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輝く小樹は運命に首を垂れた2

「パモナ」

 アセットはひときわ強くパモナを抱きしめたあと、身体を離した。

「さあ帰ろう、パモナ」

 アセットは立ちあがろうとしてふらつく。

 精も根も尽き果てていた。脚の傷がとくに痛む。

 みかねたように、パモナはアセットに背中を向けてしゃがみこんだ。

「乗って、アセット。おぶってあげるから」

 アセットはしばし迷って、従った。

「じゃ、おねがい……」

 背中に乗ると、パモナの匂いと体温が安心感を与えてくれる。

 気が緩んで意識を失いかけるほどだった。パモナが言った。

「それで、どっちに行くの?」

 アセットは気を引き締めて王冠の力を使う。

「アガモルゲよ、時の門を出る!」

 ふたりの前に姿見ほどもある丸い鏡が出現した。

「さあ、鏡のなかへ行って」

「うん」

 アセットの指示に従って、パモナは鏡を通り抜けた。


 陽光を感じた、と思ったとたんに喧騒に包まれる。

「ちょっとぉー、むーりー!」

「くっ、こんなことは! ひと思いにやれっ!」

「ぎゃぁー! 厳しぃぃぃー!」

「キッツイわね、これ……」

「うっ……、うっ……」


 アセットとパモナが玉座に戻ると、そこは阿鼻叫喚だった。

 毒々しい色合いのクラゲみたいな生物が何匹もいて、タナキサたちを触手で絡めとっていた。

 触手の先から赤い舌のようなものがにょろにょろと蠢き、怪我人たちの傷を舐めている。

 その感触に耐えられす、一行は悲鳴をあげているのだった。


「なにこれ……」

 パモナが身を固くした。アセットが言う。

「どうも治療デーモンの治療みたい。わたしもこんなだとはしらなかったけど……」


「もう治った! 治った!」

 タナキサがクラゲを足蹴にして無理やり身体を離そうとしている。

 確かに顔の痣は消えていた。

 傷の匂いを嗅ぎつけたのか、一匹の治療デーモンがアセットたちのほうへ近づいてきた。

「アセットの傷はわたしが治すから!」

 パモナは治療デーモンを足で押して追い払った。


 その後、アセットは床に寝かされて、パモナの治癒魔法を施された。

 しばらく大騒ぎが続いたあと、全員の傷が癒やされた。

 治療デーモンたちはもと来たところへ帰っていった。


 乾いた粘液を顔からぱりぱりと剥がしながら、タナキサが聞いてきた。

「それで時の門はどうなったんだ?」

 アセットははにかんで答えた。

「けっきょく壊しちゃった。あれがある限り、パモナは自由になれないかもしれなかったから」

「そうだな。いいことか悪いことかわからんが、いまある世界をないものにもされたくないしな。それがいちばんだったろう。パモナは記憶が戻ったのか?」

 パモナは言いにくそうに答えた。

「それがぜんぜんで……。魔法のこと以外はここまでの旅がわたしの記憶のほとんど……」

「そうか。それも悪くないさ。いい旅だった」


 カバネルがやってきて、頭をかきながら言う。

「アタイも限界まで戦えて満足だよ。いい経験になったぁ。今度からはウォリアー・デーモン専門の仕事人になろうかなぁ。刺激的だしぃー」

 回復したデーモンたちはおしゃべりしていたが、その輪のなかから外れてイステバがやってきた。

「ねえアセット、ガグスタンをむき身で持って歩くのも物騒だからアタシに預けない?」

「どうするの」

「悪魔の騎士になって、ガグスタンを持ったまま、着装を解除。それでガグスタンはアタシのなかに入るから」

 アセットは言われたとおりにした。

 悪魔の騎士の着装を解除したあと、ガグスタンは消えていた。

 イステバがコルセットドレスの胸元を指し示してきた。

「ほら、ここに」

 そこには黒い剣の形をしたペンダントが下っていた。イメリアンのアベイラーと同様だろう。


 ガグスタンが消えたことで勇気を得たのか、グール貴族のアデーレが話しかけてきた。

 アデーレは荷物をもってきたあと、ずっとおとなしく佇んでいたのだった。

「もし。あのぅ……」

 アセットは鷹揚に頷いてみせた。

「もういいよ。約束を守る。でもおかしな気は起こさないで。わたしたちは傷ひとつないし、まわりのデーモンはみんなわたしの配下なんだから」


 アセットは王冠の力を使った。

