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デーモンメイデンよ憩いあれ

銀髪の悪魔の騎士、小さきアセットの最初の大きな冒険はこれで終わったのかもしれない。

 都に伝えられたアセットの功績は以下のものだった。

 まず、増殖しつつあったオークの集落を殲滅したこと。

 このさいには、奴隷とされていた開拓村の村人たちを多数救っている。


 そして、アセットの名を轟かせたアガモルゲへの旅。

 アセットはアガモルゲの奥部まで潜入し、その支配者を倒した。

 それのみならず、永久不滅とさえ思われていたアガモルゲの心臓部、時の門を破壊した。

 いま現在、アガモルゲはまだ動いているとの報告が寄せられているが、いっときはアガモルゲの支配者となったアセットのいうには、時間の問題であるという。


 この大きな冒険でアセットの得たものは多くはなかったかもしれない。

 しかし、その価値ははかりしれないほどに貴重な財産となったといえよう。


 この旅でアセットは数人の友を得た。

 苦労をともにしたふたりの悪魔の騎士、そしてパモナを。

 稀代の魔剣、ガグスタンも得た。

 悪魔の騎士姫、メレブの帯剣として伝説に謳われていたが、長らく所在不明だったガグスタンは、ふたたび悪魔の騎士の帯剣として、世に戻ってきた。


 そのほか、扱いに困るものもあった。

 アセットはアガモルゲの支配者たる証、王冠を持ってきてしまっていた。

 アガモルゲを脱出したあと、帰路の野営でタナキサに指摘されるまで、アセットは王冠のことをすっかり忘れていた。


 一行五人で焚き火を囲んで野営しているとき、タナキサが言った。

「おまえ、王冠持ってきちゃったな。まだアガモルゲとつながっているのか?」

「えっ?」

 アセットは自分の頭に手をやって、まだ王冠を載せていることを思い出した。

 王冠を手にとって眺める。

 金と銀でできているし、骨董的価値は高いだろう。

 それよりなにより、誰もが知るあのアガモルゲを管理できる王冠なのだった。

 その価値ははかりしれない。


 タナキサは言った。

「持ってきちゃったんだから、それはベルラッサに着いたら、おまえが王に献上しろ。望みのままの報奨が得られるだろう。おまえは今回のことで英雄扱いされるだろうが、それにしたって霞を食っていくわけにはいかないんだから。生活するには金があったほうがいい」

「うぅーん……」

 アセットはためつすがめつして王冠を眺めた。パモナの横顔もちらりと見る。


 これをこのままにしておいて、パモナに危険はないだろうか。

 それがアセットにとっていちばんの問題だった。

 もう時の門の中枢は破壊したのだから、

 パモナに問題はないはずだが、これがあるかぎり、万一ということもあるかもしれない。

 危険があるので、そこらへんに捨てていくこともできなかった。

 もう、ベルラッサまで持っていくしかない。

 だが、無傷の完全なまま、他人に渡すことはためらわれた。


「イステバ、こっちきて!」

 アセットはイステバと抱きあって悪魔の騎士となった。

 タナキサが止める間もあればこそ、悪魔の騎士の腕力で王冠を潰してしまう。

 王冠は不可思議な火花を散らして、ねじくれた塊になった。

 アセットは言った。

「これなら安心して献上できる」

 タナキサは呆れた。

「ああ、もったいないな。アガモルゲはまだ動いてるんだし、どれほどの価値があったかわからないものを。まあ、おまえらしいよ」


 一行は幾夜を野営して過ごし、まっすぐベルラッサへ向かった。

 花の都ベルラッサにおいて、タナキサは一目置かれる有力者である。

 タナキサの言はすぐ信用され、アセットたちは王と謁見し、ひしゃげた王冠を献上するに至った。

 アセットとイステバ、パモナは英雄として遇され、下にも置けない扱いを受けた。


 アガモルゲ滅する!


