表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子供水先案内人  作者: M.J
1/5

身近な案内人

幼くして死を迎えた魂は何処へ・・・。

願わくば、その魂も心も安らかに。

 死んだ魂の案内人は、大忙し。

案内をするのは、子供限定!?死神かと言われれば、それは絶対に違うので注意が必要だ。

子供達の魂が迷わないように、案内人は今日も行く逝く。

 とある、小児病院の一室。必死に我が子の魂を呼び戻そうと叫び声が上がる。


いや

「いやっ、かぁ君ママをおいて行かないで。…もうすぐお誕生日じゃない。一緒にお祝いしようねって約束したでしょ。お願い…よ。」


腕の中で失われていく体温を感じながら、泣き声を尚も響かせ、出来る限りの場所を優しく撫でた。



部屋を吹き抜ける風だけが、

と周囲を取り囲んで消える。まるで、励ますように。支えるように。



なー、

「ママ。家帰ろう。何か、痛いの治ったし、腹減ったー。」

同じ部屋、同じ時刻ー。

泣きじゃくる母親の横で、つまらなそうに床に大の字になった子供がいる。


なー

「帰ろうよー。」


散々言い疲れた様な口調で台詞と共に、息を吐き出した。数ヶ月前、ゲームを買って欲しいと、駄々をこねた時よりも疲れていた。

 正直、泣きたい。しかし、泣く訳にはいかない。大好きなアニメのキャラクターが、

「俺は、もう泣かない!この悲しみを胸にもっと強くなる!!」

そういった時から、泣かないと決めた。それに、もうすぐ()()()()()になる。妹に無様な姿を見せるわけにはいかない。気力を振り絞り、もう一度母に訴えるべく立ち上がる。


なー

「ママ、帰ろー。」


と母親の腕の中を覗こうとした時、


おいおいっ


まるで急かすような声がした。

誰だろうと、顔を上げ見回すがいない。気のせいだったかな?と首を捻っていると、また、


おいおい

「こっちだ、こっち。」

今度は、はっきりと後方で声がした。振り向くと、

ぼろぼろ

のコートを着た、見たこともない”おじさん”が部屋の隅の椅子に腰かけ、手招きしている。知らない”おじさん”なのに、何故か自分の内側から「知ってる!!」と叫び声がする。

いやいや

見たことない人だ。幼稚園で習ったぞ、こんなときは

「いかのおすし」

だ。

 ついて行ってはいけないのだ!

が、しかし、どうしても内側からの声が消えない。”おじさん”も、手の振り方が激しくなり、半分腰を浮かせた様な体勢で手招いている。

(いっちゃ、だめ……いや、行かないと。)

そうなると、もう止められなかった。

と、弾かれたように足が駆け出し、まるで行きたくて仕方なかった様に”おじさん”の胸に飛び込んだ。その途端、今まで微かに感じていた痛みと空腹感が無くなり、代わりに母親の胸に抱かれた時の様な安心感が湧き上がった。

(ああ、やっぱり知ってる。なんで、今まで忘れてたんやろ?)

大きな腕と身体で受け止めてくてた”おじさん”は、

ぎゅ

と温かく抱き締めてくれたあと、

ごつごつ

の手で優しく頭を撫でてくれた。


おかえり

「よく、頑張ったな。」

”おじさん”は一番聞きたかった言葉を言ってくれた。それだけで、嬉しくて嬉しくて涙が出そうだ。だが、泣いてはいけない。泣かない!

と涙を堪えて、笑った。


せやろ?

「めっちゃ、頑張ったで()()。」

普段は使わない言葉遣いで、決めてみた。


()()言葉遣いが大人になったなあ。」


へへ


上の前歯が欠けた顔で笑った。2週間前に抜けたばかりで、母親が抜けた小さな乳歯を大事そうに、歯の形をしたケースにしまっていたのをぼんやり思い出した。


なあ

「ママ…、()()()()は何で泣いてるん?」


”おじさん”は


うーん


少し唸ってから、また優しく撫でてくれた。


大きく

「なったから、話しておこうか。」


”おじさん”は、母親が見えるように膝の上に座らせてくれた。母親は、必死に()()を抱えている。見ていると、なんだか

むっ

となる。


君の

「お母さんは君が死んだと思っている。」


ええ?


