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悪魔の騎士は拳で語りあう

「わたしの黒髪は染めてあるんだよ。銀髪なんて年寄りみたいじゃないか。初見の相手に悪魔の騎士であることを悟らせないというメリットもある」

 タナキサは朗らかに語った。

 封切られたワインが打ち解けた雰囲気を醸し出している。

 イルケビスも飲んでいるし、イステバも飲んだ。

 アセットはひとくち舐めて、酒はまだ口に合わないと止めていた。


 アセットとイステバが昨晩に宿とした家だった。

 タナキサとイルケビスもこの家を今晩の宿と決めていた。

 タナキサの率いてきた兵団は、彼女以外全員男だったので、アセットたちと同じ屋根の下のほうがくつろげるらしかった。


 保護した謎の少女もこの家のベッドで休んでいる。

 アセットたちは彼女の重いローブとブーツを脱がし、下着姿で寝かせた。

 下着もやはり古いデザインだった。

 古いが身体も下着も汚れてはいなかったのでそのままにしてある。

 栗色の長い髪がベッドに広がっていた。熱はまだ下がっていない。


 となりの家からはグラウスと談笑する兵たちの声が響いてきていた。

 兵たちはグラウスのことを勇敢な母親と讃えて祝杯をあげていた。


 いまこの村にいる全員は勝利したのだった。

 辺境を騒がせていたアガモルゲの落とし子は退治された。

 タナキサとその兵団の任務は終わった。


 予想よりずっと早く事が済んだため、食料の心配がなくなった。

 それで一気に消費してしまおうと軽い祝宴が開かれていたのだった。

 貧乏くじを引いた斥候がひとり、ぶつぶつ文句をいいながら知らせを街まで運んでいるだろう。


 そんなわけで、

 まだ日も高いうちから酒の封が切られ、タナキサの兵団は短い休息に入ったのだった。

 もう夜になっていた。少なくとも今晩はこの村に泊まる。


 タナキサは謎の少女の額から湿布をとって、さらに湿らせた。

「わたしは多少医術の心得があるが外傷専門だからな。この娘がこのまま目を覚まさなければ、ベルラッサで医者や魔術師に見せるしかない。運ぶにはおまえのエクウスがうってつけだろう。馬車より揺れない」


