身近な案内人
幼くして死を迎えた魂は何処へ・・・。
願わくば、その魂も心も安らかに。
死んだ魂の案内人は、大忙し。
案内をするのは、子供限定!?死神かと言われれば、それは絶対に違うので注意が必要だ。
子供達の魂が迷わないように、案内人は今日も行く逝く。
とある、小児病院の一室。必死に我が子の魂を呼び戻そうと叫び声が上がる。
いや
「いやっ、かぁ君ママをおいて行かないで。…もうすぐお誕生日じゃない。一緒にお祝いしようねって約束したでしょ。お願い…よ。」
腕の中で失われていく体温を感じながら、泣き声を尚も響かせ、出来る限りの場所を優しく撫でた。
部屋を吹き抜ける風だけが、
そ
と周囲を取り囲んで消える。まるで、励ますように。支えるように。
なー、
「ママ。家帰ろう。何か、痛いの治ったし、腹減ったー。」
同じ部屋、同じ時刻ー。
泣きじゃくる母親の横で、つまらなそうに床に大の字になった子供がいる。
なー
「帰ろうよー。」
散々言い疲れた様な口調で台詞と共に、息を吐き出した。数ヶ月前、ゲームを買って欲しいと、駄々をこねた時よりも疲れていた。
正直、泣きたい。しかし、泣く訳にはいかない。大好きなアニメのキャラクターが、
「俺は、もう泣かない!この悲しみを胸にもっと強くなる!!」
そういった時から、泣かないと決めた。それに、もうすぐお兄ちゃんになる。妹に無様な姿を見せるわけにはいかない。気力を振り絞り、もう一度母に訴えるべく立ち上がる。
なー
「ママ、帰ろー。」
と母親の腕の中を覗こうとした時、
おいおいっ
まるで急かすような声がした。
誰だろうと、顔を上げ見回すがいない。気のせいだったかな?と首を捻っていると、また、
おいおい
「こっちだ、こっち。」
今度は、はっきりと後方で声がした。振り向くと、
ぼろぼろ
のコートを着た、見たこともない”おじさん”が部屋の隅の椅子に腰かけ、手招きしている。知らない”おじさん”なのに、何故か自分の内側から「知ってる!!」と叫び声がする。
いやいや
見たことない人だ。幼稚園で習ったぞ、こんなときは
「いかのおすし」
だ。
ついて行ってはいけないのだ!
が、しかし、どうしても内側からの声が消えない。”おじさん”も、手の振り方が激しくなり、半分腰を浮かせた様な体勢で手招いている。
(いっちゃ、だめ……いや、行かないと。)
そうなると、もう止められなかった。
ぱ
と、弾かれたように足が駆け出し、まるで行きたくて仕方なかった様に”おじさん”の胸に飛び込んだ。その途端、今まで微かに感じていた痛みと空腹感が無くなり、代わりに母親の胸に抱かれた時の様な安心感が湧き上がった。
(ああ、やっぱり知ってる。なんで、今まで忘れてたんやろ?)
大きな腕と身体で受け止めてくてた”おじさん”は、
ぎゅ
と温かく抱き締めてくれたあと、
ごつごつ
の手で優しく頭を撫でてくれた。
おかえり
「よく、頑張ったな。」
”おじさん”は一番聞きたかった言葉を言ってくれた。それだけで、嬉しくて嬉しくて涙が出そうだ。だが、泣いてはいけない。泣かない!
ぐ
と涙を堪えて、笑った。
せやろ?
「めっちゃ、頑張ったでおれ。」
普段は使わない言葉遣いで、決めてみた。
お
「また言葉遣いが大人になったなあ。」
へへ
上の前歯が欠けた顔で笑った。2週間前に抜けたばかりで、母親が抜けた小さな乳歯を大事そうに、歯の形をしたケースにしまっていたのをぼんやり思い出した。
なあ
「ママ…、お母さんは何で泣いてるん?」
”おじさん”は
うーん
少し唸ってから、また優しく撫でてくれた。
大きく
「なったから、話しておこうか。」
”おじさん”は、母親が見えるように膝の上に座らせてくれた。母親は、必死に何かを抱えている。見ていると、なんだか
むっ
となる。
君の
「お母さんは君が死んだと思っている。」
ええ?