びっくりしすぎて、思わず大きな声が出てしまった。また()()()()()()()に怒られると、咄嗟に扉の方を見た。幸い、()()は近くにいないようだ。

と小さく息を吐く。


はは

「…不思議だろ?君は()()()()()のにね。」

だけどね


”おじさん”は少しおいてから、続けた。


「お母さんは、()()()が動かなくなったら君が死んだと思ってしまうんだ。」


実に”おじさん”は変な事を言う。動けて、脚も…、と思い下を見た。うん、ある。しっかりと。脚もあるのに、死んでるって?!


え?

「ええ?」


首を右に左に捻った。分からない。

”おじさん”は肩に手を置き、


「君は、魂だけの状態なんだ。魂はね、普通の人には見えないからちょっと無理もないんだけどね。」


「やっぱり、おばけ?ってこと?」


ん?

「違う違う。お化けじゃないさ。お化けっていうのはなあ、天に帰れなかった霊体のことだ。」


ふうん


いや、分からない。違いなんて全く。しかし、ここは大人な返答をしておこう。

”おじさん”が何か続けようとしたタイミングで、母親の声が一層高くなった。何だか、

ぐっ

っと胸が痛くなった。


なあ

「おっちゃん。俺、マ…お母さんに何かしてあげたい。」


うん

「何でも言ってごらん。」


既に、するべきことは決まっている。こういう時は、一番()()()()()()()をしなくては。しかし、声に出して言うのは気が引ける。母親には自分の姿は見えていない、聞こえていないようだが、もしかしたら聞こえる時も()()()()しれない。

戸惑っていると、扉付近で、

がた

物音がする。見ると、父親の姿。今までに見たことがないくらいに()()顔をしている。泣いているのか、怒っているのか分からない表情で。


「…お、父さん。」


いつもの大きな背中が今日は何故か小さい。

 父親は、消防士をしている。体格だけはよく、気は小さいが優しくて、休みの日には必ず遊んでくれた。母親の次に大好きで、憧れの存在でもあった。

父親はその場で、泣き崩れた。声を出して。こんな姿は見たことがない。病気だと分かったときでさえ、


大丈夫

「だ、俺が治してやる。」


そう言って、笑顔で抱き締めてくれた。

(パパ!!)

 泣かないで。そう言いたくなった。しかし、届かないだろう。”おじさん”がそう言っていた。


おっちゃん

「俺、パパとママに”ぎゅ”してやりたい。」


”おじさん”は少し天井を見つめてから、床に下ろしてくれた。それから生真面目な顔になり、


それが

「”一つだけの願い”で、いいのかい?」


何が?とは聞かない。この()()を知っている。以前にも聞いたことがある。


うん!


と元気よく答えた。”おじさん”は、また優しく頭を撫でてくれた。この手が、大好きなのを思い出した。


そうか

「分かった。”その願い叶えよう”」


”おじさん”が立ち上がるとぼろぼろのコートが風もないのに、

ふわり

浮き上がり、微かに光りを放った。”おじさん”自身も光っているように見える。その手で、

ぽんぽん

と頭を触られると、手や足、体が光り出す。


わぁ


格好いい!

アニメでよく見るやつだ。現代の技術を以てしてもこんな事は出来ない。わかっているからこそ、憧れる。


よし

「これで、()()()()()から。」

それと


”おじさん”はしゃがみ込み


これが

「済んだら、”あそこ”へ戻るんだよ。」


”おじさん”が母親のほんの少しだけ見えるお腹を指差した。横からでもはっきりと分かるくらいに出っ張っている。


おっちゃん

「あかんで。あそこは、俺の”はなちゃん”が入っとるとこや。」


冗談じゃない、大事な妹をどうする気だ?!”おじさん”は悪い人じゃない筈なのに、どうしてこんな事を言うんだろう。


ちがう

「違う。ええとな、”はなちゃん”が言ったんだよ。君に先に生まれてくれって。」


え?