 そう言われてアセットは困ってしまう。

 ベルラッサに行くつもりはなかった。

 タナキサはアセットがついてくるものと勝手に決めてしまっている。

 アセットはアガモルゲの探索を続けるつもりだった。

 すきを見てここから逃げ出したいところだが、

 謎の少女が持っているだろう情報は気になった。

 彼女が早く目を覚ましてくれるといいのだが。


 アセットは兵団からわけてもらった干し肉を噛みながら言った。

「この人、アガモルゲの落とし子のなかにいたんじゃないでしょうか。あの怪物のなかに、デーモンみたく何百年も封印されたんだと思うんです」

 イステバがワインを舐めながら言った。

「人間が怪物のなかに封じこまれて数百年? そんなの聞いたことない」

「でもアタシたちもアガモルゲのこと詳しくないしねぇ」

 イルケビスが言った。

 タナキサが言葉を受ける。

「アガモルゲの研究は進んでいないが、この娘が目を覚ませば事情が変わるかもしれない。重要な娘だ。なんとしてもベルラッサに連れて行く必要があるだろう」

 イステバが聞く。

「お姉さんもあのお嬢さんが怪物のなかにいたと思ってるの?」

「状況的にアセットの推測は正しい。あそこにはひとけがなかった。わたしが見逃すはずはないからな。とすれば中にいたんだろう」


 となりの家からどっと笑い声があがる。それを耳にしてタナキサは立ちあがった。

「向こうの宴にも顔をだしておくとするか。イルケビスも来い」

 イステバが目を輝かせた。

「アタシも行っていい?」

「もちろんかまわない。アセットも来るか?」

「わたしはいいです。ゆっくりしたいから」

「そうか」


 タナキサとイルケビス、イステバは出ていった。

 少しの間をおいて、となりの家からどっと歓声があがる。

 三人は向こうの宴会に合流したらしい。

 アセットはひとりになった。だが、ゆっくり過ごすつもりはない。

「さてと……」


 アセットはいそいそと荷造りを始めた。

 まとめた荷物は外のエクウスへ積んでいく。

 必要とあればすぐ逃げ出せるように準備を進めた。

 エクウスに積める荷物はそれほど多くない。小一時間で作業は終わってしまった。

 となりの家は盛りあがっているようだった。

 どうせイステバが戻ってこなければ出発できないし、夜の旅はできれば避けたい。

 出ていく行かせないでタナキサとひと悶着起こすのは明日の朝になるだろう。

 それまで休んだほうがいい。

 謎の少女は深い眠りに落ちたまま。

 アセットは明かりを消して、自分もひとときの眠りについた。


 どれほど眠ったものか、アセットは妙な気配で目覚めた。

 それともとなりの喧騒のせいだったかもしれない。

 消したはずの明かりがひとつ灯っているらしかった。

 アセットは身体を起こしてそちらへ目を向ける。


 そこにあった光はろうそくでもランプでもなかった。


 謎の少女が目覚めて身体を起こし、その手のひらに正体不明の光球が載っていた。

 それが光を放ち、少女の緑色をした瞳を輝かせていた。

 少女の顔がアセットへ向く。

 アセットの黒い瞳と少女の緑の瞳がみつめあった。それは運命のように。

 

 アセットは問う。

「あなたは誰?」

 少女は応えた。

「ここはどこ?」

 自分の身が見ず知らずの場所に置かれていては不安だろう。

 アセットはそれを汲んで、まず質問に答えてやった。

「わたしもこの村の名前は知らないけど、アガモルゲの勢力圏のすぐ外側にある開拓村」

「アガモルゲから遠く離れた?」

 アセットは少し考えてから答えた。

「アガモルゲがいまどこにいるかわからないくらい離れてるけど、世界のほとんどの場所に比べればずっとアガモルゲに近いかも」

「そう……、わたし出てきちゃったんだ、アガモルゲから……」

「あなたの名前は? どうしてアガモルゲにいたの?」

 少女は手のひらの光球を揺らして、それをみつめながら答えた。

「わたしはパモナ。アガモルゲでだいじな用事があった。それは使命だったはず。それは覚えている、というかそんな気がする。でも……、まるで自分が外へ溶け出して中身が薄れてしまったように、なにか……いろいろ思い出せない……」

「パモナ、その手のひらの光はなに? どんな仕組みになってるの?」

「これは魔法。すごく自然に使える」


 その返答にアセットは衝撃を受けた。


 魔法。


 デーモンも従えずに魔法が使えるということは、

 このパモナ自身が魔力を持っているということだった。

 魔力を持った人間など、パルツァベル以降、ほとんど存在しない。

 人間の魔力はパルツァベルで燃え尽きてしまったはずだった。


 アセットの声はわずかに震えた。

「どうして魔法が使えるの、デーモンもいないのに」

 パモナは眉根を寄せた。

「わたしは子供の頃から魔法を学んだから……ルテキアの学院で……」

「ルテキア……?」

 アセットはその名を知っていた。

 昔話で幾度も聞いた。

 もはや伝説の魔導都市国家の名だった。

 ルテキアはパルツァベル後に隆盛した場所だが、いまではすでに滅んでいる。

 これでパモナの服装が古いことの理由がわかったかもしれない。

 アセットは隠すことなく言った。

「ルテキアはいまでは伝説上の存在よ。大昔に滅んだ。あなたのいっていることが本当なら、あなたはずっと過去に暮らした人ってことよ。どうにかして時間をとびこえてきたようなもの」

「そう……なんだ……。でもアガモルゲは存在している。そうでしょ?」

「そう。あなたもね」


 パモナは深く息を吸いこんだ。

「のどが乾いた。お水、ない?」

「ちょっと待ってて」

 アセットは桶から水を汲んでパモナに渡した。

 パモナが光球を消して水を受け取った。

 彼女がのどを潤しているあいだに、アセットは部屋の明かりをつけてまわる。

 となりの家は相変わらず盛りあがっているようだった。

 向こうの宴が終わるまでに、なにか重要な話を聞きだせるだろうか。



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