びっくりしすぎて、思わず大きな声が出てしまった。またゆかちゃん先生に怒られると、咄嗟に扉の方を見た。幸い、先生は近くにいないようだ。
ほ
と小さく息を吐く。
はは
「…不思議だろ?君はここにいるのにね。」
だけどね
”おじさん”は少しおいてから、続けた。
「お母さんは、あっちが動かなくなったら君が死んだと思ってしまうんだ。」
実に”おじさん”は変な事を言う。動けて、脚も…、と思い下を見た。うん、ある。しっかりと。脚もあるのに、死んでるって?!
え?
「ええ?」
首を右に左に捻った。分からない。
”おじさん”は肩に手を置き、
今
「君は、魂だけの状態なんだ。魂はね、普通の人には見えないからちょっと無理もないんだけどね。」
俺
「やっぱり、おばけ?ってこと?」
ん?
「違う違う。お化けじゃないさ。お化けっていうのはなあ、天に帰れなかった霊体のことだ。」
ふうん
いや、分からない。違いなんて全く。しかし、ここは大人な返答をしておこう。
”おじさん”が何か続けようとしたタイミングで、母親の声が一層高くなった。何だか、
ぐっ
っと胸が痛くなった。
なあ
「おっちゃん。俺、マ…お母さんに何かしてあげたい。」
うん
「何でも言ってごらん。」
既に、するべきことは決まっている。こういう時は、一番してほしいことをしなくては。しかし、声に出して言うのは気が引ける。母親には自分の姿は見えていない、聞こえていないようだが、もしかしたら聞こえる時もあるかもしれない。
戸惑っていると、扉付近で、
がた
物音がする。見ると、父親の姿。今までに見たことがないくらいに妙な顔をしている。泣いているのか、怒っているのか分からない表情で。
パ
「…お、父さん。」
いつもの大きな背中が今日は何故か小さい。
父親は、消防士をしている。体格だけはよく、気は小さいが優しくて、休みの日には必ず遊んでくれた。母親の次に大好きで、憧れの存在でもあった。
父親はその場で、泣き崩れた。声を出して。こんな姿は見たことがない。病気だと分かったときでさえ、
大丈夫
「だ、俺が治してやる。」
そう言って、笑顔で抱き締めてくれた。
(パパ!!)
泣かないで。そう言いたくなった。しかし、届かないだろう。”おじさん”がそう言っていた。
おっちゃん
「俺、パパとママに”ぎゅ”してやりたい。」
”おじさん”は少し天井を見つめてから、床に下ろしてくれた。それから生真面目な顔になり、
それが
「”一つだけの願い”で、いいのかい?」
何が?とは聞かない。この質問を知っている。以前にも聞いたことがある。
うん!
と元気よく答えた。”おじさん”は、また優しく頭を撫でてくれた。この手が、大好きなのを思い出した。
そうか
「分かった。”その願い叶えよう”」
”おじさん”が立ち上がるとぼろぼろのコートが風もないのに、
ふわり
浮き上がり、微かに光りを放った。”おじさん”自身も光っているように見える。その手で、
ぽんぽん
と頭を触られると、手や足、体が光り出す。
わぁ
格好いい!
アニメでよく見るやつだ。現代の技術を以てしてもこんな事は出来ない。わかっているからこそ、憧れる。
よし
「これで、触れられるから。」
それと
”おじさん”はしゃがみ込み
これが
「済んだら、”あそこ”へ戻るんだよ。」
”おじさん”が母親のほんの少しだけ見えるお腹を指差した。横からでもはっきりと分かるくらいに出っ張っている。
おっちゃん
「あかんで。あそこは、俺の”はなちゃん”が入っとるとこや。」
冗談じゃない、大事な妹をどうする気だ?!”おじさん”は悪い人じゃない筈なのに、どうしてこんな事を言うんだろう。
ちがう
「違う。ええとな、”はなちゃん”が言ったんだよ。君に先に生まれてくれって。」
え?