「”はなちゃん”が?」


”おじさん”の言っていることは分からない。どうして、そんな事になるのかも。


そうだ

「”はなちゃん”は、お腹の中で死んでしまったんだ。しかし、”はなちゃん”は後の世で”重要な人物”になる。だから、神様は”はなちゃん”を死なせる訳にはいかないんだ。そこで、君だ。」


”おじさん”は一息置いて続ける。


君は

「強い。”はなちゃん”の体を守れるんだ。”はなちゃん”もそれを望んでいる。この入れ替わりは、”はなちゃん”自信が望んだことなんだよ。」


”おじさん”は少しだけ強く肩を揺さぶった。


”はなちゃん”

「が?何で?」


ふふ

「大好きなお兄ちゃんは、いてほしいそうだ。」


??


”おじさん”は詳しく話してくれた。

それで、ようやく納得出来た。簡単に言えばこうだ。

”はなちゃん”は体が耐えきれず死んでしまった、しかし”はな”の体は生まれなくてはいけない。

お兄ちゃんの魂が入れば、体は今なら助かる。

”はなちゃん”はお兄ちゃんが先に生まれて欲しい。

それが、”はなちゃん”の”1つだけの願い”なのだ。

ここまで言われて、()が断れるわけがないだろう。


うん

「わかった。おっちゃん、任しといて。」


どんとこいだ。次は絶対長生きしてやるぜ。だけど、もう一つ気がかりがある。


”はなちゃん”

「は、ちゃんと後から生まれてくる?」


これだけは確認しておかなければならない。”はなちゃん”が生まれなくなっては、困る。


それ

「は、大丈夫。必ず生まれてくるから。さあ、君の”願い”の時間だ。」


”おじさん”はそう言って抱き上げ、ベッドへ乗せてくれた。

 両親の涙はまだ枯れず、父親はベッドにしがみつき、母親はまだ抜け殻の身体を抱いたままだった。

どうすれば、二人は泣き止むだろう?

1、叱る

2、慰める

3、びっくりさせる

どれが正解だろう?母親なら、優しく慰めてくれる。父親なら隠れた選択肢、4、笑わせる をしてくれる。

(よし、これや。)


へー

「ん、しんっ!ゴーゴー戦隊っ!海神(かいしん)ジャー!!海神レッド!」


決まった。変身ポーズは何百回とやってきた。手の角度、足の幅、頭の振り方、全てが完璧だ!

いつもはベッドの上でなんてやったら、怒られる。でも、流石に今日は怒られたりしないだろう。


!!?


両親は

ぴたり

泣くのを止めた。自分の耳を疑い顔を見合わせている。何が起きたのだろう、我が子は腕の中に居るのに、すぐ後ろで、確かに我が子の声がした。空耳だろうか?それとも、我が子が死んだショックで気が触れたのだろうか?


この

「声、まさか、勝晃?!」


口火を切ったのは、父親だった。我が子の聞き慣れた声だ、間違える筈がない。母親は放心したように、動かない。頭が、追いつかないのだろう。


へへへ


かぁ君?


力なく母親が聞いた。

ふむ、まだわからないのだろうか?確かに、”おじさん”は見えるようになったとは言ってなかったな。まあ、声が聞こえるだけでも良しとしよう。


「引っ込んだ?!びっくりした?」


両親は

こくこく

と頷いた。何故だかはわからないが、声だけは聞こえる。現実なのか、はたまた夢なのか、どちらでもいい!

