は煮炊き物の方が得意だ。時間が無いと言いながらも、作ってくれる煮物の方が断然美味しい。料理の幅を広げようとしていることは嬉しいが、子供の自分達にとっては慣れ親しんだ料理の方がいいのだ。
美味しい
「ねー、お母さんの肉じゃが。」
うん。ねー?
姉の事が大好きな弟は美咲にしがみつく。もう少しの処でこぼしそうになって慌てる美咲を案内人は微笑ましく見守っていた。
ちらほら
と食べ終わって
遊びだす子供が増えてきた。全ての子供が食べ終えたのを確認すると、忘れずに”御馳走様”の掛け声をかける。
はい
「皆、また大事なお話しをするから聞いてね。」
子供達の視線がしっかり集まっていることを見てから続ける。
お空に
「逝く前にもう一つ準備が必要です。それは最後に”一つだけのお願い”をすることです。皆は次の人生を始める為に、今回の人生に後悔を残さない様にしなくてはいけません。」
突然、1人の子が手を挙げる。
あ
「はい、萌さんどうぞ。」
はい!…っわぁ
元気よく立ち上がりすぎて、つんのめっている。長い髪をおさげにしている。案内人は慌てて駆け寄り支える。
あ
「ありがとうございます。”先生”、後悔が残るとどうなりますか?」
萌はもうすぐ8歳になるしっかり者の女の子だ。
いい
「質問ですね、萌さん。後悔が残ると、次の人生を始めるとこが遅くなったり、お空に逝けなくなってしまうこともあります。」
でも
案内人は萌を抱き上げる。
そう
「ならないように、おじさ…先生がついてます。だから、安心して”お願い”を見つけようね。」
子供達は元気に返事をした。
それぞれの願いは、他者には決められない。子供達自身が見つけ、魂の内側から湧き上がってくるのである。勿論、その子の希望が願いとして叶う場合があるが、極稀だ。
あ、あの
「先、生。」
消え入りそうな声で、案内人の横まで来て話すのは4歳の男の子の正勝。案内人に声をかけたはいいが、
もじもじ
している。
先生
「下ろしてもらえますか?」
腕に中の萌が訴えた。萌は下ろしてやると、正勝の手を袖で隠しながら握った。何とも可愛い光景だが、実際の所は違う。2人は幼いが、れっきとした”恋人”で、元々引込み思案の正勝は萌の為に男らしく振る舞おうとしていた。2人で色々試した結果、一番自然で目立たない”この方法”に行き着いたという訳だ。
しかし!その事を他の人に知られないようにしたい。というのが、この2人の想いである。
お陰で、正勝はそれまでの態度が嘘のように快活に話し出す。
こほん
「先生、僕はお母さんと一緒に逝きたいと思います。」
2人の関係性を知っている案内人は、生真面目な面持ちで聞いていた。どんな年齢であっても、相思相愛というものは美しい。何者をも凌駕する力を持っているといっても過言ではない。
わかった
「よ。それよりも、2人はそれでいいのかい?」
はい!!
