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水蒸気の向こうには少女2

 女戦士のほうが口を開いて、豊かな声量で言った。

「さっきはすまなかったな。仕事のじゃまをされたくはなかった。それにイルケビスがやってみろというのでついノッてしまった」

 女戦士はアセットに右手を差しだしてきた。

「わたしはタナキサ。ノデン王国のプライマル・ナイトだ。我々は王国に所属する悪魔の騎士をそう呼んでいる。いまはわたししかいないがね」


 どうやら敵意はないらしいと悟り、アセットは恐恐しながらもタナキサの手を握り返した。

「アセットといいます」

「すまなかったな。面倒くさいのが苦手でね。村からずっと飛んできたので、着装時間の限界が近かった。素早く勝負をつけなくちゃならなかったのさ。おまえと話しあってる時間はなかったし、足手まといになられても困るからな」


 一方的にいわれてアセットも少し腹がたった。

 しかし相手は頭ひとつ以上背が高く、戦いの経験も積んでいそうだった。

 とても素手のケンカで勝てる相手ではない。

 アセットは怒りから目を背けるために疑問を聞いてみた。

「着装時間てなんですか?」

 タナキサは驚いていた。

「知らないのか? 悪魔の騎士の命にかかわる問題だぞ」

 イルケビスが揶揄するように言った。

「その子、新米みたいだし、まだ強敵と戦ったことないんでしょ。おねーちゃんいちばん着装時間が短いのに、いままで問題になってないってことはさ」

 イステバが頬を膨らませる。

「そのかわりいちばん装甲が厚くて、いちばんパワーあるもん。だから長姉なんだし……」

 イルケビスが聞いた。

「いままで何百年もどこ行ってたの?」

「……土に埋められてた……」

「あーっはっはっはっ! ふ、ふーいんされてたのぉー? あーっはっはっはっ! おねーちゃんらしいー!」

 イルケビスが腹を抱えて笑っている。


 タナキサが言った。

「装着時間とはプライマル・スーツを身につけていられる時間だ。つまり、悪魔の騎士になっていられる時間。それが限界を超えるとプライマル・スーツは強制的にデーモンに戻ってしまう。ふたたび悪魔の騎士となるにはクールダウンが必要になる。着装時間はデーモンと契約者の相性にもよるようだが、そのへんはわたしも詳しくないな。いまは悪魔の騎士が少ない時代だ、同業の知り合いなどいないしな」

 アセットはイステバへ振り向いた。

「本当?」

 イステバは答える。

「うん。いままでは相手がチョロかったから問題にならなかったけど本当。これからアガモルゲに近づいて強敵と戦うことになったら気をつけてね。着装時間が過ぎたらしばらく逃げ回るしかないから。てゆーか、やっぱやめにしない? アガモルゲに行くのなんて」

 タナキサが眉間にシワを寄せて聞いてきた。

「おまえたち、アガモルゲに行くつもりなのか? なんのために?」


 同じ悪魔の騎士といっても、まだ心を開くには早すぎる。

 アセットはいつもどおりの理由を述べた。

「お、お宝を探しに……」

「そんな用事ならやめとけ、馬鹿らしい。それよりわたしについてくるといい。悪魔の騎士なら無条件で騎士階級の登用だ。食べるのに困らないどころか任務についていないあいだは贅沢な暮らしができるぞ。わたしの屋敷に住まわせてやってもいい。ノデン王国の首都ベルラッサだ。遊ぶところもいくらでもある。おまえは休日前の劇場の楽しさもしらないだろう? 大学があるので勉学に励むこともできるぞ」


 イステバが目を輝かせた。

「ベルラッサってまだ華やかなの?」

「大都会だ。たぶんおまえの知っているベルラッサよりも繁栄している。ここ数百年、大きな戦争はなかったはずだからな。周辺国はみなベルラッサの庇護を求めてきたのでノデン王国とベルラッサはどんどん大きくなった」

「すごそう!」

 イステバは小さく叫び、アセットを振り向いた。

「いこうよ、アセット! 仕事もあるっていうし! 時の門なんかわすれちゃってさ!」

 つい口を滑らせたイステバに、タナキサが聞いた。

「時の門とはなんだ?」

 イステバの代わりにイルケビスが答える。

「アタシ知ってるぅー。アガモルゲの動力源よねぇ、噂によると。時の流れから莫大なエネルギーを抽出する永久機関だって。そんなのほんとにあるのかわかんないけど、アガモルゲは不滅で動き回ってるしね」