 アンデッドたちを支配する呪いの鎖をみつけだし、その軛を解き放つ。

 頭のなかで軽い衝撃があった。

「終わった。これであなたちをアガモルゲにつなぐ呪いはなくなった。あなたたちは自由です」

 アデーレは血色の悪い顔に喜びを表した。 

「あ、ありがとうございます! それではわれわれは旅支度を始めますがゆえ!」

 グール貴族たちは喜びにさざめきながら去っていった。


 イメリアンが紫の髪をなでつけながら、アセットに聞いてきた。

「わたしの感覚では、このアガモルゲ、まだ移動しているようなのですが。動力源を破壊したのではないのですか」

 アセットは答えた。

「王冠があるからわかるけど、アガモルゲは巨体に蓄えた余力で動いてる。いつ止まるかはまだはっきりしないけど、いつかは止まるよ。いままでとは違って」

 タナキサは手で庇を作って、輝く天井をみあげた。

「ここは暖かくて居心地いいが、長居しないほうがよさそうだな。なにが起こるかわらない。わたしたちも出ていこう」


 だれも異存はなかった。アセットたちは荷物をまとめて脱出することにした。

 アセットが王冠の力を使って、隠されていた秘密の通路を開放していく。

 一行は食事をとりながら歩き、入ってきたときの三分の一も時間がかからず、外へ出られた。


 外は黄昏時を迎えていた。遠く、山並みに沈んでいく太陽が赤くぼんやりとしていた。

 アガモルゲはまだ動いていた。


 台地の縁に立ち、風に銀髪をなびかせて、アセットは振り返った。

「これで終わり。ぜんぶ終わり。明日からなにしよう……」

 イステバが頬を膨らませる。

「ちょっとアンタ! アタシとの約束があるでしょ!」

「えっ……?」

 タナキサが割って入ってきた。

「おまえたち、ベルラッサへ来る約束だったろう。イステバはそのことを言ってるんだ」

 アセットは思い出した。

「ああ、そうだっけ。ねえ、パモナはそれでいい?」

 パモナは少し頬を赤らめてうつむいた。

「わたしは行くとこなんてないし。アセットにつていく。どこまでも……」

「パモナ……。わたしももう離れないから……」

 いつとはわからず、アセットとパモナは手を握りあっていた。


 なにやらいい雰囲気になったところへ、カバネルが口を開いた。

「じゃ、出口もわかったことだしぃ、アタイはもういっかい中へ戻るかぁ」

 驚いたようにタナキサが聞く。

「おまえもベルラッサに来ないのか? 戻ってなにをするつもりだ」

「アタイ、ベルラッサって柄じゃないし。さきに言ってたろ、グールたちがさ、きんがあるって。そいつをちょろまかしてこようかと思ってね」

 アセットは笑った。

「あんまり欲をかいて死んだりしないで。わたし、またあなたと会いたいし」

「アタイはそんな間抜けじゃねぇよぅ。イメリアンもいるし、アベイラーもあるしぃ」

 タナキサも笑った。

「じゃあここでお別れだ。ところでわたしたちはどっちへ向かって飛べばいいんだ? アセットのエクウスがある方向がまったくわからない。イステバ、イルケビス、おまえたちはわからないか?」

 イステバは肩をすくめた。

「アタシ、そういうの得意じゃないし」

 イルケビスもはにかむ。

「ちょっと離れすぎてるねぇー」

 イメリアンが黒革のスーツに包まれた腕で太陽と逆の方向を指す。

「あっちです。わたしたちが元いたところは。お間違いないよう」

 アセットはイメリアンの腕を握った。

「ありがとう。あなたも元気でね」

「では」

「よっしゃぁー行くかぁー」

 イメリアンとカバネルは出入り口のほうへ歩いていく。


「方向もわかったことだし、わたしたちも飛ぶか」

 タナキサがイルケビスと抱きあって悪魔の騎士となった。

「わかった」

 アセットもイステバと抱きあい、悪魔の騎士となる。ガグスタンは背中の鞘に収まっていた。 

 悪魔の騎士の腕力で、アセットはパモナを抱きあげた。

「じゃ、飛ぶよ!」

 背中から勢いよく推進噴射が吹きだし、アセットたちはアガモルゲの縁から宙へ飛びだした。

「花の都ベルラッサへ!」

 ふたりの悪魔の騎士と、抱きかかえられた古代の魔道士は、夜の方角へ翔んだ。

 星々の輝くほうへ。  

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