2人が声を揃えて返事する。
ふふ
いい返事だ。一片の曇りもない、純粋なまでの”魂の叫び”が案内人には視える。
わかったよ
「その”願い”叶えよう。」
案内人は正勝の額に触れる。
風が周囲を包み、光を放つ。
…
「わぁ、凄い。」
先生、
「妖精さんなの?」
違うよ
「チート持ちのヒーローだよ。」
口々に好きな事を言う。だが、発想がアニメよりなのは現代っ子ならではだろう。
(とうとう、ヒーローになちゃった。)
などと内心
くすり
と笑う。
正勝は光に包まれたまま萌に別れを告げる。
萌
「ちゃん、またね。ずっと、大好きだよ。」
子供達から黄色い声が上がる。
うん
「私も大好きだよ。次も一緒にいようね。」
2人はすっかり自分達の世界だ。
正勝は萌の前に跪き、萌の手のある部分にキスをする。
またも子供達から歓声が上がる。映画のワンシーンの様な別れを告げた後、正勝は案内人に連れられて行った。
正勝は迎えに来ていた母親と一緒に、天へと昇って逝った。母親もこの火事で亡くなっており、正勝が”一つだけの願い”を考えた時にそれが伝わってきたのだ。人であった時にはない、一種の特殊能力と言ってもいい。
案内人は見送ると直ぐに子供達の所へ帰って来る。戻って来るまでに、また何人かが”願い”を決めたらしく寄ってくる。先程の萌もその1人だ。案内人はテキパキと子供達の”願い”を聞いていく。
萌さん
「本当に、いいのかい?」
ええ
「いいの。」
正勝が居た時とは全く違った口調で返す萌は年齢よりも随分大人びて見える。しかし、彼女の”地”はこちらだ。今まで正勝の理想の女の子を演じていた。騙していたのではなく、”彼女あるある”に近い。好きな相手には可愛く見られたい、気に入られたい、もっと愛して貰いたい。
という事なのだ。
では
「その”願い”叶えましょう。」
案内人の言葉と共に光出す、萌。
”おじさん”、ありがとう。
短い言葉だけを残し、逝った。彼女の願いは、萌がこっそり耳打ちしたので、案内人だけが知るところとなった。が、逝く時に彼女が見せた希望に満ちた横顔だけがその満足度を語っていた。
その後も次々と子供達は”願い”を叶えてもらい、旅立って逝く。大半が亡くなった親達と逝くか、親に別れを告げ生まれ変わる事を選ぶ。
そうして、最後まで残ったのは美咲達姉弟と賢太郎の3人だ。
随分
「落ち着いたね。もうすぐ、夜明けだし。」
弟を抱っこしながら、美咲が賢太郎に話しかける。
うん
賢太郎は少し上の空だ。そろそろ”願い”を決めなくてはいけないのだが、全く決まらないのだ。生きていた頃に、こんなに悩んだ事は無い。
なんでも即決するタイプでその場その場で
スパッ
と決める。いや、決めてきたはずだ。なのに今、それが出来ないでいる。理由は、分かりきっていた。
おじさん
「僕、自分がどうなったのか見たい。」
唐突に口から出た。いや、最初から気になっていたのだ。充満する煙の中で意識を失った。その後がどうなったのかをこの目に焼き付けたい。
あのマンションはやっと鎮火したところで、まだあちこちから煙が上がっている。
うん
「いいよ。でも、途中で嫌になったらいってね。」
(嫌?…嫌、か。)
賢太郎は考えた。今まで自身の感情で動いた事など無かった。損得を考え将来どちらが自分自身の得になるかを計算した上で動いていたのだ。
いや、違う。
これは、両親に植え付けられたものだ。常にそう考えるように、幼い頃から言われてきた。特に父親は盛大に褒めてくれた後に、言うことが多かった。
煙がまだ充満する中、担架に乗せられた一つの遺体。それが自分だとは思わず、見てしまう。
う
「僕、ホントに死んでるの?」
嘘だと言って欲しい。確かに顔は煤だらけだが、どう見ても眠っているだけだ。
だが、無常にも案内人の言葉がとどめの一言を刺す。
そうだよ
「君は亡くなった。」
この手の子に回りくどい言い方をしても意味がない事は十二分に承知している。そんな言い方をしても慰めにもならないからだ。ならいっそ、
ズバ
っと正直に言ってしまった方がいいのだ。
「そうか、死んだ…死んだんだ。」
呟きを何度も繰り返し、壊れたレコードの様になる。しかし、何十回目かに突然傍にあった車のボンネットに拳を叩きつけた。
ダアーン
とありえない位の音が鳴り響き、車は無残にもその形を変えてしまう。
ポルターガイストの一種だ。しかし案内人はすかさずその車の上にマンションのコンクリートの一部を瞬間移動させる。これで人間達は崩れた破片が降ってきたのだと勘違いしてくれる。
よし!