「”はなちゃん”が?」
”おじさん”の言っていることは分からない。どうして、そんな事になるのかも。
そうだ
「”はなちゃん”は、お腹の中で死んでしまったんだ。しかし、”はなちゃん”は後の世で”重要な人物”になる。だから、神様は”はなちゃん”を死なせる訳にはいかないんだ。そこで、君だ。」
”おじさん”は一息置いて続ける。
君は
「強い。”はなちゃん”の体を守れるんだ。”はなちゃん”もそれを望んでいる。この入れ替わりは、”はなちゃん”自信が望んだことなんだよ。」
”おじさん”は少しだけ強く肩を揺さぶった。
”はなちゃん”
「が?何で?」
ふふ
「大好きなお兄ちゃんは、いてほしいそうだ。」
??
”おじさん”は詳しく話してくれた。
それで、ようやく納得出来た。簡単に言えばこうだ。
”はなちゃん”は体が耐えきれず死んでしまった、しかし”はな”の体は生まれなくてはいけない。
お兄ちゃんの魂が入れば、体は今なら助かる。
”はなちゃん”はお兄ちゃんが先に生まれて欲しい。
それが、”はなちゃん”の”1つだけの願い”なのだ。
ここまで言われて、兄が断れるわけがないだろう。
うん
「わかった。おっちゃん、任しといて。」
どんとこいだ。次は絶対長生きしてやるぜ。だけど、もう一つ気がかりがある。
”はなちゃん”
「は、ちゃんと後から生まれてくる?」
これだけは確認しておかなければならない。”はなちゃん”が生まれなくなっては、困る。
それ
「は、大丈夫。必ず生まれてくるから。さあ、君の”願い”の時間だ。」
”おじさん”はそう言って抱き上げ、ベッドへ乗せてくれた。
両親の涙はまだ枯れず、父親はベッドにしがみつき、母親はまだ抜け殻の身体を抱いたままだった。
どうすれば、二人は泣き止むだろう?
1、叱る
2、慰める
3、びっくりさせる
どれが正解だろう?母親なら、優しく慰めてくれる。父親なら隠れた選択肢、4、笑わせる をしてくれる。
(よし、これや。)
へー
「ん、しんっ!ゴーゴー戦隊っ!海神ジャー!!海神レッド!」
決まった。変身ポーズは何百回とやってきた。手の角度、足の幅、頭の振り方、全てが完璧だ!
いつもはベッドの上でなんてやったら、怒られる。でも、流石に今日は怒られたりしないだろう。
!!?
両親は
ぴたり
泣くのを止めた。自分の耳を疑い顔を見合わせている。何が起きたのだろう、我が子は腕の中に居るのに、すぐ後ろで、確かに我が子の声がした。空耳だろうか?それとも、我が子が死んだショックで気が触れたのだろうか?
この
「声、まさか、勝晃?!」
口火を切ったのは、父親だった。我が子の聞き慣れた声だ、間違える筈がない。母親は放心したように、動かない。頭が、追いつかないのだろう。
へへへ
かぁ君?
力なく母親が聞いた。
ふむ、まだわからないのだろうか?確かに、”おじさん”は見えるようになったとは言ってなかったな。まあ、声が聞こえるだけでも良しとしよう。
涙
「引っ込んだ?!びっくりした?」
両親は
こくこく
と頷いた。何故だかはわからないが、声だけは聞こえる。現実なのか、はたまた夢なのか、どちらでもいい!