醒めないで!そんな思いが今胸の中で溢れている。


ぼく

「な、もう痛ないで。苦しいのも全部なくなったから、大丈夫やで。」


まずは、父親を抱き締めた。やっぱり、パパは大きい。ぼくも、こんなに大きくなれたんかな?


パパ

「ありがとう。またキャッチボールしよな。」


ああ、ああ


父親は、もう声にならない。

何だか、可愛く見えるのは気のせいではないだろう。

ぼろぼろ

涙を流して抱き返してくれた。見えないが、感覚でわかってくれたらしい。


パパ

「ママと交代していい?」


もうちょっと、と言いたかったが仕方がない。でも、これだけは。



父親は

拳を突き出した。いつもの、男同士の”挨拶”だ。

拳同士を合わせ

手の甲、掌、再び手の甲

そして最後に

腕を組み

額を突き合わせ

にっしっし

と笑う

息ぴったり。流石親子だ。

次は、母親だ。

と、近付く。

それだけで、直ぐに分かったのか、抜け殻の身体を置き手を伸ばしてくれた。

ぎゅう

と抱き締める。今までで一番優しく、一番の大好きを込めて。


ママ

「大好きやで。今までいっぱいいっっぱいありがとう。」


大サービスだ、おでこに

ちゅ

としてやった。ほんとは、好きな子にしてあげたかったけど。

母親はなかなか離してくれなかった。しかし、それが嬉しかった。世界で一番大好きな場所だ。僕だけの場所だ。


すぐ

「帰ってくるからな。待っててな。」


両親に最後の台詞の記憶はないだろう。二人共、気を失ってしまったのだから。


なあ

「おっちゃん。」


うん?


「ありがとう!お願い叶えてくれて。」


うん

「準備はいいかい?」


ええよ


よし

「じゃあ、”次”は長生きしておいで。」


うん!!


七色の光を放ち、小さな魂は母親のお腹へと消えた。



懐で、何やら

ごそごそ

する。くすぐったくって、しょうがない。


おい

「待て待て、慌てないで。」


ぴょこん

と、何かが飛び出してきた。光の粒のようなものだった。それは、周囲を

くるりくるり

と飛びまわる。


うん

「良かったな。”お兄ちゃん”、無事に逝けたよ。」

え?

「いや、違うよ。ちゃんとお腹に行ったよ。」


赤く光った何かは、床に降り立ち長い髪の少女の様な姿になる。口を

ぱくぱく

動かして、何やら話しているように見える。


うん

「大丈夫。さあ、次は君の番だよ。”お願い”はもう聞いちゃったから、3年後また帰っておいで。それまで、()()()でゆっくりしておいで。」

ほら、来たよ


その声と共に、周囲が眩しい光に包まれて、部屋も病院もビル群も全てなくなっていく。そして、一際強い光が天から降り注ぎ”何か”がその光に乗って降りてくる。それは、女性の様でもあり、天使の様でもあった。少女に向かって両手を差し出している。少女は嬉しそうに駆け寄り、こちらを振り返って手を振った。振り返すと、少女は光の粒に戻り"天使の様な者”の腕に飛び込んだ。

それから二人、否、一人と一粒は、天へと昇っていった。



それから後、20年後ー。あの夫婦はどうなったのかー。妹が生まれる筈が、出てきてびっくり、何と男の子。これには、産婦人科の医師もひっくり返った。


だって

「しっかり見たよ。()()()()()だから。」

ごめんねー。


医師は涙目で謝罪してくれたが、母親は嬉しかった。3年後には、女の子が生まれた。次男である上の子は、今海外の空手大会に出場すべく遠征に出ている。戻って来たときには、また1つメダルが増えるだろう。娘ももうすぐ留学する。海外にある大学の助教授に来てみないかと、誘われている。

 家の飾棚には、2人が貰ったメダルやトロフィーが


ずらり


並び、その中央には小さな写真が飾られている。母親お気に入りの可愛い写真立ての中で、

男の子が

笑っていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