「おじさん、ありがとう。これで心の整理がついたよ
。」
再び顔を上げた賢太郎は、別人の様に明るい眼差しになりその表情も次への期待に満ちている。
彼の心が決まったのだろう。
決まった
「かい?君の逝く先は。」
うん
その眼の奥の魂の輝きは言葉だけでなく紛れもなく本物のようだ。
なら
「君の”願い”を聞かせてくれ。」
僕の
「願いは、直ぐにでも生まれ変わる事だよ。」
賢太郎にしては意外な事を言う。しかし、見方を変えれば非常に理にかなっていることも確かだ。何時までも今世にしがみついていても、身体に戻って生き返れるわけでも、このまま魂のままでいることも出来ないのだから。
一つだけ
「聞いていいかい?君は、今の魂の状態をどう思った?」
少し、漠然とした質問だ。賢太郎は、腕を組み暫く考えた後答える。
僕は
「不完全で、”完全”なものだと思うよ。」
えっと
自分の考えを表現する言葉を探す。
魂
「そのものは壊れやすくて身体という器が無ければ長くは存在出来ない。そういう意味では不完全だけど、素直に感情を表したり、死後の世界や魂の存在とその”意味”など、生きていた時には到底理解出来なかった事を理解出来てしまうという意味では、完全。」
そう言ってから今度は唸り始める。
うーーん
「ちょっと違うな。…僕がもっと詩人みたいに綺麗に言葉に出来たら良いんだけど、僕が思っているような知識とかそういう類の物じゃないから表現が難しいや。」
ふふ
思わず笑みが溢れた。
あ
「ごめんね。可愛いと思ってしまって。」
案内人の一言に賢太郎は赤くなる。それを悟られないようにするために直ぐに後ろを向いた。
と、
「とにかく、言葉にするのは難しいけど、でもそんなに悪いものでもなかったよ。楽しかったしさ。」
最後のは、聞こえるか聞こえないかの小声だ。しかし、案内人の耳にはしっかりと聞こえていた。賢太郎の背中を
ポンポン
とやってから、
それは
「良かった、君にとってこの経験はいい財産になるよ。じゃあ、用意はいいかい?」
賢太郎は案内人の方を見ず、マンションの敷地の一角に視線を動かす。その先には、父親が背中を頻りに震わせている。暫く見ていた賢太郎は浮かんできた涙を乱暴に拭ってから顔を上げた。そして、
うん
と力強く答えた。
では
「君の”願いを叶えよう”。」
案内人と共に光出した賢太郎は全身を見回す。
これ
「暖かいんだね。それにこの幸福感、予想通りだ。」
そう
「だろう?でもそれは、君自身が期待に満ちているからなんだよ。この光はそれをちょっと後押しするものなんだ。」
うん
「ありがとう。…じゃあ、いくね。」
賢太郎はそのまま光の粒になり、ある方向めがけて飛んで行く。それは、父親の足元で火傷した腕を冷やす母親だった。勿論、母親にそれが見える事は無い。
案内人は賢太郎を見送った後、美咲達が待つ丘へと戻って来た。
おじさん!!
「早く!早くきてー!!」
助けてー。
と美咲の悲鳴にも似た叫びが響く。慌てて案内人が駆けつけると、
ふわふわ
と浮く光の粒を掌に浮かべている美咲の姿が見える。
なんだ。
と一瞬安心したのも束の間。
いや!