 視線がアセットに集まった。

 だからといって本当のことは話せない。アセットは慌てて取り繕った。

「お、お宝のひとつですよ! そうでしかないじゃないですか!」

「そうか……」

 タナキサは納得していない様子だったが、この点をそれ以上追求してこなかった。

 タナキサは言った。

「まあ、そんなことはどうでもいい。おまえたちはわたしとくるのがいちばんだ。主な仕事は今回のように人里を荒らす怪物退治。事件があるたび兵を率いてベルラッサから出ていくことになるが、任務はそう多くない。それに悪魔の騎士がふたりもいれば、アガモルゲ討伐命令を出してもらえるかもしれんぞ。そうすればおまえの望みも果たせるだろう」

「えっと……」

 アセットは答えに窮した。なんとか理屈をこねてみる。

「いいお話だとは思うんですが、わたしもう少し自由でいたくて……。アガモルゲにだけは行ってみたいんです。そのあとなら……」


 そのとき、アガモルゲの落とし子の巨体は完全に分解しきった。

 死の青い光柱が消え、内部に溜まっていた残りカスである水蒸気が溢れだす。

 湿った突風が四人を包みこんで通り過ぎた。


 タナキサが顔をかばいながら言った。

「落とし子の最期とはこんなものか」

「けほん、けほん」

 アセットは水蒸気を吸いこんでしまってむせる。


 イステバ身体をくねらせて懇願してきた。

「ねえ、アセットー、行こうよベルラッサにー。そのほうがぜったいためになるってー」

 身内のイステバにはアセットの口調も荒くなる。

「だから! 用事が済んだら……」 

 アセットは目にした。

 イステバの低い頭ごしに、

 アガモルゲの巨体があった場所、樹々がなぎ倒されて空き地になっている空間を。

 大地にわだかまる白いシルエット。

 アセットは目ざとく異変に気づいた。

「大変! 人が倒れてる!」

「なに! 人などいなかったはずだぞ!」

 狼狽するタナキサとともに、アセットたちは倒れている人影に走り寄った。


 草の上に、少女が意識を失って倒れていた。

 アセットより年上だが、タナキサより下。

 イルケビスの見た目と同じくらいだろうか。十代後半だ。

 見慣れない服を着ている。

 白く分厚く、華美な装飾の入ったローブ。足のブーツも見ないデザインだった。


 タナキサがかがんで少女の脈をとった。

「生きてるな。気絶してるだけだ」

 アセットは首をひねる。

「見ない服装ですね。どこから来た人だろう……」

 タナキサが言う。

「古いんだ。古い服装だ。本で似たような挿絵を見た覚えがある」

 イルケビスが口を開いた。

「そっか、古いんだ。アタシも覚えある気がする。三百年くらいまえには流行ってたよね、こういう服」

 金髪を揺らしてイステバが頷く。

「そう! アタシが封印される前にはこんな服着てる人いっぱいいた!」

 アセットがイステバに聞いた。

「もしかして、この人もデーモンなの……?」

「まさか。ぜんぜん人間」


 タナキサが倒れている少女の頬を軽くはたく。

「おい起きろ。こんなところで寝るな。起きろ」

「うぅーん……」

 少女は苦しげなうめきをあげて瞼を開く。

 なにが見えているのか、状況が飲みこめていない顔だった。

「ここは……?」

 アセットが答える。

「辺境ですよ。アガモルゲの彷徨圏内から少し外側の」

「アガモルゲ……」

 少女はそこまで言って再び沈みこむように気を失った。


 様子がおかしいのでアセットが額に手を当てる。

「すごい熱。ほっとけない」

 タナキサが眉根を寄せた。

「熱で気絶したか。どこかで休ませるしかない。村まで運ぼう」

 イステバがタナキサに聞く。

「村っておばちゃんがひとりしか残っていない村?」

「そうだ。そこに兵たちを待たせてある。そういえばおまえたちの荷物が置いてあったな。老女から悪魔の騎士が向かっていったと聞いて追ってきたんだ」

「じゃ、帰ろっか。この子運んで」


 一行は悪魔の騎士となって、谷の上へ少女を運んだ。

 そこからはアセットたちのエクウスで搬送することになった。

 サイドのバスケットに意識不明の少女を押しこみ、アセットのうしろにイステバがまたがる。


「こっちは時間制限があるからゆっくりしてられない。先に行って看病する準備を整えておく」

 そう言い残してタナキサとイルケビスが一体となって飛び去っていく。


 アセットはエクウスを発進させながら、背後のイステバを振り返った。

「この人、もしかしたらアガモルゲから来たのかもしれない。そう思わない?」

 イステバはあくびで答えた。

「どうでもいい。アタシ、ベルラッサ行きたい」

「予定は変えません」

 アセットはやはり頑なだった。

 

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