 この報にノデン王国のみならず、

 周辺諸国すべてが祝賀ムードとなり、アセットの名は広く知られることとなった。


 アセットたちの大きな冒険は、ここで資産的にも報われることになった。

 アセットとパモナはノデン王国の居住権と、召使いつきの屋敷を与えらた。

 そこでふたりで一緒に暮らす。

 アセットは名目上、タナキサの兵団に所属するふたりめの悪魔の騎士デーモンメイデンとなったが、ノデン王国としては、アセットとパモナのような貴重な人物をよそへ失いたくなかったのである。


 アセットの仕事は、悪魔の騎士として、兵団のほかの兵士へ稽古をつけること。

 兵団に加わって遠征することは渋った。それでも王国側はよしとしていた。

 破格の対応である。

 思うさま贅沢ができて、イステバはことのほか喜んだ。

 平和なベルラッサにいるため、一日のほとんどをアセットと離れて劇場めぐりをしている。


 パモナはその魔道士としての特異な資質を買われて、あっという間に大学の重鎮となってしまった。

 デーモンを従えることでしか魔法を使えない魔道士たちと、いくらでも研究することがあった。

 特に重鎮中の重鎮である老魔道士たちとの研究には熱心だった。

 パモナは、自らにかけられた転生の呪いを解きたかったらしい。

 アセットよりよほど忙しかった。


 しかし、どんなに忙しくても、アセットたちは朝食と夕食をともにした。

 ふたりは強く望んでこの習慣を守った。

 イステバはついでにつきあっているようなものだった。


 広い清潔な食堂。

 あと十人ほど席に余裕のあるテーブルでアセットたちは召使いに給仕を受けた。

 テーブルが大きいのは客が多いためだった。

 今日はアセット、イステバ、パモナの三人きりだが、ほかの客がいることのほうが多かった。

 タナキサもよく来たし、タナキサは親戚や友人もよく連れてきた。

 パモナの大学から同僚が来ることも珍しくない。


 今日の夕食、三人だけの食事は久しぶりだった。

 三人はアセットをまんなかにして横並びで食事をとっている。


 いまは流行りの服を身につけているパモナが、パンをちぎりながら言った。

「アガモルゲの王冠ね、アセットが壊したの、修復できちゃいそうなの」

 アセットは内心、不安がなくもなかったが、それを表に出さなかった。

「ヤブヘビにならなきゃいいけど。魔道士たちにとっては貴重なものとはいえね。わたしが壊した意味わかってないんだ」

「そこにあれば探求しちゃうからね、魔道士って」


 イステバが鹿肉をもごもご噛みながら言った。

「フェサレ劇場の『思いこそあれ』、明日千秋楽なのよ。アンタらも行かない?」

 アセットは答えた。

「いいかもね。イルケビスも誘ってあげたら?」

「もう誘った。タナキサと一緒にくるって」

「じゃあみんなで行こ。パモナも行くでしょ?」

 パモナは頷いた。

「劇場なんてひさしぶり。行く! ずっと忙しかったからなー。劇場通り、新しいお店何軒かできたんでしょ?」

 イステバは水のグラスを傾けて言った。

「それじゃ観劇のあとは食べ歩きね。キマリ!」

 アセットは笑った。

「食事しながらほかの食べ物のこと、よく考えられるね。わたし無理」

「質素に慣れすぎなのよ。もう少し贅沢を覚えなきゃ。束の間のことかもしれないし」


 安穏とした談笑は続く。

 この生活も悪くない。幸せだった。

 いつでも上質の食べ物が得られたし、仕事柄身体も動かす。

 ベルラッサにいるかぎり、知的好奇心も満たされた。


 しかしイステバは言った。

「束の間のことかもしれないし」と。


 イステバはアセットのことをわかっていた。

 アセットはこの贅沢な暮らしに飽きかかっていた。

 パモナがいるからこそ、疼きも治まっているが、本心では物足りなくなっていた。

 アセットは優れた悪魔の騎士である。

 戦いの渦中に身を置くのが本分なのかもしれなかった。

 

 アセットが冒険を求めて、ふたたび荒野へ踏みだす日は、そう遠くないだろう。


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