「違う!あれは!!」
案内人は信じられないものを目にする。自身が居ないにも関わらず子供の”願い”が聞き届けられていたからだ。
願いが叶った恐らく”けんた”と思われる光の粒を抱えて美咲は困り果てていた。
おろおろ
している美咲は光の粒をどうすることも出来ないでいる。
美咲さん
「けんた君をこっちに!」
滑り込む様にけんたの魂の光の粒を受け取り、”願い”を叶える手順をふむ。光の粒は
ふわり ふわり
舞踊り、天へと上がっていく。
よかった
「ありがとう、おじさん。ごめんなさい、こんなことになるなんて思わなくて。」
いや、彼女自身にも原因なんてものは分かるまい。案内人だって今までの案内人生活で初めてのことなのだから。
だが、彼女がけんたの”願い”を聞き届けられたのは確かだ。
君の
「せいじゃない。大丈夫だから、何があったのか教えて。」
案内人は美咲の肩を抱き寄せ落ち着かせる様に背中を擦る。
ほ
と落ち着いた美咲は案内人がいなくなった時からの事を話す。
案内人が賢太郎を連れて行った後、けんたは、美咲と一緒に遊んでいて突然願いを決めたと言い出した。
そこからは、止まらなかった。美咲がおじさんが来るまで待とうと言うと、けんたは待てない、と言う。
お姉ちゃん
「が、お願い聞いて?ねえ、僕のお願いお姉ちゃんに聞いて欲しいなー。」
ええ?
「けんちゃん、それは無理だよ。おじさんにしか出来ないんだから。」
美咲の横で可愛らしく首を捻っていたけんたは、突然表情を止める。そして、こう言ったという。
大丈夫
「お姉ちゃん、もうおじさんと同じになってるもん。」
と。
案内人は無いはずの血の気が引いていく様な気がした。まさかとは思うが…。
美咲さん
「もしかして、君最初から”願い”が決まってたのかい?」
案内人は美咲の顔を覗き込む。
ううん
美咲は首を横に振った。流石に3度目とは言え、願いが最初から決まっていたなんて事はあり得ない。迎えに行きたての時には、何も感じられなかった。何より、美咲自身がそんなことは感じていなかったと言う。
だって
「私の願いは、けんちゃんやお母さんと一緒に逝く事で……?え?」
話しているうちに、美咲はある事に気付く。
ー本当に、それは自身の”願い”か?ー
あ あれ?
「何で?どういう事?」
自身の”願い”であるにも関わらず、何も内側から湧き上がってこないのだ。
私の
「願いじゃ…ない?……おじさん。」
どうしよう
案内人に縋るように崩れた美咲はその場にへたり込む。案内人はその手を大きな手で包んだ。
何も
「心配いらないよ。どんな”願い”でも大丈夫だから。」
案内人の言葉に涙が溢れる。
本当の事を言っても良いのだろうか?
母やけんたと違う先であっても良いのか?
私
「…私、…。」
うん
案内人は美咲の中から溢れそうになっている”それ”を引き出すべく
そっ
と僅かに握った手に力を込める。それが美咲にも伝わって、抑え込んでいたものが溢れ出す。
私
「ここに居たい。ここに居て、おじさんと同じ案内人になりたい。」
とうとう
言ってしまった。そして、一旦溢れてしまったものは戻らずどんどん出てきてしまう。
私
「弟が一緒に死んじゃったから、一緒に居てあげなくちゃいけないって思って。お姉ちゃんだから、そうしないといけないってずっと思ってて。でも、でも、」
あの子に
「おじさんと同じになってるって言われた時に、”違う”って思っちゃって。」
そう
「思ったら、止められなくて。だから、だから。」
そこからは、もう声になる様な、ならない様な言葉で聞き取れない。しかし、案内人はしっかりと聞いた。そこからは、自身でも止められなかったようでけんたの”願い”を聞いてしまった。だがそこからどうしていいのか分からず、
おろおろ
していたのだ。
美咲は自分でも気が付かない位の魂の奥底で、”憧れ”を”願い”としてしまっていたようだ。
(ああ、この子は…。)
案内人は美咲の魂の内側から溢れてくるあるモノに小さく驚く。それは何処までも深く、清らかでかつての聖人達をも凌ぐほどのものだった。
