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水蒸気の向こうには少女

 アセットたちはもう一度この村へ戻ってくるつもりだった。

 エクウスから余計な荷物をおろす。

 アセットとイステバは、戦闘向けに身軽となったエクウスに騎乗し、準備を整えた。

 

 祈るような仕草でグラウスが言う。

「無茶をしいでないよ!」

「だいじょうぶです。必ず戻ってきますから!」

 アセットはハンドルを倒し、エクウスを発進させた。

 顔色に恐怖はない。自分の求めるものに近づいている証として、ただ輝いていた。


 エクウスは駆けた。村道を通り、伐採地を抜ける。

 すぐ深い森となり、もうスピードは出せない。

 アガモルゲの落とし子と遭遇することもなく樹に激突して死んでしまってはあまりに哀れだろう。

 

 ハンドルを操作して、樹を避けながらアセットは聞いた。

「ほんとにこっち? こっち行くしかないの?」

 澄ました顔でイステバが答える。

「アンタよりアタシのほうが耳がいいみたいだしね。それにどっち行ったって森じゃない」

「うん……」


 アセットはスピードを上げず、左右に身体を倒してくねるように森を抜けていく。

 ふたりは着実に金切り声の音源に近づいていた。

 文句は言ったが、アセットにもそれはわかった。


 さらにしばらくエクウスを進める。

 樹が途切れて陽光がさしこむ場所に来た。

 この先は下りの斜面らしかった。谷間の始まりに到達したのだった。

 そして、とうとうそこから見えた。目標が。


 引き裂くような金切り声は下から聞こえていた。

 谷間の底を、樹々を押し倒しながら移動している灰色の巨体が目に入る。

 確かにちょっとした丘くらいある亀に似た生き物だった。

 樹々に遮られて細部はわからない。

 しかし、強大な力を秘めた物体だと認識するには十分だった。

 樹がへし折れる苦鳴に続いて金切り声があがる。


 想像以上の巨体に、この距離からでもアセットは圧倒されかかっていた。

 停止したエクウスにまたがったまま、あっけにとられながら相棒に聞く。

「あれでしょ? だって、あれしかないもんね……」

 イステバは青い瞳を細めた。

「デカイね。アガモルゲもデカイったって、あんなにデカイのうようよしてないと思うけど」

「勝てると思う?」

「アンタに聞きたいわ」


 アセットは移動する巨体を眺めながら肘をハンドルに載せ、あごに拳をあてた。

「あれ、どこを叩けば倒せるかな」

「さあ? とりあえず顔面?」

「どこが顔面?」

「知らないよ! 近づかなきゃわかんないじゃん!」

「そっか。デーモンだからわたしより詳しいかと思ったけど、イステバもアガモルゲの落とし子は初めてなんだっけ」

 イステバがふてくされたように腕を組む。

「怪物とはいろいろ戦ってきたけど? 基本的には顔面よ。あんなの足一本もいだってなんにもなんないのわかるでしょ」

「うーん、あんなにデカイとは思わなかったなー。あんなの、人を狙って襲わなくても村に入られたらそれだけで壊滅だよねー」

「さすがに怖じ気づいた? 逃げる? そのほうが都合いいんだけど。簡単に死なれると困るから」

「でもグラウスおばさんの村もあるし、ほうっておいたらほかの開拓村だって危ないし」


 アガモルゲの落とし子を目にする前から決めていたことを、アセットは口にした。

「倒すよ、イステバ! わたしたちでなんとかする!」

「はぁーあ。現物見てから判断してよね、決めてたことじゃなくて。臨機応変にさー」

 アセットの瞳は決意に輝いた。頑なに言い張る。

「ヤリます。見て決めました」

 アセットはエクウスを降りて、イステバに向かって両腕を広げる。

「さ、行くよ」

「キライじゃないけどさー、そういうところ。死なないていどにしといてよね、あとが大変なんだから」

 イステバもサイドを降りて、アセットと抱きあおうと身を寄せる。

 その身体が帯状に解けた。

 プライマル・スーツ展開。解けたイステバはアセットを包みこんで装甲と化す。


 陽光のなか、紺碧と金色に輝く悪魔の騎士が現出していた。

 アセットは悪魔の騎士となった心強さに気分が昂ぶる。

 絶対無敵の感触があった。

 イステバの装甲越しに、谷間を這うアガモルゲの落とし子へ視線を落とす。


 アガモルゲの落とし子は強大な力で、樹々をものともせずに移動している。

 ここからでは、やはり弱点らしきものは判別できない。だが物理で押し切るつもりだった。


 アセットは作戦を告げた。

「まだこっちには気づいてない。奇襲でいくよ。一発で叩きのめすくらいの重いので! ゴーッ!」


 プライマル・スーツに包まれたアセットが跳ぶ。

 背中に噴出孔が開き、爆発的な推進噴射がアセットの身体を空へと運んだ。


 空中高くで狙いを定める。

