宴はまばゆい光のもとで催され
先頭のグール貴族が触れると、門は中央から開いていった。
穴が開くと湿度の高い空気が吹き寄せてくる。
門の先の空間は緑色に見えた。グール貴族は躊躇したように立ち止まっている。
最後尾のアデーレが声をあげた。
「そんな。以前来訪したおりはこのようではありませんでした。いったい……」
アセットは首をひねってアデーレに聞く。
「以前て、どれくらい前に来たの?」
「お、およそ百年前ですが……」
イステバが呆れた。
「百年も経ってたらどれほど変わってても不思議じゃないじゃない。そういうのを不死ボケっていうのよ」
アデーレは気を取り直したように、指示を出した。
「とにかく進まねばなりません。お行きなさい!」
先頭のグール貴族はおずおずと足を進めはじめた。
アセットたちも緑の空間に足を踏み入れる。
そこはジャングルだった。
樹々が生い茂り、蔦が絡まりあっている。
針のように鋭い葉をした下草が赤い花を咲かせていた。
アセットが見たこともない植生だった。
緑の匂いが強い。奇妙な鳥の鳴き声が何種類も聞こえる。
この空間には動物たちも放されているようだった。
タナキサが首をめぐらしながらつぶやく。
「まるで遠方にあるという熱帯雨林というやつだ。本の挿絵を見たことがある」
イステバが言った。
「メレブ姫が造ったのかもしれない。姫もやっぱり本でそういう植物地帯に憧れていたようだし、アンデッドになって時間はたっぷりあったわけだしね」
また先頭のグールが足を止めた。
一行の前には黄色いローブを着た小柄な人影が、礼の姿勢をとって待っていた。
背丈はアセット同じくらい。顔は猿に似ていて、むきだしの手足には縞が入っていた。
人間ではない。
デーモンか、それに類する生物だと思われた。
生き物は身体を起こして低い声で言った。
「わたしがメレブさまのもとまでご案内いたします。メレブさまの庭園は入り組んでおりますから、わたくしめが遣わされました。また、たいそう手間をかけて飼育されているものですから、植物や動物にお手をかけないようおねがいします」
黄色いローブが身を翻して歩き始める。一行はそのあとに従った。
ここはすでにグール貴族たちにも未知の領域らしかった。
アセットはかれらの雰囲気からそれを悟った。
女王メレブの領域。なにがあるか、誰にもわからない。
うっすらと見える道を歩き、ぐねぐねと曲がりながら進む。
太い樹木の陰を回ったところで黄色いローブの小男は足を止めた。
一向に向かって礼をしてくる。
「メレブさまのもとへ着きました。粗相がないようご注意ください。生命にまだ名残りがおありのようでしたら」
それだけ言うと小男は茂みのなかに消えた。
はるかに高い天井から、陽光のように強い光が降り注いでいる。
一行の前には、円柱で囲まれた台形の玉座があった。
円柱には蔦がからまり色とりどりの花を咲かせている。
玉座のまわりには様々な姿の怪物が彫像として侍っていた。
イメリアンが小声でつぶやく。
「彫像に見えるものはすべてデーモンです」
これがすべて敵になる。
アセットは脅威を感じながら数をかぞえようとした。
重なりあっているのではっきりしないが十体以上いる。
こちらが敵意をあらわにするのはもっとメレブに近づいてからでないと、簡単に阻まれてしまうだろう。
壇上、長椅子型の座具のうえに、優美な人影が身を横たえていた。
白蝋のように青白い肌に薄絹をまとい、血の色をした瞳と唇が輝く。
長い金髪の上には黄金の王冠が載っていた。
座具のそばには黒い剣がむきだしで立てかけてある。魔剣ガグスタンにちがいない。
椅子の上の人物を認めて、イステバがつぶやいた。
「メレブ……」
メレブがまどろみから目覚めたかのように、物憂い瞳を一行に向けた。
「わらわのしりあいとはおまえのことだったのか、イステバ」
「たぶんそうね。ひさしぶり、メレブ姫」
「わらわたちふたりはまだ結びついておる。それを感じるか、イステバ」
「ええ、ここまで来てわかった。アガモルゲの構造物が遮蔽するせいでずっとわからなかったけど。あなたまだ悪魔の騎士の資格があるんだ」
「だが、わらわの知っているのはおまえひとりだけではないな。新たな契約者を得てまでわらわのために仕事をしてくれたのか、イステバ。これからの世界で、またわらわと悪魔の騎士になって暴れるのがそなたの望みであろう」
アセットはメレブがなにを言っているのかわからなかった。イステバに聞く。
「イステバ、どういうこと?」
イステバは口をきかず、固く無表情を保っていた。
グール貴族たちも含めて、誰も事情が飲みこめていない。
全員が困惑して、それぞれの顔色を窺っていた。
長椅子の上で、メレブは身体を起こした。
「グールどもを置いて近うよれ、悪魔の騎士たちよ。オンデールを殺したそうだが、それは不問に付そう。話によってはそなたら全員に褒美を与える。さあ、来るがいい」
話はわからないが、七人そろってメレブに近づくチャンスだった。
あとは不意打ちを食らわせるか、メレブの話を聞いてみるか。
こちらは手枷をはめられているので、向こうは油断しているだろう。
しかしメレブは美しく、アンデッドとはいえ邪悪そうには見えなかった。
彼女は己の仕事をして過ごしているだけだった。
パモナの生命がかかっているとはいえ、自分の私利私欲のためにメレブを討ち倒すことができるだろうか。迷いをもって襲いかかれば、逆にやられてしまうかもしれない。
アセットは怖気づき、心配になった。
とにかく近づくのに異存はない。
まわりの彫刻がデーモンならば、パモナもそばに置いたほうがいいと判断する。
無言のうちにそれらの同意をし、一行はタナキサを先頭にして壇にあがっていった。
玉座の壇は七人が立っても余裕のある広さがあった。
メレブは立ちあがって一行を出迎える。片手にはガグスタンを下げていた。
「大儀であったイステバ。まさかおまえが失われたパモナを連れてきてくれるとは夢にも思わなんだ」
「えっ!」
メレブ以外、その場の全員が声をあげた。パモナも例外ではない。
アセットはイステバの顔とパモナの顔を交互に見ながら、メレブに聞いた。
「なぜパモナを知っているんですか、パモナがあなたとどういう関係なんですか!」
それを聞いてメレブは憮然とした表情になった。
「知らずにこれをやったのか。そなたはイステバの契約者、わらわの妹のようなもの。それゆえイステバとともにわらわのために働いてくれたのかと思ったわ。パモナは特別な存在、時の門の舵である」
「そんな……!」
アセットはそれだけで言葉を詰まらせた。
パモナは超人級の魔道士で特別な存在ではあったが、時の門の舵というような、核心に迫るような存在だとは思いもしなかった。