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女王と騎士は足を踏みあって踊る2

 タナキサがつぶやいた。

「死してなお戦いに囚われた古の姫はふたたび死んで灰になった。終わったな」


 アセットは否定した。

「まだ終わってない。パモナを取り戻さないと。うっ……!」

 急に脚の力が抜けて思わず膝をついてしまう。

 アセットの闘志はまだ燃えたっているが、身体がついてこない。


 タナキサがアセットに腕を回して、身体を横たえた。

「まず手当だ。しかし布もないか……」

「これがあったよ」

 カバネルが白い布の塊を持ってきた。それをナイフで引き裂きながら言う。

「あの女王の服。身体は灰になったけど、服だけ残ってた。なにもないよりマシ」


 アセットの傷口に、タナキサが即製の包帯を巻いてくれる。

 アセットはそうされながら、目を閉じてアガモルゲの情報を探っていた。


 まず時の門。

 時の門はアガモルゲの深奥に設置されていた。

 そこへの道はなく、足で向かう方法はない。

 しかし、王冠を持つものならば簡単に行きつくことができるらしい。この問題は解決した。


 次の問題。

 アセットたちはデーモンたちも含めて満身創痍、ボロボロだった。治療が必要だった。

 このアガモルゲはアンデッドによって管理運営されているが、

 時期によっては普通の人間も多く乗り組むだろう。

 またはなにかの機会にデーモンが大怪我をするかもしれない。

 アガモルゲは戦いに備え、悠久の歴史を誇る倉庫のようなものでもあった。

 どこかに霊薬でも備蓄されていないかと、アセットは探った。

 そしてみつけた。

 この玉座の間から遠くないところに、

 治療を専門とするデーモンが数体、永遠ともいえる時を待機しているらしかった。

 アセットはさっそく、治療デーモンに出動を命じた。

 これで重傷のイステバにも手当ができるだろう。


 アセットは目を開けて告げた。

「ここ、治療デーモンていうのがいるの。いまよ呼び寄せたから、すぐ来ると思う」

 アセットの手当を終えたタナキサはどっと腰を下ろした。

「それは助かるな。正直、しんどい。まだやることもあるんだしな。カバネルなんかへばっているぞ、見てみろ」

 アセットは身体を起こして目をやった。カバネルは床の上に大の字になって目を閉じている

 イルケビスとイメリアンは、横たわったイステバの隣に、言葉なく座っていた。

 

 アセットの身体には包帯が巻かれているが、早くも滲みだした血で赤くなっていた。

 身体中が熱く、ひりひりする。しかし、この手当のおかげで失血死は免れるだろう。

 そうとなれば一刻も早く、パモナを助けなければならない。

 アセットはふらふらと立ちあがった。


 タナキサが見咎める。

「アセット、治療デーモンというのが来るまで待て。おまえの傷がいちばん深いんだぞ」

「わたしは待てない。もう時の門の準備はできてるの。わたしがよしとすれば、それだけでアガモルゲは時を遡ってしまう。パモナは時の門に組みこまれているはず。もしかしたらそれは辛いことかもしれない。パモナを一刻もはやく開放してあげないと」

「しかし、あとほんの少し待てば来るんだろ、治療デーモンは……」

「治療デーモンは来るけど、治療にかかる時間はわからない。だからわたしはいまいく」

 そのとき、玉座の壇より下から声がかかった。

「もし。もし。もうよろしくて……?」

 一行をここまで導いてきたグール貴族のアデーレだった。

 アデーレはどこかに退避していたらしいが戻ってきた。

 ほかの貴族とウォリアー・デーモンも引き連れている。

 そのデーモンたちにしても、アセットのほうがグール貴族たちより上位の支配者だった。

 これから戦いになることはない。


 タナキサが声をかけた。

「戻ってきたのか。すまないが、いまのいままであんたたちのことはすっかり忘れていたよ」

 メレブの姿が見えないからか、アデーレは臆することなく玉座の壇をあがってきた。

 アセットの頭を見て、安心したような声をだす。

「ことは上首尾に運んだのですね。メレブはもういない。あなたが新たな支配者ということでしょうか」

 アセットは答えた。

「そう。わたしがアガモルゲの全権を手に入れた」

 アデーレは身体でしなを作った。

「聡明なあなたさまでしたら、さきほど交わしたわたしたちの約束を覚えておいでだと思われますが……」

 約束どおり、自分たちを自由にしろというのだろう。

 アセットは目を閉じて王冠の力を使った。

 目的の情報を探す。それはあった。

 グールほか、このアガモルゲを管理するアンデッドたちを隷属させている呪いの鎖。

 それはアセットの意志ひとつで簡単に断ち切れるものらしかったが、アセットはまだそのままにしておいた。アデーレに告げる。

「あなたたちを開放することは約束するけど、まだあと。わたしたちは満身創痍だし、いまあなたたちを自由にしたら襲われないとも限らない。だからまだダメ。わたしが時の門を止めて戻ってくるまで待って」

「お、仰せのままに……」


 大の字に寝転がったまま、カバネルが声をあげた。

「アセットちゃーん、アタイ、のど乾いたぁー。なんとかならなぁーい?」

 支配者ともなると細かい雑事が次から次とわいてくる。

 水なら持ってきた荷物のなかにある。 

 それはグール貴族たちの住処に置いてきた。

 アセットは内心いらだちながら言った。

「アデーレ、ただ待ってるのも暇だろうから、わたしたちの荷物をここまで持ってきて。早く! さあ行って!」

「お、仰せのままに……」

 アデーレたちは小走りで去っていった。

 そのあとになってアセットは、

 支配者なら好きなところへ水を湧かせることができると知った。

 さっそくカバネルの頭上に水を吹きださせた。

 なにもない空間から水が流れ出る。カバネルは顔面で水を浴びた。

「うおっぷ! なにこれ! なにこれ!」

「キレイな水。飲めるよ」

「ありがたぁー……」

 カバネルは寝転がったままのどを潤した。

「まったく……」

 アセットはため息をついた。

 さっきまでの悲壮な決意も、横から次々と水を差されてゆるいものになってしまった。

 しかし肩は軽くなっていた。気力と体力もずいぶん戻ったような気がする。

 きっとパモナは無事だ。あと少しすれば、みんなそろって笑いあえる。


 アセットは両足を踏みしめて、背筋を伸ばした。

「それじゃ、ホントに行ってくるから。すぐ戻る」

 タナキサが気遣わしげに言った。

「ひとりで行くのか。わたしもついていこうか?」

 アセットは首を横に振った。

「先がどうなってるかわからないし。王冠とガグスタンがあるから、わたしひとりのほうが安全だと思う」

「そうか……」

 寝たままのイステバから声があがる。

「必ず戻ってくるのよ、アセット。アンタは悪魔の騎士。死ぬときはアタシの中って決まってる」

「イステバ、またガグスタンを振るわせてあげるから。待ってて。アガモルゲよ、時の門への扉を開け!」


 アセットの眼前に、姿見のような大きな鏡が出現した。

 手で触れてみようとすると、そのまま鏡面を突き抜ける。

 アセットは足を踏みだし、鏡のなかへ入っていった。  

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