醒めないで!そんな思いが今胸の中で溢れている。
ぼく
「な、もう痛ないで。苦しいのも全部なくなったから、大丈夫やで。」
まずは、父親を抱き締めた。やっぱり、パパは大きい。ぼくも、こんなに大きくなれたんかな?
パパ
「ありがとう。またキャッチボールしよな。」
ああ、ああ
父親は、もう声にならない。
何だか、可愛く見えるのは気のせいではないだろう。
ぼろぼろ
涙を流して抱き返してくれた。見えないが、感覚でわかってくれたらしい。
パパ
「ママと交代していい?」
もうちょっと、と言いたかったが仕方がない。でも、これだけは。
勝
父親は
拳を突き出した。いつもの、男同士の”挨拶”だ。
拳同士を合わせ
手の甲、掌、再び手の甲
そして最後に
腕を組み
額を突き合わせ
にっしっし
と笑う
息ぴったり。流石親子だ。
次は、母親だ。
そ
と、近付く。
それだけで、直ぐに分かったのか、抜け殻の身体を置き手を伸ばしてくれた。
ぎゅう
と抱き締める。今までで一番優しく、一番の大好きを込めて。
ママ
「大好きやで。今までいっぱいいっっぱいありがとう。」
大サービスだ、おでこに
ちゅ
としてやった。ほんとは、好きな子にしてあげたかったけど。
母親はなかなか離してくれなかった。しかし、それが嬉しかった。世界で一番大好きな場所だ。僕だけの場所だ。
すぐ
「帰ってくるからな。待っててな。」
両親に最後の台詞の記憶はないだろう。二人共、気を失ってしまったのだから。
なあ
「おっちゃん。」
うん?
「ありがとう!お願い叶えてくれて。」
うん
「準備はいいかい?」
ええよ
よし
「じゃあ、”次”は長生きしておいで。」
うん!!
七色の光を放ち、小さな魂は母親のお腹へと消えた。
懐で、何やら
ごそごそ
する。くすぐったくって、しょうがない。
おい
「待て待て、慌てないで。」
ぴょこん
と、何かが飛び出してきた。光の粒のようなものだった。それは、周囲を
くるりくるり
と飛びまわる。
うん
「良かったな。”お兄ちゃん”、無事に逝けたよ。」
え?
「いや、違うよ。ちゃんとお腹に行ったよ。」
赤く光った何かは、床に降り立ち長い髪の少女の様な姿になる。口を
ぱくぱく
動かして、何やら話しているように見える。
うん
「大丈夫。さあ、次は君の番だよ。”お願い”はもう聞いちゃったから、3年後また帰っておいで。それまで、あっちでゆっくりしておいで。」
ほら、来たよ
その声と共に、周囲が眩しい光に包まれて、部屋も病院もビル群も全てなくなっていく。そして、一際強い光が天から降り注ぎ”何か”がその光に乗って降りてくる。それは、女性の様でもあり、天使の様でもあった。少女に向かって両手を差し出している。少女は嬉しそうに駆け寄り、こちらを振り返って手を振った。振り返すと、少女は光の粒に戻り"天使の様な者”の腕に飛び込んだ。
それから二人、否、一人と一粒は、天へと昇っていった。
それから後、20年後ー。あの夫婦はどうなったのかー。妹が生まれる筈が、出てきてびっくり、何と男の子。これには、産婦人科の医師もひっくり返った。
だって
「しっかり見たよ。なかったんだから。」
ごめんねー。
医師は涙目で謝罪してくれたが、母親は嬉しかった。3年後には、女の子が生まれた。次男である上の子は、今海外の空手大会に出場すべく遠征に出ている。戻って来たときには、また1つメダルが増えるだろう。娘ももうすぐ留学する。海外にある大学の助教授に来てみないかと、誘われている。
家の飾棚には、2人が貰ったメダルやトロフィーが
ずらり
並び、その中央には小さな写真が飾られている。母親お気に入りの可愛い写真立ての中で、
男の子が
笑っていた。