案内人は美咲の頭を優しく撫でる。
よく
「頑張ったね。大丈夫だ、それが君の逝く先だ。」
案内人は天を指す。いつもの光の柱が降り、”使者”が現れる。美咲は慌てた。
お
「おじさん、私逝かなきゃいけないの?」
違うよ
「案内人になるにも学校的な所で教わる必要があるからね。ほら美咲さん、けんた君をちゃんと送れなかっただろう?基本を教わっていないからだよ。教われば出来るようになる。先ずはそこからだよ。」
案内人と”使者”を不安そうに見る。”使者”は何時ものように美しいが、この時だけは少し恐ろしく見えた。案内人は”使者”に美咲の願いを伝える。勿論普通の会話ではないからその内容は美咲には聞こえない。”使者”は何度か頷く様な仕草を見せた後、何時もの様に
にこり
と笑いかけた。
美咲さん
「時間だよ。」
案内人はいつも以上に優しい声を出す。美咲は不安と期待とが入り混じった複雑な気持ちでいるのだ。それを少しでも和らげてやらなくてはいけない。
おじさん
「私、おじさんみたいに優しくて頼りになる”案内人”になりたい。」
美咲の言葉に案内人は少し照れる。いや、今はそんな場合じゃない。と、後頭部にやった手を降ろす。
君は
「もっと凄い案内人になるよ。僕なんかじゃ足元にも及ばない位のね。」
また
「会える?」
ああ
「必ず。時々様子を見に行くよ。案内人を送った者として。…それに報告に行かなくちゃいけない時もあるからね。」
ふふ
ちょっと気不味そうに言う案内人に、美咲は
くすり
笑う。上に報告に行くとは、やらかしてしまった時だからだ。
うん
「待ってる。…見てて、きっと近いうちに凄腕案内人になって帰ってくるから。」
むん
と力こぶを作った。何とも頼もしい限りだ。
それから
「おじさん、ありがとう。3回も私を送ってくれて。」
いいや
「いいんだよ。僕は、君達の為だけにいるんだから。」
そう美咲に言いながら案内人は、気持ちは娘がお嫁に行ってしまう父親の様だった。顔で笑って心で泣いている。
晴れやかな顔をしながら、美咲は逝った。
案内人が美咲を見送る瞳にやっと顔を出した朝日が映る。
20年後、一組のカップルが小さな教会で式を挙げる。立会人、参列者は居らずたった2人だけの式だ。
新郎は跪き、新婦の左手の薬指にキスをする。交わした指輪が誇らしげに2人を見守っていた。
そしてその10年後、ある大学病院で最年少の院長が誕生する。彼は生まれる前に亡くなった自身の兄の名を借り、
”ケンターオアシス”という病気の子供の家族が病院の近くに住めるようになる、仕組みを後の世に作り出すことになる。これによって難病や重病を患った子供の家族の負担が劇的に軽くなったのだった。
よかった
「皆、元気にやってるんだね。」
…
「ああ、もう、皆立派な大人になっちゃったなあ。」
ぐすり
と鼻を啜り上げる案内人と、それを傍らで見守る”新人案内人”。やたらと大人びて胸元まで
パックリ
開いたスーツのシャツを閉めなさいと言いたくなる。
お父さんはそんな子に育てた覚えはありません!!
幾つも季節は巡り、人間達が代替わりしていく。だが案内人達は変わることなく子供達を見送っていく。
ただ、輪廻の輪に従って。
今回
「の事は不問にする。彼女はお前よりも優秀な案内人になるだろう。」
通りの良い声が響く。声だけを聞いていれば、きっと世の女性は口を揃えて言うだろう。耳元で囁かれたい、と。それ程に美声である。そんな声を聞いているにも関わらず、案内人は頭を上げることが出来ない。圧倒的な力の差に加え、自身を案内人へと変えた存在だからだ。流れる事のない冷たいものを背中に感じながら、その威圧感に耐える。だが、相手にはその意思はない。ただ報告を受け、それに対して答えているだけだ。厳しい口調だが、実際に何かしらの罰を与えられた事は無い。身勝手な振る舞いをしない限り、目の前にいる”神”は自分達に対して寛大だ。
今までもそうであったように、これからもそうであることを願う案内人であった。