 アガモルゲの落とし子の背中、その中央に高空からの一撃を決めるのだ。


「そこにッ!」

 アセットは巨大な怪物めがけて落下した。

 背中の推進噴射が下向きになり、重力にさらなる加速を追加する。

 流星のごとき速さでアガモルゲの落とし子へ着弾。衝撃が突き抜ける。

 それはアセットとイステバにできる最大限に重みのある攻撃だった。


 アセットの着地点を中心に、巨大な背中にヒビが走る。

 割れめから血に似た赤い体液がにじんだ。人間の血より粘りけがある。

 アガモルゲの落とし子は金属を裂くような悲鳴をあげた。


 アセットはすぐ怪物の背中を跳び離れ、高く上昇する。

「わりと効果あったじゃない。もう一撃いくよ!」

「油断しないで」

 イステバがたしなめる。


 アガモルゲの落とし子は樹々をひきずりながらも素早く移動していた。

 アセットはその動きに合わせて狙いを定める。

 二撃めを繰りだそうとしたときだった。イステバが切羽詰まったような声をだす。

「気をつけて! 来る! この気配は……」


 アセットは見た。

 黒と緑に輝く装甲を。

 人型の金属光沢が矢のように突っ込んでくる。


 悪魔の騎士! 

 

 そう思ったときにはもう遅かった。

 アセットはあごに強烈な打撃をくらい、脳震盪を起こして意識を失った。

 自分が墜落していくのも、もうアセットにはわからないのだった。


 闇のなかにイステバの声が聞こえる。

「アセット、まだ起きられない……? だめー?」


 続いて鋼を裂くようなアガモルゲの落とし子の吠え声。

 アセットは焦って目を覚ました。

「うっ!」

 身体を起こそうとしてうめく。頭が痛い。

 アセットは木陰に寝そべっていた。かたわらにイステバがちょこんと座っている。


 状況を思い出す。

 自分はアガモルゲの落とし子を倒そうとしていたところを、

 もうひとりの悪魔の騎士に襲われて気絶した。

 それからどうなったのだろう。

 とりあえず、自分もイステバも無事のようだったが。


 イステバがアガモルゲの落とし子を指差す。

「勝負、ついちゃったよ。アンタが寝てるあいだに」

 アセットは今度こそ身体を起こして、そちらに目をやる。


 アガモルゲの落とし子の絶叫は長く尾を引いていた。

 その巨体は震え、死の青い光を放ちながら分解していくところだった。

 あのもうひとりの悪魔の騎士が始末をつけたのだろう。


 イステバが言った。

「ごめんねアセット。デーモンは常識しらずばっかりでさ。とくに身内に対するいたずらがひどいのよ」

「え、どういうこと……?」

「待ってればわかるから」


 言われなくても待つしかなかった。まだ身体がうまく動かない。

 水を飲みたかったが、水も昼食も谷の上のエクウスに積んだままだった。


 アガモルゲの落とし子の巨体が、陽にさらされた霧のように分解して消えていく。

 それを背景に、太い樹のうしろから人影が現れた。

 黒と緑に輝く悪魔の騎士だった。

 男のように背が高く、肩幅も広い。しかし胸部は大きく膨らんでいた。

 体格がいいといっても女には違いない。両手にナタのような武器を握っていた。

 こちらへ歩いてくる。


 敵意があるのかないのかわからない。

 悪魔の騎士に襲われたら、生身のアセットなど一撃の半分でも死ぬ。


「イステバ!」 

 アセットは悪魔の騎士になろうとイステバにすがりついた。

 だがイステバは抱擁を返してこない。

「だいじょうぶ。殺されたりはしないから」

「そんな……」


 なすすべもなく待つ。

 黒と緑の悪魔の騎士は歩きながら装甲を解いた。

 帯状に解けた板金が、中身の人物の横で人型に凝縮する。

 それは緑の髪の美しい少女となった。

 歳は十代後半くらい。イステバよりずっと年上に見える。


 中身のほうは女らしくも体格のいい、大人の女だった。

 歳は二十代に見える。鋼の胸当てをしていて戦士階級らしかった。

 髪が黒い。

 デーモンと契約して悪魔の騎士となっているからには、アセットと同じ銀髪であるはずではないのだろうか。

 女戦士の豊かな黒髪はゆるくウェーブして肩の上で踊っている。


 緑の髪の少女デーモンがあっけらかんとした声をかけてきた。

「おねーちゃーん、ずいぶん見ないと思ってたら、そんなちんちくりんと契約してたのぉー? おねーちゃんもちんちくりんだから、お似合いっちゃお似合いだけどさー」


 イステバが眉をしかめた。

「あのアホっぽいのがイの三姉妹が次女、イルケビス。アタシの妹ってわけ。アホっぽいっていうかアホなんだけど」

 それからイルビテスに向かって声を張りあげる。

「バーカ!」

「おねーちゃんほどじゃないよぉー」

 イルケビスはけらけら笑った。



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